国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門【研究部門長 中尾 信典】 地圏環境リスク研究グループ 保高 徹生 主任研究員、宮津 進 元産総研特別研究員(現 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所 研究員)、ナノ材料研究部門【研究部門長 佐々木 毅】 ナノ粒子機能設計グループ 川本 徹 研究グループ長、髙橋 顕 研究員は、日本バイリーン株式会社【代表取締役 吉田 俊雄】(以下「日本バイリーン」という)と連携し、銅置換体プルシアンブルーを使った不織布カートリッジ(Cu-C)を開発した。開発したCu-Cは、共存イオン濃度が高い水でも溶存態放射性セシウム(Cs)の回収率が高く、海水に含まれる放射性Csのモニタリングに適用できる。
現在の福島県近傍の海水中の溶存態放射性Csは1 Lあたり0.01ベクレル(Bq)未満と極めて低い。そのため、海水中の放射性Cs濃度の測定には、まず20~100 Lの水を汲み上げ、6時間~数日程度かけて、水中の懸濁物質の除去や、リンモリブデン酸アンモニウム共沈法等を用いて溶存態放射性Csを濃縮するといった前処理が必要であった。今回開発したCu-Cは、海水でも高い回収率を示し、毎分0.5 Lで海水を通過させると90 %以上の溶存態放射性Csを回収できる。その結果、20 Lの海水中に含まれる放射性Csを僅か40分で濃縮でき、前処理時間を大幅に短縮できる。また、Cu-Cは淡水中の放射性Csの回収性能も、従来型の亜鉛置換体プルシアンブルーを使った不織布カートリッジ(Zn-C)を大きく上回る性能を示す。本技術の活用により、海水中の放射性Cs濃度の測定、さらには長期的な環境への影響評価に大きく貢献することが期待される。
この成果の一部は、2016年1月28日にJournal of Nuclear Science and Technology誌電子版に掲載された。
(https://doi.org/10.1080/00223131.2015.1135302)
東京電力福島第一原子力発電所の事故から5年近くを経過した現在、海水中の放射性Cs濃度は、福島第一原子力発電所の近くを除く福島県湾岸内の多くの地域では、過去とほぼ同じレベルまで低下しているが、その長期的な動態評価の観点から、放射性Cs濃度の継続的な測定が求められている。
現在の福島県近傍の海水中の放射性Cs濃度は水1 Lあたり0.1 Bq未満であり、さらにその中でも溶存態放射性Cs濃度は水1 Lあたり0.01 Bq未満と極めて低い。低濃度の放射性Csを正確に測定するには、予め前処理を行う必要がある。従来は、20~100 Lの海水を、6時間~約3日かけて懸濁物質を分離した後、3日程度かけてリンモリブデン酸アンモニウム共沈法により溶存態放射性Csを濃縮する方法が一般的であったが、時間がかかり操作手順が煩雑であることが課題であった。
産総研では2012年より淡水中の放射性Csを迅速にモニタリングする技術の開発を進めており、2014年4月には、溶存態放射性Csを効率よく回収するための亜鉛置換体プルシアンブルーを用いたZn-Cを開発した。このZn-Cを用いた観測モニタリングシステムでは、20 Lの淡水中の放射性Csのろ過と濃縮を8分程度で行えるが、共存イオンが多い海水の場合や100 L以上の大量の水を連続して流す場合には、放射性Csの回収率が低下する。そのため、海水の場合や大量通水をした場合でも放射性Csを効率的に回収できる技術が求められていた。
産総研は、これまでにプルシアンブルーのナノ粒子化や銅置換体等の材料開発や、これらの材料を用いた放射性Csのモニタリングや除染等に関する技術を持っていた。日本バイリーンは、不織布に様々な物質を担持させて、新たな用途を開発する研究に取り組んでいた。また、産総研と日本バイリーンは、これまでにプルシアンブルーを用いた淡水中の放射性Csの除染技術やモニタリング技術を開発してきた(2014年4月7日JST・日本バイリーン・産総研共同プレス発表)。特に、産総研は、被災自治体のニーズに即したこれらの開発技術を提供する一環として、地元自治体などと連携して放射性Csのモニタリング技術の開発や水中の放射性Csのモニタリング技術の国内標準化に取り組んできた。
今回は産総研の材料技術や環境モニタリングへの応用技術と日本バイリーンの不織布への物質の担持技術を組み合わせて、海水中の溶存態放射性Csの迅速分析ができる技術の開発を目指すこととした。
なお、本研究開発は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム(実用化タイプ)(平成24~平成25年度))、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業(課題番号:26241023)、農林水産省の「食料生産地域再生のための先端技術展開事業」による支援を受けて行った。
図1に今回開発したCu-Cが溶存態放射性Csを回収する仕組みを示す。銅置換体プルシアンブルーは、格子内の空間にアルカリ金属を取り込む形で溶存態の放射性Csを取り込むと考えられており、内部に存在するカリウムを追い出してセシウムを取り込む。Cu-Cに通水することで、溶存態放射性Csは不織布に担持された銅置換体プルシアンブルーに捉えられ、カートリッジ内に蓄積する。
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図1 銅置換体プルシアンブルーの放射性Csの取り込み構造の概念図(左)と開発したカートリッジ「Cu-C」(右) |
今回開発したCu-Cと、従来のZn-Cを用いた海水中の溶存態放射性Csの回収率を測定した結果を図2に示す。Cu-Cの場合、海水20 Lを毎分0.1 Lの速さで通水した場合には97 %以上、毎分0.5 Lの場合には95 %以上の溶存態放射性Csを回収できる。従来のZn-Cよりも、回収率が高いことがわかる。現地で観測するためのモニタリングシステムや懸濁物質を回収するカートリッジと組み合わせて用いれば、海水20 L中の低濃度放射性Csの分離・濃縮を40分程度で行える。リンモリブデン酸アンモニウム共沈法に比べて、放射性Csの濃縮に要する時間が50~100分の1にまで短縮できる。この技術により、今までより高い頻度で、また多くの地点で、環境水のモニタリングを行うことが可能となる。
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図2 湾岸域海水中の放射性Csの回収率の比較結果
(Zn-Cでの2.5L/minの流量での試験は未実施) |
開発したCu-Cを用いて、2014年9月に国立環境研究所 林 誠二 室長、辻 英樹 研究員、有田 康一 特別研究員と協力して汽水・湾岸域海水中の放射性Cs濃度のモニタリング試験を行った。その結果、一つのカートリッジだけで92 %以上の放射性Csを回収できることを確認できた(表1)。さらに、福島大学 環境放射能研究所 青山 道夫 教授と協力して福島県内の複数地点で改良型リンモリブデン酸アンモニウム共沈法とCu-C法で放射性Csを測定したところ、両者の値は測定誤差の範囲内に収まっていた(図3)。
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表1 福島県内で実施した湾岸域の海水モニタリングの結果 |
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図3 Cu-C法と改良リンモリブデン酸アンモニウム(AMP)共沈法の測定結果の比較
(エラーバーは測定誤差を示す。) |
また、Cu-Cは、Zn-Cより多くの溶存態放射性Csを吸着することができる。福島県農業総合センターとともに、従来型のZn-Cと今回開発したCu-Cを用いて淡水中の放射性Csの回収試験を行ったところ、Zn-Cでは100 L程度までしか濃縮できなかったが、Cu-Cでは2000 Lを通水しても80 %の回収率が確保できており、Cu-CはZn-Cの10倍以上の濃縮が可能であった。これらの結果から、Cu-Cは淡水中の溶存態放射性Csの濃度が0.1~1 mBq/Lなどの低濃度の場合でも、放射性Csのモニタリングのために使用できると考えられる。
今回開発したカートリッジCu-Cを用いた放射性Csのモニタリング方法について関連研究機関と協力して、海水中の放射性Csのモニタリング技術として実用化・標準化を進める。