JST 先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として、日本バイリーン株式会社の伊藤 康博 第二技術部長、産業技術総合研究所の保高 徹生 主任研究員、福島県農業総合センターらの開発チームは、効率的に水中の放射性セシウム(以下、セシウム)を計測できるモニタリングシステムの開発に成功しました。
東京電力福島第一原子力発電所の事故で多くのセシウムが陸域に沈着し、その後徐々に河川などに流出していると考えられています。長期的な環境への影響や安全性を考える上で、環境水中のセシウム濃度を明らかにすることは重要です。しかし、福島県内の多くの河川では、セシウム濃度が「水1Lあたり1.0ベクレル未満」と低いため、直接測定をすると分析に長い時間がかかります。そのため、まず20~100Lの水をろ過して水に溶けていないセシウムを測り、さらに水に溶けているセシウムについては水分を蒸発させて濃縮してから測るのが一般的です。しかし、この前処理法は6時間から1週間もの時間がかかり、多地点での継続的なモニタリングが進まない原因となっています。
開発チームは、不溶性セシウムと可溶性のセシウムをそれぞれ吸着できる2種類の不織布カートリッジを使ったモニタリングシステムをこれまでに開発してきました。今回、水中セシウムを吸着するプルシアンブルー色素を改良し(鉄元素を亜鉛元素に置き換える)、それを付着させた不織布を用いて吸着効率をさらに高めることに成功しました。この亜鉛置換体プルシアンブルーを使った不織布カートリッジ「Zn-C」を使用すれば、水20Lの前処理にかかる時間を、約6時間から約8分に大幅に短縮できます。この性能は広いpHの範囲(pH3~10)で保たれることが分かりました。
セシウムを吸着させたZn-Cの放射能を測定すれば、大量の水の放射能濃度が短時間で容易に分かるため、多地点での継続的なモニタリングなど長期的な環境への影響評価に大きく貢献することが期待されます。Zn-Cは、2014年4月より日本バイリーン社によって試験販売され、福島県内でのセシウムの環境動態モニタリングに活用される予定です。
本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。
事業名:研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラム 実用化タイプ
開発課題名:「水中の低濃度放射性セシウムのモニタリング技術の実用化開発」
チームリーダー:伊藤 康博(日本バイリーン(株)技術本部 第二技術部 部長)
開発期間:平成24年10月~平成26年3月
担当開発総括:平井 昭司(東京都市大学 名誉教授)
JSTはこのプログラムの放射線計測領域で、東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う放射性物質の影響から復興と再生を遂げるため、行政ニーズ、被災地ニーズなどの高い高度な機器およびシステムの開発を行います。
東京電力福島第一原子力発電所事故から3年を経過した現在でも、山地や都市域に飛散した放射性セシウムは、雨や風の影響で徐々に渓流や河川へと流出していると考えられています。しかし、その実態は依然十分に把握されておらず、長期的なセシウムの動態評価や作物への影響評価の観点から、環境水中の濃度を継続的に測定することが求められています。水中のセシウムは、主に粒子状で水に溶けていない「懸濁態」と水に溶けている「溶存態」として存在していますが、それぞれの環境中での挙動は大きく異なります。そのため、セシウムの環境動態を解明するには、懸濁態と溶存態のセシウム濃度をそれぞれ別々に明らかにすることが重要です。
環境省、文部科学省や産総研による河川水の調査結果によると、現在、福島県内の多くの河川におけるセシウム濃度は、「水1Lあたり1.0ベクレル未満」、その中でも水に溶けているセシウム(以下、溶存態セシウム)は「水1Lあたり0.1ベクレル未満」です。この濃度レベルでは、前処理を行わなければ正確な放射能濃度の測定ができません。さらに存在形態別に測定するためには、あらかじめ水中の懸濁物質(SS)を分離して懸濁態セシウムを計測し、その後溶存態セシウムを濃縮して計測する必要があります。例えば、従来法の1つである濃縮乾固法では、20~100Lの水を実験室に運び、6時間~約1週間をかけて水分を蒸発させて濃縮する、という工程が必要でした。
本開発チームは、2012年10月より水中のセシウムの迅速モニタリング装置の開発を進めてきました。2013年2月には、溶存態セシウムを効率よく吸着するプルシアンブルーのナノ粒子を担持した不織布カートリッジを開発し、2013年7月には、懸濁態に含まれるセシウムを吸着するための不織布カートリッジと、2種類のカートリッジを連結したモニタリングシステムを開発しました(図1、図2)。このカートリッジおよびモニタリングシステムにより、従来のろ過・濃縮時間に比べて格段に早い「40分程度での濃縮」が可能となりました。しかし、試料水のpHが6-8の範囲を超えた場合や、水中の安定セシウム量が多い場合には吸着率が低下するという技術的な課題があり、それらの解決とさらなる濃縮時間の短縮を目指していました。
今回、日本バイリーン株式会社 伊藤 康博 第二技術部長、今藤 好彦 第二技術部課長、産業技術総合研究所
地圏資源環境研究部門の保高 徹生 主任研究員、辻 英樹 産総研特別研究員、
ナノシステム研究部門の川本 徹 研究グループ長、髙橋 顕 研究員、福島県農業総合センターの矢吹 隆夫 花き科長、鈴木 安和 主任研究員らの開発チームは、効率的に水中のセシウムを計測できるプルシアンブルー色素の鉄元素を亜鉛元素に置き換えた亜鉛置換体プルシアンブルーを用いたカートリッジ「Zn-C」を新たに開発しました。Zn-Cに水を通すことで、溶存態セシウムは不織布内の亜鉛置換体プルシアンブルーに捉えられ、カートリッジ内に蓄積されます。亜鉛置換体プルシアンブルーは、内部に保持するカリウムと交換する形で溶存態セシウムを取り込むと考えられています(図3、図4)。
開発したZn-Cは水20Lを毎分0.5Lの速さで処理した場合には99.5%以上、毎分2.5Lの場合でも約96%の溶存態セシウムを吸着することができました。従来のPB-C(0.5L/minで95%、2.5L/minで75~90%)と比較しても、高い吸着率を示しました(図5)。さらに、PB-CではpH6-8の範囲を超えたときに吸着率が低下しましたが、今回のZn-Cは、pH3-10の範囲でpH6-8の場合とほぼ変わらない吸着率となりました(図6)。
さらにZn-Cは、流す水の量を100Lに増やした場合でも、環境水中の安定セシウムの影響によって吸着率は大きくは低下せず、90%以上の吸着率を保つことができました。さらに、「Zn-C」を所定の容器に入れ、直接、ゲルマニウム半導体検出器でセシウム濃度を測定し、補正係数を乗じることでセシウム濃度の分析が可能となります。
吸着率が上昇したことによって、水20L中の低濃度セシウムの分離・濃縮を8分程度で行うことが可能となり、従来の技術と比較して濃縮時間を圧倒的に短縮することが可能となりました。従来法の1つである濃縮乾固法と比較して所要時間が45~1000分の1まで、PB-Cを用いた方法と比較しても5分の1まで短縮されました。このことにより、福島県内の環境水のモニタリングを、今までより高い頻度・多くの地点で行うことが可能となります。
さらに、従来のPB-Cは全シアン(遊離シアン)ではありません)が少量溶出するため、通水後2.5L程度までは回収して処理することが必要でした。しかし、Zn-Cは0.1L通水後には環境基準を超過する全シアンが検出されますが、0.4L通水後では全シアンが検出されませんでした。この改良により、通過水の回収量を低減でき、環境安全性の点からも改良されたことが分かりました。 今回開発したZn-Cおよびシステムでは、試料の移送量が数百グラムで分析可能となり、試料の前処理時間は10分の1以下となり、さらに広いpH範囲において高い回収率を確保できていることから、福島県内の環境水のモニタリングを従来より高い頻度で、また、多くの地点で実施することが可能となります。