独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ネットワークフォトニクス研究センター【研究センター長 並木 周】らは、情報の大きさに対応して階層的に光パス(経路)を切り替える技術、光パスと配信サーバーの統合的な資源管理技術を開発、従来の電子ルータを使ったネットワークに比べて1000分の1以下の低消費電力で超高精細映像などの情報を扱える新しい光ネットワーク技術を開発した。
今回の開発は、産総研を中心に、日本電信電話株式会社、株式会社富士通研究所、古河電気工業株式会社、株式会社トリマティス、日本電気株式会社、富士通株式会社、株式会社フジクラ、株式会社アルネアラボラトリ、住友電気工業株式会社、北日本電線株式会社の10社が参加している「光ネットワーク超低エネルギー化技術拠点」プロジェクトによる成果である。
今回、2014年10月8~9日に茨城県つくば市の産総研つくばセンターにおいて、NHKと連携した8Kスーパーハイビジョンの配信を含む公開実証実験を行い、開発した新しい光ネットワーク技術の超低消費電力性を実証する。また、この公開実証実験に併せて第7回「光ネットワーク超低エネルギー化技術拠点」国際シンポジウムを産総研つくばセンターにて開催する。
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公開実証実験のネットワーク構成
東京都世田谷区のNHK放送技術研究所と産総研(つくば)を結んで8Kスーパーハイビジョンを介した楽器の合奏も行う。 |
国内の通信ネットワークの総トラフィックは年率20-40 %で増大している(図1)。今後、インターネット上の動画、高精細映像の普及、放送と通信の融合などにより、トラフィックの需要の増大は続き、現在の1000倍以上のトラフィック容量が必要になると予想される。
現在、ルータでパケットと呼ばれる単位で情報をやり取りするネットワークが使われている。比較的小さな情報の取り扱いに適しているが、情報量の増大に比例して、消費電力が増大するため、今後の高精細映像など大きな情報量のトラフィックの需要に対して、ルータの消費電力増大が大きな制限要因となる。このため、激増する情報、特に大容量の映像情報を抜本的に低消費電力で扱うことのできる新しいネットワーク技術の開発が望まれている。
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図1 国内の全インターネットトラフィックと電子ルータの年間消費電力
(総務省などの公開資料を基に作成) |
現在のネットワークでは電子的なLSIを用いてパケット処理するルータが使用されている。この方式はメール、ウエブ閲覧などの小さい情報(小粒度の情報)を扱うのに好適であるが、情報量の増大に比例して消費電力が増大する。このため、今後の高精細映像など大きな情報量(大粒度)のトラフィックの需要に対して、ルータの消費電力増大が大きな制限要因となる。
そこで、この問題を解決するため、産総研は電子的なルータを介しない、光スイッチによる回線交換型の新しい「ダイナミック光パスネットワーク」を提案し、このネットワーク実現に向けてプロジェクトを開始し、2010年にはこのネットワークのプロトタイプを開発して、公開実験で低消費電力性を実証した(2010年8月24日 産総研プレス発表)。今回、情報の粒度に応じてパス(経路)を切り替えるスイッチを開発して、これらを階層的に配置することで、小粒度から大粒度までの情報を扱うことを可能にした。また、これにより、多くの利用者を収容でき、超低消費電力で、高精細映像などの大きな情報を扱うことのできるネットワークが実現できることを実証する。
なお、本研究開発は、文部科学省「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム(平成20~29年度)」のプロジェクト「光ネットワーク超低エネルギー化技術拠点」によって行った。
デバイスから、システム機器、ネットワーク資源管理までの技術開発により、ユーザーとユーザー、ユーザーとデータセンター間などを光スイッチでつなぐ新しい「ダイナミック光パスネットワーク」技術を開発した。今回開発した技術は以下の通りである。
a. 新しいネットワーク・アーキテクチャ
多様な大きさ(粒度)の情報に対応できる階層構造のネットワーク・アーキテクチャを設計、数千万の加入者(利用者)を収容して、加入者に1 Gbps-100 Gbpsまでのパスを提供、数百ペタビット/秒のトラフィックを消費電力の増大なしに処理できることを示した。
b.ネットワーク利用技術であるネットワーク・アプリケーション・インターフェース技術
ユーザー間、ユーザーとデータセンター間などを、ユーザーのリクエストに応じて帯域と遅延が保証されたルートでつなぐダイナミックなパスの制御を、映像情報などのコンテンツを蓄える配信サーバーと一体で管理できる資源管理技術を開発。また、多粒度の情報に対して対応できるようにした。
c.ネットワークのパスを制御し切り替えるダイナミック光ノード技術
ギガビットレベルから8Kスーパーハイビジョンまでの多粒度の情報のパスをダイナミックに切り替えることのできる、多階層の光スイッチ群と電子スイッチで構成されるノードとその制御装置を開発。
d.伝送路を最適に制御する光パス・コンディショニング技術
光ファイバーの分散により生じる波形の劣化の評価技術と、その劣化を動的に補償する技術、さらに伝送路の有効活用のための多重化技術を開発。
e.大規模光パス切り替えスイッチである光パス・プロセッサー技術
ダイナミックに光のパスを切り替えることのできる情報の粒度に応じたスイッチ(光パスプロセッサー)を開発。比較的小粒度に対応するODUスイッチ、波長レベルで切り替える波長選択スイッチ、シリコンフォトニクスを用いたファイバーレベルで大粒度情報を切り替えるマトリックススイッチなどを開発。
高精細映像などの大容量の情報のやり取りにこのネットワーク技術を使うと、今後、トラフィックが数千倍以上に増えたとしても、現在と同程度以下の消費電力に抑えることができる。今回、実証実験で使用するネットワーク(図2)は8つのノードを用いたものであるが、わずか6 kW程度の電力消費で約90 Tbps(現在の国内の総トラッフィクの36倍)の情報を扱うことができる。また、種々の大きさの情報(多粒度の情報)に対応できる技術を開発したことで、全国をカバーする数千万加入のネットワークへの拡張が可能になった。
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図2 公開実証実験で使用するネットワーク構成 |
2014年10月8~9日に、産総研つくばセンターに構築したダイナミック光パスネットワークを用いて公開実証実験を行う。NHKが開発した8Kスーパーハイビジョンを、東京都世田谷区のNHK放送技術研究所からダイナミック光パスネットワークを用いて非圧縮で伝送し、津軽三味線を世田谷にいる演奏者とつくばの演奏者が合奏して、時間遅れの少ないネットワークを介して合奏ができることを示す。また、4Kのビデオオンデマンド、4K高精細ビデオ会議、遠隔医療技術など、将来ネットワークに大きな負荷になると考えられている大容量トラフィックを、ダイナミック光パスネットワークで、遅延なく自在に切り替えられることを実証する。同時にネットワークの消費電力の評価を行い、ダイナミック光パスネットワークが、大容量情報を超低消費電力で扱うことのできるネットワークであることを実証する。
また、この公開実証実験に併せて、シンポジウムを開催し総合的な討論を行う。
これまで開発した技術の幾つかは、プロジェクトに参加している各企業で事業化を進める予定である。また、公開実証実験で性能が確認されたネットワーク機器を活用してテストベッドを構成し、今後3年間で実用化に向けたさらなる研究開発を推進する。