国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 田村 具博】深津 武馬 首席研究員(兼)生物共生進化機構研究グループ 研究グループ長、産総研・早大 生体システムビッグデータ解析オープンイノベーションラボラトリ【ラボ長 竹山 春子】(兼)生物プロセス研究部門 生物共生進化機構研究グループ 安佛 尚志 主任研究員、生物共生進化機構研究グループ 森山 実 主任研究員らは、放送大学、九州大学、鹿児島大学、京都大学、東京大学、沖縄科学技術大学院大学、基礎生物学研究所と協力して、ゾウムシ4種の細胞内共生細菌ナルドネラの全ゲノム配列を決定し、アミノ酸の一種であるチロシンの合成に特化した極めて小さいゲノムであることを解明した。さらに、外骨格がとても硬いことで知られるクロカタゾウムシにおいて、ナルドネラがチロシン合成を介して宿主昆虫の外骨格クチクラの着色と硬化に関与していることや、チロシン合成の最終段階が宿主側の遺伝子によって制御されていることを実証した。
本研究により、共生細菌が甲虫の硬さに関わる仕組みを世界で初めて明らかにした。多くの甲虫類が重要な農業害虫、森林害虫、貯穀害虫であるため、この成果に基づくクチクラ形成を標的とした新たな害虫防除法の開発につながる可能性が期待される。
この成果は2017年9月18日以降(米国東部時間)に米国の学術誌Proceedings of the National Academy of Sciences USA(米国科学アカデミー紀要)にオンライン掲載される。
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とても硬い体で知られるクロカタゾウムシ |
微生物による発酵や物質生産といった機能は、人間社会のさまざまな局面で利用されてきた。近年では、腸内細菌が人間の病気や心身の健康に深く関わることも明らかになり、生物の体内に存在する細菌、すなわち共生細菌がもつ多様な生物機能が注目されている。
自然界では、昆虫と細菌の共生関係は普遍的に見られ、互いの多様性を反映して、バラエティに富んだ生物間相互作用が存在する。なかでも、宿主の生存にとって重要な物質を、共生細菌が生産・供給している現象が多く知られており、特に宿主が害虫であった場合には、新たな防除技術開発のシーズとなる可能性がある。
産総研では、昆虫の体内に共生する細菌に注目し、これまでにさまざまな新しい生物機能や、宿主と共生細菌間の相互作用を明らかにしてきた。共生細菌が宿主に必須な栄養素を供給している例としては、トコジラミに必須栄養素を供給する細胞内共生細菌ボルバキアの機能解明(2009年12月22日、2014年7月1日 産総研プレス発表)などの成果がある。
今回、ゾウムシ類と1億年以上にわたり密接な共生関係にあると推定されていたにもかかわらず、その生物機能が不明であった細胞内共生細菌ナルドネラの全ゲノム配列を決定し、ゲノム情報から推定されたナルドネラの機能について詳細な解明に取り組んだ。
なお、本研究の一部は、文部科学省 科学研究費補助金の支援を受けて実施した。
昆虫類はこれまでに記載された生物種の過半数を占め、陸上生態系の主役となるグループである。なかでも甲虫類は最も種数が多く繁栄しているが、その理由の一つに、甲虫類を特徴づける硬い外骨格クチクラの発達がある。強固な外骨格は機械的強度の増加や、乾燥や外敵から身を守ることに役立ち、甲虫類の環境適応において重要な役割を果たしている。
ゾウムシ類は甲虫類の中でもとりわけ種数が多く、また硬い外骨格をもつ種が多い。多様なゾウムシ類がナルドネラという共生細菌を体内に保有している。例えば、とりわけ堅牢な外骨格をもつことで知られるクロカタゾウムシ(図1A)のナルドネラ(図1B)は、幼虫(図1C)の消化管に付随する共生器官(図1D)を構成する菌細胞の細胞質内に局在する(図1E)。宿主ゾウムシの分子系統樹と共生細菌ナルドネラの分子系統樹は高度に一致し、両者の共生関係の起源は1億年以上前、ゾウムシ類の共通の祖先にさかのぼると推定されてきた。しかし、この共生細菌の機能は不明であった。
今回、ゾウムシ4種(クロカタゾウムシ、ヤシの害虫のヤシオオオサゾウムシ、松材の害虫のオオゾウムシ、サツマイモの害虫のイモゾウムシ)に共生するナルドネラの全ゲノム塩基配列を決定した(図2)。その結果、ゲノムサイズは約20万塩基対と極めて小さく、細菌の生存に必須な複製、転写、翻訳に関わる最小限の遺伝子以外のほぼ全ての代謝系の遺伝子が失われていた。ところが、アミノ酸の一種であるチロシンの合成系遺伝子群のみが保存されており、ナルドネラはチロシン合成に特化した機能をもつことが判明した。
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図1 クロカタゾウムシと細胞内共生細菌ナルドネラ
(A)成虫。(B)ナルドネラの透過電子顕微鏡像。(C)幼虫。(D)幼虫の消化管をとりまく共生器官。(E)菌細胞の細胞質に局在するナルドネラ。(D)と(E)ではナルドネラを赤、DNAを青に蛍光染色した。 |
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図2 4種のゾウムシ由来の細胞内共生細菌ナルドネラのゲノム構造
(A)ヤシオオオサゾウムシ、(B)オオゾウムシ、(C)イモゾウムシ、(D)クロカタゾウムシのナルドネラのゲノム構造。いずれもゲノムサイズが約20万塩基対(大腸菌の約400万塩基対のわずか1/20程度)と極度に縮小している。 |
多くのゾウムシ類は硬く発達した外骨格をもち、チロシンは外骨格の硬化や着色に必要であることが知られている。そこで、外骨格がとても硬いことで知られるクロカタゾウムシの幼虫を高温や抗生物質で処理してナルドネラの感染密度を抑制したところ(図3A)、体液中のチロシン濃度が減少し(図3B)、羽化した成虫の外骨格が赤っぽく柔らかくなった(図3C)。これらの結果は、ナルドネラを介したチロシン合成が、宿主ゾウムシの外骨格の着色や硬化に重要な役割を果たすことを示している。
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図3 抗生物質処理によるナルドネラの抑制がクロカタゾウムシに与える影響
抗生物質を摂食させた幼虫では、体内のナルドネラ感染密度(A)や、体液中のチロシン濃度(B)が有意に低下した。そのような幼虫が羽化すると、上翅クチクラが赤っぽく柔らかい成虫(C)が高頻度で出現した。*は統計的に有意な違いがあることを示す。 |
興味深いことに、ナルドネラのゲノムにコードされたチロシン合成遺伝子群のうち、最終段階の遺伝子だけが欠失していた(図4A)。そこでクロカタゾウムシ幼虫の共生器官で発現している宿主側の遺伝子をRNA-Seq法で調べたところ、チロシン合成の最終段階を担うアミノ基転移酵素遺伝子が発現しており、他の組織と比べて共生器官での発現量が有意に高かった(図4B)。RNA干渉法を用いて、幼虫時に宿主のアミノ基転移酵素遺伝子の発現を抑制したところ、体液中のチロシン濃度が低下し、赤っぽく柔らかい成虫が羽化してきた(図4C)。これらの結果は、ナルドネラによるチロシン合成の最終段階を宿主ゾウムシの酵素遺伝子が担うことにより、チロシン合成の制御が行われていることを示唆している。
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図4 ナルドネラによるチロシン合成の最終段階における宿主制御
(A)ナルドネラのゲノムにコードされたチロシン合成遺伝子群。(B) 宿主のアミノ基転移酵素遺伝子の組織別の発現量。(C)アミノ基転移酵素遺伝子の発現が抑制された幼虫から羽化した成虫。 |
これらの結果から、(1)ゾウムシ類の細胞内共生細菌ナルドネラはチロシン合成という単一の生物機能に特化した極小ゲノムを持ち、宿主の外骨格クチクラの形成に必須である、(2)チロシン合成系の最終段階を触媒する酵素遺伝子はナルドネラのゲノムにはなく、かわりに宿主の共生器官でアミノ基転移酵素が高発現している、(3)この宿主側のアミノ基転移酵素が共生器官におけるチロシン合成を制御している、(4)ナルドネラと宿主のゲノムや代謝レベルの高度な統合により、ゾウムシ類の共生器官は外骨格形成に必要なチロシン供給器官として機能している、といったことがわかった。
今後は、外骨格クチクラがよく発達し、共生細菌に成長、生存、繁殖などを依存している他の昆虫類についても、同様の共生関係が成立している可能性を検討する。また、今回の研究成果がクチクラ形成を標的とした新たな害虫防除技術の開発につながる可能性があり、そのような観点からの研究も展開していく予定である。