発表・掲載日:2016/07/15

富士山周辺の水資源・水環境を見える化したマップ

-世界遺産富士山の地下水の科学情報をまとめた「水文環境図」を刊行-

ポイント

  • 富士山周辺の地下水の量や、質に関する情報をデジタルマップとして集約
  • 地下水の流れや水質、水温を分かりやすく表示
  • 地下水や地中熱などの地下資源の利用にも貢献


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地質調査総合センター 地圏資源環境研究部門【研究部門長 中尾 信典】地下水研究グループ 小野 昌彦 研究員らは、静岡県環境衛生科学研究所【所長 岡山 英光】と、水文環境図(すいもんかんきょうず)「富士山」を刊行した。地下水研究グループではこれまでに日本各地のさまざまな地域で水文環境図の整備を行っており、その最新の成果が水文環境図No.9「富士山」である。この図に収録されている地下水の情報は、地下水や地中熱などの地下資源利用に関わる基盤情報となるもので、地下水資源を活用した産業振興や地中熱利用による地域活性化への貢献、さらには将来にわたる地域の水資源保全への活用が期待される。

富士山周辺の湧水の位置とその水温を示した鳥瞰(ちょうかん)図画像
富士山周辺の湧水の位置とその水温を示した鳥瞰(ちょうかん)図
本図では水文環境図No.9「富士山」に収録されている湧水の水温データ(○印に色をつけて表示)を、3次元の地形図上に示した。地形図は国土地理院の基盤地図情報数値標高モデルと日本海洋データセンターの500mメッシュ水深データより作成した。


開発の社会的背景

 富士山はわが国が誇る名峰であり、世界遺産に登録されている。周辺では観光名所だけではなく地域産業や文化、そして人々の生活を支える“地下水”の存在がかねてから重要視されてきた。近年では地下水による新しいエネルギー利用も叫ばれる中、自然環境を理解し、伝統的な視点に加えて、近代的な視点から“地下水”を見える化する必要が生まれてきた。

研究の経緯

 水文環境図は、旧地質調査所(現 地質調査総合センター)が出版していた「日本水理地質図」に連なる地球科学図である。日本水理地質図は地形や地質の解説に始まり、産水量や帯水層区分といった地下水を貯留する「器」の情報をまとめたもので、富士山においても1966年に日本水理地質図14「富士山域」が出版されている。今回刊行した水文環境図は、富士山の世界遺産登録を機に調査を開始したもので日本水理地質図をベースに、地形や地質、過去から現在に至る地下水質の変遷や、現在の地下水の流れ、地下水の温度分布といった地下環境の情報を収録するとともに、産業への利活用や災害対応も見据え最新の情報を盛り込んだ。

研究の内容

 富士山には100年にもわたる地下水調査・研究の歴史があり、数多くの調査報告書や学術論文が発表されてきた。水文環境図では、それらの公表されている数値や図面を、数値データやGIS(地理情報システム)データなどのデジタルデータに変換した。また、2013年から2015年にかけて産総研と静岡県環境衛生科学研究所が共同で地下水(井戸水や湧水)や河川水を対象に255地点で採水調査を行い、最新の水質データを取得した。このようにして過去から現在に至るデータを収集した後に、Webブラウザー内の一枚の地図上にレイヤー形式でデータを収録した(図1)。ブラウザー内ではチェックボックスで選択したデータが地図上に表示される仕組みとなっており、データを重ねる順番を任意に選択できる。

水文環境図における水質データの表示例の図
図1 水文環境図における水質データの表示例
地下水面の標高分布図(黒実線は過去の地下水面図である。地下水は標高が高い方から低い方へ流れるため、地下水面図を使って地下水の流れる方向を把握できる。)と酸素の安定同位体比(記号はδ18Oで表す。富士山周辺では地下水のδ18Oを測定することで、地下水が涵養された標高を推定できる。)

 水文環境図に収録されている内容は、基図(地形図、水系図、地質図、土地利用図など)、地下水面図(過去と現在)、水理地質(透水性溶岩層の基底面分布)、現在の水質(pH、塩化物イオン濃度、安定同位体比バナジウム濃度など)や水温の分布図である。また、ブラウザーやPDFビューアーで閲覧できる説明書を備えており、富士山に関する地質や地下水の基礎情報の理解、これまでの地下水研究の経緯、最近の研究成果の内容の概観などが可能である。

 水文環境図の活用方法として、例えば地下水面図を使って地下水の流れを知ることで、地域の地下水管理の進め方を考える足がかりとなる。また、地下の温度データは、冷房や融雪に利用可能な地中熱ヒートポンプの導入に向けた基礎データとして利用できるものであることから、地元自治体などに活用していただきたい。

富士山周辺地域の水中バナジウム濃度の分布の図
図2 富士山周辺地域の水中バナジウム濃度の分布
富士山周辺の地下水はバナジウム濃度が高いことが知られている。これは富士山周辺に分布する玄武岩質溶岩がバナジウムに富む鉱物を含んでおり、このバナジウムが地下水に溶出したためと考えられている。今回の調査で得られたバナジウム濃度は、過去の研究で報告された濃度と同程度であり、富士山の地下水が溶岩の影響を受けている様子が見てとれる。

今後の予定

 水文環境図の整備は、経済産業省の新たな知的基盤整備計画の一環として、人口・経済インフラの集積、地下水への高い依存度という観点で地域を選定し、継続的に実施している。今後は大阪平野や新潟平野、北九州地域をはじめとして順次整備を進める予定である。また将来的にはインターネット上でのデータ公開を行い、誰もが手軽に地下水の情報にアクセスできるような成果発信を目指す。

※なお、富士山地域の地質に関する最新の情報は、「富士火山地質図(第2版)」として7月15日に出版されます。

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
地質調査総合センター 地圏資源環境研究部門 地下水研究グループ
研究グループ長 丸井 敦尚  E-mail:marui.01*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)
研究員  小野 昌彦  E-mail:masa.ono*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



用語の説明

◆水文環境図
産業技術総合研究所地質調査総合センターは、地質や地下水などの地球科学分野の情報をテーマにとりまとめた地球科学図と呼ばれる図類をシリーズで刊行しており、水文環境図はそのシリーズの1つで、地下水をテーマとした地球科学図である。水文環境図には、過去から現在までに蓄積された地下水に関わるさまざまな情報(地下水位、水質、温度など)が1枚の地図上にデジタルデータとして集約されている。[参照元へ戻る]
◆地中熱
地下の浅い部分にある熱エネルギーのこと。地下ではある一定の深度に到達すると、年間を通じて温度が一定となる特徴があり、この特徴をさまざまな形でエネルギーとして利用できる。例えば、夏季にはヒートポンプを使って地下と地上の熱交換を行うことで建物内の冷房に用いたり、冬季には地下水をくみ上げて地上にまくことで融雪に用いたりするなどの利用形態がある。[参照元へ戻る]
◆湧水
地下水が地表から湧きだしたものを指す。一般的に崖や扇状地の末端部などに多く見られる。富士山周辺では忍野八海(山梨県忍野村)、柿田川湧水群(静岡県駿東郡清水町)、湧玉池(静岡県富士宮市)が有名な湧水地であり、観光スポットとなっている。また陸上に限らず海底から湧きだす湧水(海底湧水)が世界各地で確認されており、近年の研究では駿河湾でもその存在が発見されている。[参照元へ戻る]
◆水系図
地形図上に示されている谷線を結んで描くことで、河川が流れる経路を示した図のこと。谷の発達状況(例えば、削られて深い谷になっているかなど)から地下の地質を推測したり、河川の源流部を見つけたりするための手掛かりとして用いられる。[参照元へ戻る]
◆地下水面図
多数の井戸で測定した地下水位をつなげ、地下水の上面標高分布を表した図のこと。地下水面図では地下水位が標高で表されており、地下水位を地形図のように見ることができるため、地下水位の高い場所や地下水の流れている方向などを簡単に知ることができる。[参照元へ戻る]
◆水理地質
地層内での地下水の通りやすさや、地下水の貯留形態などの情報のこと。[参照元へ戻る]
◆安定同位体比
同じ原子番号を持つ元素のうち、質量数が異なる(中性子の数が異なる)ものを同位体といい、その中で放射性崩壊が起きずに安定しているものを安定同位体と呼ぶ。水は水素原子と酸素原子からなるが、これらの原子にもそれぞれ質量数の異なる同位体が存在する。このような質量数の違いによって、自然界には“普通の水”と、ごくわずかに“重い水”が存在しており、この重い水の割合を安定同位体比という指標で表す。自然界の水の安定同位体比は場所によって異なるという性質があり、例えば富士山頂に降る雨と山麓に降る雨を比べると、山麓の雨のほうが重い水を多く含んでいる。このような場所ごとの安定同位体比の違いを利用して、その水(地下水)がどの場所から来たものであるかを推定できる。[参照元へ戻る]
◆バナジウム(Vanadium
原子番号23の元素であり、元素記号はVで表す。ナトリウムやカルシウムなどの成分は、地下水1リットルあたりmg(ミリグラム)の単位で溶け込んでいるが、バナジウムは1リットルあたりμg(マイクログラム:ミリグラムの1000分の1)の単位で溶け込んでおり、地下水の研究分野では微量元素として扱われる。富士山周辺の地下水のバナジウム濃度は、微量ながらも他の地域に比べて高く、地下水の特徴を知るための成分の一つとなっている。[参照元へ戻る]
◆地下水管理
多量の地下水を長期間くみ上げ続けると、地下水位が低下し地盤沈下や海水の引きこみといった問題が発生する。また、水源(すいげん)井戸の近隣で汚染物質を使用すると地下水の汚染につながることがある。地下水管理とは、このような問題が発生しないように、地下水の利用にあたって地下水の水位や水質、揚水量などを監視し、管理することを意味する。[参照元へ戻る]
◆ヒートポンプ
熱伝導体を介して低温部と高温部の間で熱エネルギーを移動させるポンプのこと。地中熱ヒートポンプでは、夏季や冬季における地上と地下の温度差を利用することで、冷暖房施設の消費電力を低減することができる。[参照元へ戻る]