国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)機能化学研究部門【研究部門長 北本 大】スマート材料グループ 神德 啓邦 研究員、松澤 洋子 主任研究員、木原 秀元 研究グループ長らは、単層カーボンナノチューブ(単層CNT)などのナノ炭素材料の分散液に光を照射することで、ナノ炭素のみの層を、簡便に薄膜化(膜厚:20~30ナノメートル)できる技術を開発した。
具体的には、ナノ炭素材料に選択的に吸着し、紫外光を当てると脱着する特殊な分散剤を見出した。この分散剤とナノ炭素材料を有機溶媒中で混合すると、均一な分散液が得られる。分散液を基材上に塗布し、20秒程度紫外光を照射すると、照射部分でだけ分散剤が脱着してナノ炭素材料の薄膜が形成される。また、照射していない部分のナノ炭素材料や脱着した分散剤は洗浄により簡単に取り除ける。
従来、導電特性低下の要因となる分散剤の残留がない高純度のナノ炭素材料薄膜を得るには、複数の煩雑な工程が必要であり、ナノ炭素材料薄膜を電子デバイスへと応用する際のネックとなっていた。今回開発した技術では、分散剤が残留せず、薄膜化とパターニングの工程が大幅に短縮されるので、ナノ炭素材料の特徴を生かした柔軟で軽量な二次電池やキャパシターなどの次世代電子デバイス開発が促進される。
なお、この技術の詳細は、2017年2月10日につくば国際会議場(茨城県つくば市)で開催される「材料・化学シンポジウム」と、2017年2月15~17日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催される「nano tech 2017 第16回国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」にて展示する予定である。
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今回開発した技術の概要と従来技術との比較 |
単層CNTに代表されるナノ炭素材料は、電気的、機械的特性に優れ、軽量で柔軟性に富むことから、幅広い分野への応用が期待されている。ナノ炭素材料の二次電池やキャパシターなどの電子デバイスへの応用では、まず、ナノ炭素材料を高い純度で基板上に薄膜化する必要があり、これには、高真空装置を用いるドライプロセスと、分散剤を使って水や有機溶媒中に材料を分散させて加工するウェットプロセスがある。一般に、大面積化や大量生産には、後者に優位性があると考えられ、ウェットプロセスに関するさまざまな開発が進められている。
しかし、ウェットプロセスで用いる既存の分散剤は、ナノ炭素材料への吸着性が高いため薄膜中に残留しやすく、導電性などを低下させる要因になっている。従来の技術では、薄膜化後に分散剤の除去(強酸洗浄や熱処理)を含む複数の煩雑な工程が必要であり、より簡便・低環境負荷で、高純度のナノ炭素薄膜を製造する技術が望まれている。
産総研では、各種のナノ炭素材料用の水系分散剤を開発してきた。これらの分散剤は、光照射によって構造変化し、ナノ炭素材料に吸脱着することが特徴である。例えば、これらの分散剤を単層CNTと水中で混合すると、単層CNTに吸着し均一な分散液が得られる。さらに、この分散液に光を照射すると、分散剤が単層CNTから脱着して、単層CNTだけが凝集する。この現象を利用して、市販の単層CNTを精製する手法などを開発してきた(2011年7月26日 産総研プレス発表、2014年5月15日 産総研主な研究成果)。
今回は、この分散制御技術に新たに光加工技術を組み合わせることで、分散剤を含まない高純度のナノ炭素材料薄膜の成膜技術の開発に取り組んだ。
ナノ炭素材料の薄膜化では、有機溶媒を用いたウェットプロセスが主に利用されている。そこで、まず、有機溶剤中でもナノ炭素材料を分散でき、さらに光に応答してナノ炭素材料の分散状態を制御できる光応答性分散剤を開発した。この分散剤とナノ炭素材料(単層CNTなど)を炭酸プロピレンなどの有機溶媒中で混合すると、均一な分散液が得られた。この分散液をPET樹脂の基板上(2.5 cm角)に塗布し、基板の下方からフォトマスクを通して20秒程度紫外LED光(波長:365 nm)を照射した。光照射後、分散液を基板から除去し、基板を有機溶剤で洗浄した。すると、光を当てた部分にだけ、単層CNTが析出し薄膜(膜厚:20~30ナノメートル)が形成されていた。X線光電分光法(XPS)により、この単層CNT薄膜には分散剤がほとんど含まれないことが確認できた。光照射前には単層CNTは均一に分散しているが、フォトマスクを通して局所的に紫外光を照射すると、基板近くの単層CNTから優先的に分散剤が脱着し、同時に単層CNTが基板上に析出したと推定される(図1)。また、分散液の濃度や光照射時間を変えることで、数十ナノメートル~数十マイクロメートルの範囲で膜厚を制御できた。
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図1 今回の技術でナノ炭素材料が分散液から直接、薄膜化するメカニズム |
従来のウェットプロセスでは、曲面や凹凸面での薄膜化は困難だったが、今回開発した技術により、無機・有機を含む、さまざまな素材や形状の基材上でも、単層CNT薄膜を作製できる(図2)。原子間力顕微鏡(AFM)による観察では、繊維状の単層CNTが明瞭に確認でき、単層CNTが本来の形状を維持したまま薄膜になっていることが分かった。この技術によって、ナノ炭素材料の特徴を生かした柔軟で軽量な次世代電子デバイス(二次電池やキャパシターなど)の開発促進が期待される。
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図2 さまざまな基材上に作製した単層CNTのパターン薄膜(左)とその原子間力顕微鏡像(右) |
今後は、より均質な膜の作製や基材との密着性の向上、大面積化を目指す。また、他のナノ炭素材料(多層CNT、グラフェン、カーボンブラック)への適用も進める。企業と連携しながら、ナノ炭素材料を基盤とする二次電池用電極やキャパシター、配線などの製品開発や、医療材料、機械工作用具といった新たな用途開発を目指す。