国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地質調査総合センター 活断層・火山研究部門【研究部門長 桑原 保人】は、約50年ぶりの改定版となる「富士火山地質図(第2版)」を刊行することになった。これは、活火山である富士山の10万年にわたる噴火の履歴を表した現時点における最高精度の実績図となる。
地質調査総合センターでは、2001年に富士山の調査研究の必要性が内閣府で議論されたことを踏まえ、1707年の「宝永の噴火」以来、300年間以上静穏を保っている富士山について、約15年間にわたり富士山全域の調査研究を行ってきた。多数の試料を用いた年代測定の結果、過去の噴火の年代をより正確に解明することができたほか、山頂から山麓まで広域に広がる多数の噴火口を新たに発見した。これらの結果をもとに1968年発行の「富士火山地質図」の全面改定を行った。改定版の地質図は、今後、富士山の噴火予測の研究や、防災・減災への取り組みに貢献すると期待される。
「富士火山地質図(第2版)」は、7月25日頃から産総研が提携する委託販売店(https://www.gsj.jp/Map/JP/purchase-guid.html)で購入できる。
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刊行される「富士火山地質図(第2版)」の一部 |
現在、富士山周辺には多くの観光施設やゴルフ場があり、日本有数の観光地となっている。特に世界遺産登録以降は、国内外から大勢の観光客が富士山を訪れている。その一方で、富士山は約10万年前の誕生以来、さまざまなパターンの噴火を繰り返してきた活火山である。しかし、1707年の「宝永の噴火」以来300年以上静穏を保っているため、活火山であるという認識が徐々に薄れつつあった。
ところが、1995年に阪神・淡路大震災が発生し、都市部における防災への意識が高まる中、2000~2001年にかけて、富士山直下で低周波地震が頻発した。これを機に、富士山の噴火に対する危機感が、防災を担う内閣府や気象庁を中心に強まった。1968年に工業技術院 地質調査所(現:産総研)が発行した「富士火山地質図」は、初版以降30年以上にわたり、更新されていなかったことから全面改定の必要性が重要視されるようになった。
産総研は、2001年に内閣府で富士山の調査研究を行う必要性が議論されたのを踏まえ、「富士火山地質図」の全面改定に向け、富士山全域にわたる地表踏査を開始した。今回の調査では、地表踏査に加え、前回は実施しなかったボーリング調査やトレンチ調査、最新の放射性炭素年代測定を行い、さらに、航空機による測量データとその解析技術を活用して、最高精度の実績図を目指した。約15年間に及ぶ調査の成果をまとめ上げ、富士火山地質図の約50年ぶりの改定に至った。
1968年に工業技術院 地質調査所(現:産総研)から発行された「富士火山地質図」の初版は、元・東京大学 地震研究所 所長の故・津屋 弘逵(ひろみち)教授が生涯をかけて地道に地表踏査しまとめ上げたもので、溶岩流の分布が詳細に調べられているのが特徴だった。一方、噴火のたびに降り積もった火山灰の層序(地層の重なり順)から、富士山の噴火の歴史を読み解く研究が、東京都立大学(現:首都大学東京) 町田 洋 名誉教授によってなされていた。しかし、津屋氏による溶岩流を中心とする噴火史と、町田氏の火山灰を中心とする噴火史との間には整合が取れない部分があった。
今回、産総研 活断層・火山研究部門の高田 亮、山元 孝広、石塚 吉浩、中野 俊の4名は、まず富士山全域にわたる地表踏査を実施した。それに加えて、初版の地質図では火山灰や土壌で覆われ表現できなかった山腹から裾野にかけて、埋もれていた噴火の履歴を明らかにするため、ボーリング調査やトレンチ調査も行った。ボーリング調査は、富士山裾野の富士宮市を中心に実施し、山体崩壊による岩屑なだれ堆積物の年代が明らかとなった。それにより、当時の山頂部を大きく崩壊させた山崩れの発生時期や堆積物の広がりなどが判明した。一方、トレンチ調査は、山腹の噴火口周辺の約40カ所で、深さ2メートルまで実施した(図1)。これにより、火山灰や土壌で覆われ噴火年代が不明であった山腹噴火の年代が明らかになった。また、噴火履歴を明らかにする上では年代測定が欠かせない。今回、新たに放射性炭素年代測定による年代測定を実施した。146カ所から溶岩流や火山灰、火砕流に埋もれた炭化物を採取し、その年代を測定して、より詳細な噴火履歴を明らかにした。
さらに、今回の調査・研究結果を基に、山腹における溶岩流と火山灰との対比を行って、津屋氏の噴火史と町田氏の噴火史で一致しない部分について、齟齬のない噴火史をまとめ上げることができた。
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図1 約40カ所について深さ2メートルまでトレンチ調査を実施 |
山頂部の急斜面や山麓の樹林帯などアクセスが困難な場所については、アジア航測株式会社が開発した富士山の地形を鮮明に表すことができる「赤色立体地図」を参照した。その地図からは、富士山の至るところに噴火口と推測される凹地が見つかった。富士山の活火山としての特徴は「割れ目噴火」を起こすことで、山頂だけでなく山腹で直線的に並ぶ複数の噴火口から噴火する可能性がある。そこで、赤色立体地図を基に、割れ目噴火口の存在を1つ1つ確認していった。可能な限り現地に足を運び、調査を実施した結果、新たな噴火口が多数見つかり、しかも噴火口は広範にわたることが判明した(図2)。
また、今回の山頂噴火口の調査により、山頂で最後の爆発的噴火が約2,300年前に起こったことなども明らかとなった。
そして、これらの調査結果を地質図上に記載して、約50年ぶりに、富士山の10万年にわたる噴火の歴史を詳細に表した「富士火山地質図(第2版)」を完成させた。
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図2 富士火山の火口分布図
富士火山の火砕丘と割れ目火口の分布を活動期別に表示した。
地形陰影図作成に用いた標高データは北海道地図株式会社GISMAP Terrainを使用した。 |
「富士火山地質図(第2版)」は、7月25日頃から、産総研が提携する委託販売店(https://www.gsj.jp/Map/JP/purchase-guid.html)で入手できる。当初は紙による提供となるが、追ってデジタルデータも提供していく。
現在、山梨県と静岡県が、この「富士火山地質図(第2版)」を参考に、ハザードマップ改訂の検討を始めている。また既存のハザードマップは、富士山周辺の住民が対象だったが、観光客や登山者も対象とした富士山噴火時避難ルートマップも作成され、改訂中である。これらにより、防災・減災、さらに、富士山の噴火予測研究に貢献するものと期待される。
今回の調査により、噴火の規模と火山灰の影響範囲の精度が高まったことで、将来起こりうる災害の規模を示唆し、山梨県を含む首都圏の防災・減災にも寄与するものと予想される。
なお、富士山周辺の水資源に関する情報も、水文環境図 No. 9 「富士山」として2016年3月に出版されている(産総研主な研究成果 2016年7月15日)。