国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノ材料研究部門【研究部門長 佐々木 毅】電子顕微鏡グループ 堀内 伸 上級主任研究員、電子光技術研究部門【研究部門長 森 雅彦】分子集積デバイスグループ 島田 悟 主任研究員らと、吉野電化工業株式会社【代表取締役 吉野 寛治】(以下「吉野電化」という)は、炭素繊維強化樹脂(CFRP)への密着性が良好なめっきを実現する無電解めっき方法を開発した。
CFRPは炭素繊維と樹脂との複合材料であり、金属に比べ軽く、高強度、高弾性率など力学的物性にも優れ、自動車、航空機、エネルギー、スポーツ用具など多くの分野で実用化が進んでいる。航空機や風力発電機のブレード(翼)などの屋外で使用されるCFRP製構造物では、落雷による損傷の回避(耐雷性)が必要である。CFRP表面に導電性を付与できれば耐雷性の大幅な改善が期待できるが、CFRPの表面は化学的・物理的に安定であるため、密着性の良い金属膜の形成は困難であった。
今回、CFRPの製造に用いる中間素材であるプリプレグに直接無電解めっきを施す方法を開発して、密着性に優れた金属膜形成を可能にした。プリプレグは液状の樹脂を含むため、従来の無電解めっき方法では、めっき液に樹脂成分が溶け出し、めっき液が失活してしまう。そこで、硬化前のプリプレグ表面だけを簡単な湿式処理により安定化して、樹脂成分の溶出を抑えた。そして、独自に開発したパラジウムコロイド触媒により無電解めっきを可能にした。無電解めっきしたプリプレグから作製したCFRPに銅を約100 μm(マイクロメートル)の厚さで電気めっきして導電性を一層高めたところ、同じ厚みの銅箔を貼ったCFRPに比べて耐雷性が大幅に改善されていた。
本成果の詳細は3月10日に東洋大学川越キャンパス(埼玉県川越市)で開催される表面技術協会第135回講演大会(東洋大学)にて発表される。
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CFRP上に成膜した銅めっきに落雷試験を行った結果(左)と
比較のためCFRP上に貼り付けた同じ厚さの銅箔に落雷試験を行った結果(右) |
黒くなっている部分が損傷を受けている部分であり、銅箔を貼ったCFRP板では約30 mmの大きな穴があいたが、 表面に銅めっき膜を形成したCFRP板では損傷範囲は数mmにとどまった。 |
CFRPは炭素繊維と樹脂との複合材料で、軽量性や高い強度、放熱性を示す優れた材料である。そのため自動車や航空宇宙、エネルギー、スポーツ用具などの産業分野から注目を集め、既に多くの分野、特に屋外で使われる製品での実用化が進んでいる。しかし、CFRPは金属に比べ導電性が低いため、落雷などで大電流が流れたときに大きく損傷する恐れがある。CFRPが使用される産業分野、特に航空機や自動車、エネルギー分野(風力発電用の風車のブレードなど)では耐雷性が必要となっている。落雷などで発生する大電流への対処法としては、CFRPの表面に金属膜を形成して導電性を付与する方法が有効である。一般的に樹脂表面に金属膜を形成するには、めっき法や真空蒸着法が用いられているが、CFRP表面は化学的に不活性であり、密着性に優れた金属膜の形成が困難である。そのため、航空機などでは落雷対策として、CFRP表面に金属網を張り付けるなどの処理が行われており、成型工程の煩雑さや本来の軽量性を十分に活かせないことが課題となっている。
産総研では、無電解めっきの触媒となるパラジウム、白金などの貴金属ナノ粒子をポリマー表面に固定化する方法を見出し、基材の表面処理(エッチングなど)を行わないで高い密着性が得られるエッチングレス無電解めっきプロセスの開発を行っている。今回、CFRPへの密着性に優れた無電解めっきを開発するため、CFRPの中間素材であるプリプレグへのめっきを検討した。
吉野電化は、創業来80年以上に渡り表面処理を専門とする企業であり、めっき加工やその前処理に関して幅広い実績と経験を有している。難めっき素材とされるエンジニアリングプラスチックのめっき加工を数多く実用化していることから、本開発では、量産化に向けての問題の抽出と改善を行い、プロセス開発を担うこととした。なお、今回の開発は、埼玉県先端産業創造プロジェクト「産学連携による研究開発 無電解めっきによるカーボン/金属複合体製造プロセス技術の開発」の支援を得て行った。
今回、無電解銅めっきの触媒として、粒径数nm(ナノメートル)のパラジウムナノ粒子を用いた。ポリマーで被覆された直径約3 nmの均一なサイズのパラジウムナノ粒子が水中で安定に分散しているパラジウムコロイドに、プラスチックなどの基材を浸漬すると、パラジウムナノ粒子が基材表面に均一に固定化される。パラジウムナノ粒子を表面に固定化した基材を、市販の無電解銅めっき液に浸漬すると、厚み数百nmの銅めっき膜が成膜される。
プリプレグは炭素繊維にエポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂を均等に含浸させ半硬化状態にしたシート状の中間素材であり、これを所定の形状に積層し、加圧、加熱して樹脂を硬化させ、CFRPが成形される。プリプレグには液状の樹脂が含まれるため、従来の無電解めっき方法ではめっき液に樹脂成分が溶け出し、めっき液が失活するため成膜ができない。今回開発した技術では、樹脂成分によるめっき液の失活を防ぐため、数分間の水溶性液体による安定化処理を行う。この処理により樹脂成分のめっき液への溶出が抑えられ、パラジウムコロイドによる触媒固定化工程のあと、無電解銅めっき液に浸漬すると、32 ℃15分で約300 nmの密着性の高い銅めっき膜が得られる。この銅めっき膜によってCFRPの表面が導電性をもつので、無電解めっき後に、電気めっきにより厚さ約100 μmの銅めっき膜を形成できる。図1に示すように、硬化前の柔軟なプリプレグに無電解めっきで金属膜を形成できるので、積層、加圧、加熱によってさまざまな形状に成形すれば、表面に密着性の高い金属膜をもつCFRPを作製できる。
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図1 今回開発した方法で銅めっき(厚さ50 μm)した柔軟なプリプレグ |
プリプレグへの銅めっき後、銅めっき膜を有するプリプレグ1枚と未処理のプリプレグ12枚の合計13枚のプリプレグの積層、加圧、加熱により、表面に約100 μm厚さの銅めっき膜をもつCFRP板を作製した。このCFRP板と100 μm厚の銅箔を貼ったCFRP板について、東京都立産業技術研究センターの協力による耐雷性評価試験を行った。30 kAの直撃雷インパルス電流で試験したところ、銅箔を貼ったCFRP板では約30 mmの大きな穴があき、大きな損傷を受けたが、表面に銅めっき膜を形成したCFRP板では損傷範囲は数mmにとどまり、耐雷性が向上していた。
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図2 雷インパルス電流による耐雷性評価試験 |
産総研は、より大きな雷インパルス電流を用いた耐雷性試験による評価を進めると同時に、耐雷性向上のメカニズムを明らかにする予定である。吉野電化は、今回開発した無電解めっきの量産化プロセスの開発を進める予定である。