国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)フレキシブルエレクトロニクス研究センター【研究センター長 鎌田 俊英】ハイブリッドプロセスチーム 福田 伸子 主任研究員、同センター 白川 直樹 総括研究主幹は、印刷と低温プラズマ焼結によって形成された銅の回路配線を用いて作製されたフレキシブルなラジオを、ツバの内部に組み込んだ野球帽を試作した。
銅インクのスクリーン印刷による回路形成と、産総研が開発した低温プラズマ焼結技術の改良により、リソグラフィーを用いないフレキシブル配線板製造技術の開発に至った。この配線板に薄型部品を実装して作られる柔軟なデバイスは、マスカスタマイゼーションが可能であり、フレキシブル・ハイブリッド・エレクトロニクスの実践として、さまざまな生活シーンを一層便利に、楽しくしてくれるものと期待される。
なお、今回試作した野球帽と使用した技術の詳細は、2017年6月7~9日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催されるJPCA Show 2017(第47回国際電子回路産業展)で展示される。
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ポリエチレンナフタレートフィルムに銅インクを印刷、焼成して作製された回路に実装されたフレキシブルラジオと、ツバの内部にフレキシブルラジオを組み込んだ野球帽の着用例(左下) |
近年、印刷技術を応用して低コスト・省資源で電子デバイスを製造するプリンテッド・エレクトロニクスの技術開発が盛んに行われている。従来のデバイス製造技術のひとつであるリソグラフィーは、微細な回路パターン形成に適しているが、高額な装置と複雑な工程が必要である。一方で、数10 μm以上の微細な部類には入らない線幅の配線で済む場合には、安価な装置で簡単に回路パターン形成が可能な印刷技術にアドバンテージがある。フレキシブル・ハイブリッド・エレクトロニクスは、微細加工が得意な既存のシリコン技術と簡単な工程でものづくりをするプリンテッド・エレクトロニクスを融合させたものであり、IoT社会のニーズに応える技術として多くの期待が寄せられているが、まだ技術的な課題も多い。例えば、印刷で作製される配線には銀が使用されており、コストが高いうえ、マイグレーションによる短絡が起きやすい、などの点である。IoTデバイスでも、従来のデバイス同様、配線材料には銅が望ましいが、印刷された銅を焼成して低電気抵抗の配線を得るプロセスは確立されていない。
産総研 フレキシブルエレクトロニクス研究センターは、プリンテッド・エレクトロニクスの研究開発において、銅インクの印刷と焼成によって低抵抗配線を製造する技術の実用化を目指している。これまでにも、酸素ポンプを用いた極低酸素化技術と大気圧プラズマ技術を融合させて、印刷された銅微粒子の集合を低温で焼結して、フィルム基板上に銅配線を形成する低温プラズマ焼結法の開発に取り組んできた。この技術は世界でオンリーワンである。
今回は、スクリーン印刷と低温プラズマ焼結により形成された銅のラジオ用配線回路上にチップ素子を実装してフレキシブルなラジオを作製し、野球帽のツバ内部に組み込むことで、視界が遮られたり、落下を心配したりすることなく、曲げてもラジオ受信に支障のないウエアラブルラジオの作製に取り組んだ。
なお、本研究開発の一部は、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託事業「ナノテク・先端部材実用化研究開発」(平成22~25年度)による支援を受けて行った。
低温プラズマ焼結法(CPS法)は、瞬間的な高温を利用するのではなく、熱平衡状態下で酸化銅が銅と酸素に分離するような極低酸素状態にして純銅を作りだし、大気圧プラズマの作用によりそれらの銅粒子を焼結するため、180 ℃以下の一定の温度で銅粒子を焼結できる(図1)。そのため、インクに還元剤・酸化防止剤を添加する必要がない。表1に銅インク関連の他の技術との比較を示す。これまでに、インクジェット印刷用の銅ナノ粒子インクであれば、CPS法で焼結できることは確認していたが、今回、銅以外の有機成分が多く混在する量産印刷用のスクリーン印刷用銅ペーストでもCPS法によって焼結できるように、プラズマ生成用の電極や電源などを改良した。また、今まで使用していたポリイミドフィルムに代わり、耐熱性に劣るもののより安価なポリエチレンナフタレート(PEN)フィルムでも印刷・焼結できるようになった。これによりPENなどのフィルム基板上にスクリーン印刷法により銅インクで回路パターンを形成し、CPS法で焼結するだけのわずか2ステップで、フレキシブル配線板を作ることができる。
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図1 CPS法の概要(左)と改良型電極を用いた低温プラズマ焼結時における密閉容器内の様子(右)
密閉容器と酸素ポンプの間を窒素が循環して窒素中の酸素が取り除かれ、容器内は極低酸素状態になる。さらに窒素は大気圧プラズマ化され、試料に吹き付けられる。試料はホットプレートにより一定温度に保たれる。 |
今回改良したCPS法により作製したフレキシブル配線板に、表面実装用部品を実装して曲げられるラジオを製作し、野球帽のツバ内部に組み込んで、フレキシブルラジオ内蔵型野球帽を試作した(概要図)。ラジオ本体を45 mm角以内になるよう小型化し、厚さを1.8 mm以下に抑えることで、野球帽のツバ内部へ組み込むことができた。ラジオのアンテナはツバの芯材を包む布地に縫い込んであり、ラジオ放送を安定して受信できる。着用者の好みによって帽子のツバを曲げても受信には支障がなく、軽量のため重さに対する違和感もない。帽子をかぶったまま電源のオン・オフやボリューム調整、選局が可能になっている。帽子にフレキシブルラジオを組み込むことで、実況中継を聴きながらスポーツ観戦をしたり、ハイキングやジョギング、農作業時などにラジオ放送を聞けたりなど、生活の一部にすんなりと溶け込むようなウエラブルデバイスとなった。また、イベントの興行主やラジオ局などが配布するキャンペーングッズとしても提案できる。
今後はCPS法を高速化して、銅インクの印刷と焼成だけによるフレキシブル配線板の製造プロセスの生産性を従来のリソグラフィー技術による製造プロセスと同等にし、3年後には量産化に目途を付ける予定である。また、印刷でのフレキシブル配線板の量産技術を確立させて多品種化を容易にし、小ロットから大ロットまで単価に差のない製造技術を提供することで、電子デバイスが今まで以上に生活の隅々まで浸透していくことに貢献していく。