独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)計測フロンティア研究部門【研究部門長 山内 幸彦】首席研究員 兼 陽電子プローブグループ研究グループ長 鈴木 良一、陽電子プローブグループ 加藤 英俊 研究員は、株式会社 ライフ技術研究所【代表取締役 石黒 義久】(以下「ライフ技研」という)、つくばテクノロジー株式会社【代表取締役 王 波】(以下「つくばテクノロジー」という)と共同で、小型軽量な非破壊検査用パルスX線源を開発した。
今回開発したX線源は針葉樹型カーボンナノ構造体電子源を用いたもので、従来のX線管の寿命に比べ10倍の長寿命化を実現するとともに小型駆動回路を開発することで厚さ70 mm以下、重さ2.5 kg以下の小型軽量化を達成した。このX線源により、これまで困難であった狭い場所でも検査が可能になった。さらに、このX線源は短時間の高出力パルスX線を発生することができ、ロボットなどに搭載することによって、効率的な非破壊検査が行え、安全安心社会の実現に貢献できると期待される。
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パルスX線源(120 kV)とサイズ比較のためのCDケース(左)と
金属製バルブのX線透過写真(中:バルブ閉、右:バルブ開) |
高度成長期に建設された建築物や社会や産業の基盤となる構造物(インフラ)は現在でも使用されている物が多く、これらの安全性確保のため、現場における非破壊検査のニーズが高まっている。たとえば、高度成長期に建設・製造された化学プラントや発電所などでは、保温材付配管の腐食や減肉が問題となっており、保温材を取り外さずに配管の腐食などを検査するためX線透過法が用いられている。しかし、従来のX線源はサイズが大きい、重量が重い、電源供給用の配線が必要といった制限から現場作業性が悪く、多数の配管が設置されているような狭い空間で使うことは難しかった。そのため、狭い空間でも利用できる小型のX線源が求められていた。また、プラントのような構造物では検査対象が膨大であり、作業員のX線被ばく低減や作業の効率化のために、ロボットなどに搭載し、移動しながら検査できる小型軽量のX線源が望まれていた。さらに、X線源を酷使して膨大な数の検査対象の非破壊検査を行っても長期間交換不要の長寿命も求められていた。
産総研とライフ技研は針葉樹型カーボンナノ構造体電子源を用いたX線源の開発を行ってきており、2009年には乾電池駆動可搬型X線源を開発した(2009年3月19日プレス発表)。その後、経済産業省戦略的基盤技術高度化支援事業「「CNX冷陰極X線管」特有真空環境の最適化及びX線発生装置の開発」平成22年度~23年度(事業管理:一般社団法人 研究産業・産業技術振興協会)や共同研究によって実用化に向けてX線源の小型化、長寿命化、高性能化を進めてきた。一方、つくばテクノロジーは、先端的な非破壊検査装置の開発と事業化を行っており、独立行政法人 科学技術振興機構の委託事業「A-STEP本格研究開発ステージ実用化挑戦タイプ 小型・軽量可搬型X線検査装置(平成24~26年度)」による支援を受けて産総研と共にプラントの配管検査などに使用できる可搬型X線非破壊検査装置の開発を行ってきた。
今回開発したX線管は、針葉樹型カーボンナノ構造体を用いた電子源に負の高電圧をかけて電界電子放出現象により電子を引出し、その電子をターゲットに入射させてX線を発生させる。このX線管は瞬間的にキロワットオーダーの強いX線を発生でき、非破壊検査を行える。図1に針葉樹型カーボンナノ構造体の電子顕微鏡写真を示す。先端はカーボンナノチューブと同等の曲率を持つが、基板側に向かうに従って太くなり、電界によって生じる力に対する破壊耐性が強い構造となっている。今回、安定化処理工程では、針葉樹型カーボンナノ構造体の弱い部分を取り除き、電子源としての出力安定性を向上させた。また、X線管内部の真空環境を改善して針葉樹型カーボンナノ構造体が破損する頻度を低くした。これらの処理後に1ショット15 mW時の投入電力でX線を発生させて寿命試験を行った結果を図2に示す。電子源が劣化すると電子が放出されなくなって引出電圧が上昇するが、1000万ショットのX線を発生させても電圧上昇は約3 %であった。2009年のプレス発表時には、同じ投入電力で100万ショット以上の寿命であったが、今回、10倍の1000万ショット以上の寿命を確認できた。これは、可搬型非破壊検査用X線源としての一般的な使用条件では10年以上交換せずに使用できる寿命である。
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図1 針葉樹型カーボンナノ構造体の電子顕微鏡写真 |
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図2 今回開発したX線管の寿命試験結果 |
今回、針葉樹型カーボンナノ構造体電子源を利用したX線管の形状を小型でも高電圧を加えられるように形状を最適化し、放電対策を行って小型でも高電圧パルスを発生できる駆動回路を開発して、管電圧120 kVでは厚さ70 mm以下、重さ2.5 kg以下、管電圧40 kVの場合は厚さ55 mm以下、重さ700 g以下の小型軽量なX線源を実現した。今回開発した小型軽量のX線源は、2009年プレス発表時における同じ管電圧のX線源と比べ、体積比が約10分の1となっている。この小型なX線源により、今まで検査が難しかった狭い場所でのX線非破壊検査が可能になった。図3に金属製バルブのX線透過写真を示す。15 mW時の投入電力で発生させたX線で撮影しており、狭い場所でもバルブの開閉状態や保温材付配管の腐食状況などを確認できる。また、このX線源は待機電力が不要で総合的なエネルギー消費が低いことから、USB電源や乾電池でも駆動でき、商業用電気配線の有無といった場所の制約なしに使用できる。
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図3 金属製バルブのX線透過写真
開発したX線源(120 kV)から発生したX線は厚さ数mmの金属配管を透過し、
バルブ内部の開閉状態がわかる(左:バルブ閉、右:バルブ開)。 |
さらに、このX線源はミリ秒オーダーのパルスX線を発生できる。パルスX線を利用することで、図4に示すようなX線透過写真が撮影できる。これらは電気シェーバーの動作中にパルスX線を用いて撮影したX線透過写真であり、短いパルス幅のX線を用いたことで、シェーバー内で動く刃や支柱の瞬時の状態が確認できる。また、撮影のタイミングをずらすことで、高速の現象をスローモーションで得ることもできる。このように、検査対象物が動いている物であっても瞬時の状況が確認できる。逆に、X線源や検出器の方が移動している場合も撮影できるため、このX線源をロボットに搭載して移動させながらパルスX線を用いて高速高精細なイメージを撮影できると考えられる。
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図4 パルスX線で撮影したシェーバー内の刃のパルスX線透過写真
(上:パルス幅1 ms、下:パルス幅100 ms) |
このように今回開発したX線源は小型軽量であり、パルスX線を発生させて瞬時の状態のイメージが得られるため、狭い空間などのこれまで検査が難しかった現場での非破壊検査が可能となる。
今後、X線源の高性能化を行うと共にロボットに搭載した自動検査システムの開発など、効率的な非破壊検査のための研究開発を行う。