独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)ナノエレクトロニクス研究部門【研究部門長 安田 哲二】シリコンナノデバイスグループ 水林 亘 主任研究員、森田 行則 主任研究員、太田 裕之 主任研究員、昌原 明植 研究グループ長らは、これからの省電力デバイスとして有望視されているトンネルトランジスタ(トンネルFET)の高性能化と長寿命を実証した。
さらに、大規模なセンサーネットワーク回路の駆動に必要なCMOS回路の構成に欠かせない正型・負型二つのトンネルFETをコスト優位性の高いシリコンプラットフォーム上に形成するプロセスを開発し、電界効果トランジスタ(MOSFET)の物理的限界を下回るサブスレッショルド・スイング (SS)の値と、大幅な電流駆動力の増強を得ることに成功した。これによりトンネルFETを大規模なセンサーネットワーク回路の駆動に使用すると、長寿命、コストの優位性、および、より小さな電圧の電源でも動かせるという点で、回路の設置や維持のコストを大幅に削減できると期待される。
なお、この成果の詳細は、平成26年12月15~17日に米国サンフランシスコで開催されるInternational Electron Devices Meeting(IEDM)で発表される。
|
トンネルトランジスタと電界効果トランジスタの長期寿命比較(左)両極性トンネルトランジスタの伝達特性改善(右)
今回開発した新規プロセスによりサブスレッショルド・スイング、電流駆動力が大幅に改善 |
医療、防犯、農業、交通、建造物(橋、ビル)などのさまざまな分野でセンサーを用いて常時、検査・監視を行うワイヤレスセンサーネットワーク化が急速に広がっている(図1)。急速に進む少子・高齢化に伴い、ワイヤレスセンサーネットワークは今後より大規模化すると予想されるため、センサーにはこれまで以上の省電力化に加え、設置後の取り替えコストを省くため、故障せず長く使用できることが求められる。現在、センサーにはMOSFETから構成される回路が用いられているが、より省電力駆動が可能なトンネルFETへの置き換えが近年検討されている。そのためには、トンネルFETの低電圧領域での高性能化、低コスト、さらに長期寿命が担保できるかが鍵となる。
|
図1 ワイヤレスセンサーネットワークのイメージ図 |
産総研 ナノエレクトロニクス研究部門に設置された連携研究体グリーン・ナノエレクトロニクスセンター(GNC)(平成22年~25年度)は、大規模集積回路(LSI)の消費電力を10分の1以下にするための新動作原理CMOSデバイスの研究・開発を行ってきた。そのデバイスとして、従来のCMOSトランジスタと親和性の高いトンネルFETに注力してきた。その成果として、縦型構造(2013年6月10日 産総研プレス発表)やトンネル接合への中間準位の導入(2014年6月9日 産総研プレス発表)によるトンネルFETの高性能化が進められてきた。
本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会の最先端研究開発支援プログラム(FIRST)のプロジェクト「グリーン・ナノエレクトロニクスのコア技術開発」(中心研究者:横山 直樹)の助成を受けて実施した。
本研究では、まず交換コストの劇的削減を目指したトンネルFETの長期信頼性の検証を行った。評価に用いた素子は負型トンネルFET、比較に用いた素子は負型MOSFETである。しきい値電圧が50 mVシフトしたときの時間を長期寿命とした。通常の動作電圧で長期信頼性評価を行うと寿命に達するまで10年以上かかり現実的な評価にならない。そこで、加える電圧を大きくした加速試験により得られる実測の寿命を動作電圧領域まで外挿して寿命を予測した。
長期寿命を評価した結果を図2に示す。例えば、ゲート電圧を1.5 V加えた場合、従来のMOSFETでは千数百秒しか寿命がないのに対し、トンネルFETの場合寿命が10年となり、MOSFETに比べ劇的に向上している。1 V以下の駆動電圧で100年以上の動作寿命を保証でき、低電圧動作のセンサー駆動回路として半永久的に使用できることを示している。
|
図2 トンネルトランジスタと電界効果トランジスタの長期寿命の比較 |
次に、トンネルFETの大幅な寿命向上の考察を行った。図2の長期寿命評価は、ゲートに電圧を加え、さらに、動作状態を想定しドレインに電圧を0.5 V加えた状態で加速試験を行っている。MOSFETとトンネルFETの長期寿命に及ぼす影響をまとめたものを図3に示す。まず、MOSFETの場合、主にソースからの電子注入によって長期寿命が決められる。一方、トンネルFETの場合、正型ソースと負型ドレインで極性が異なり、特に正型ソースとゲート端で電界集中が発生する。この電界集中に関しては、これまで信頼性に悪影響を及ぼすことが懸念されていた。しかし、その影響がほとんどないことを今回初めて明らかにした。さらに、トンネルFETの極性の違いが、長期寿命を引き起こす原因にも関係してくることを初めて突き止めた。トンネルFETの長期寿命を決める電子注入は、負型ドレインからのみ起こることを明らかにした。今回の加速試験では、負型ドレインに電圧を加えているので、ゲートとドレインの間の電圧差が小さくなり、負型ドレインからの電子供給が大幅に抑制される。このことが、トンネルFETの長寿命の理由となる。
以上の結果から、低電圧で動作するトンネルFETをセンサー駆動用デバイスとして使用した場合、無交換で半永久的な使用が可能であることが明らかとなった。
|
図3 MOSFETとトンネルFETの長寿命の要因 |
さらに、実際に省電力・大規模なセンサーネットワークを構築することを前提に、トンネルFETの要素技術の開発を行った。
従来のMOSFETでは電子の熱拡散によりキャリアの注入を行うことから、オン・オフ特性の立ち上がりの急峻さを示すサブスレッショルド・スイングの値は、約60 mV/桁が物理的な下限である。これに対しトンネルFETでは、トンネル効果によりキャリア注入を行うことから、60 mV/桁を下回るようなサブスレッショルド・スイングの値が原理的に可能である。サブスレッショルド・スイングは、トランジスタをどれだけ小さな電圧でオンできるかを表す指標である (図4)。回路中ではトランジスタはスイッチとして働くので、すなわちトンネルFETによるスイッチをオンさせるのに必要な電圧はMOSFETのそれより小さくて済み、回路を動かす電源の電圧を下げられることによる消費電力の削減、また電池、電源の小型化が可能になる。
|
図4 MOSFETおよびトンネルFETのオン・オフ動作の違い |
このような利点から、世界各国の有力研究機関では、高性能トンネルFETの開発に注力している。しかしながら、これまでの報告例は、単一極性のトンネルFET単体のみでの最適化に限られていた。一方、回路の最も基本的な要素であるCMOSインバーターは、正および負型のトランジスタが一対必要となることから、実際の回路へ応用するには、両極性のトンネルFETを同一プラットフォーム上で作成することが必須である。そこで今回、両極性のトンネルFETを一括で作成し、低コストで回路構築が可能となる新たな作成プロセスを開発した(図5)。
トンネル接合に結晶の欠陥があると、サブスレッショルド・スイングの劣化を引き起こすことが知られており、接合形成前に通常用いられるフッ酸を用いた洗浄を行った場合、表面にごく薄い酸化被膜が残留し、結晶の欠陥の原因になることがX線光電子分光法による分析で明らかとなった。このため、表面の酸化と酸化層の除去を複数回繰り返すことで残留する酸化被膜を除去し、正・負両極性のトンネルFETで欠陥のない接合が得られた。その結果、サブスレッショルド・スイングだけでなく、電流駆動力もまた正・負のトンネルFET両者において大きく改善し、今回初めて両極性のトンネルFETで、MOSFETの理論限界である60 mV/桁を下回るサブスレッショルド・スイングの値が得られた。また、前回のプレス発表に比較しても約1000倍の電流駆動力の向上が見られた(図6)。両極性トンネルFETの高性能化実現は、それらを基本構成要素とするCMOSの省電力化に直結する成果である。今後、回収エネルギーなどの微小な電力でもデバイスを駆動できる回路への応用など、極めて大きいメリットが期待できる。
|
|
|
図5 トンネルFETの新規作成プロセス |
|
図6 新規プロセスで開発したトンネルFETの伝達特性 |
今後、トンネルトランジスタのさらなる高性能化を行い、大規模センサーネットワーク用省電力デバイスへの置き換えを目指す。