独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)幹細胞工学研究センター【研究センター長 浅島 誠】器官発生研究チーム 伊藤 弓弦 研究チーム長、小沼 泰子 主任研究員、糖鎖レクチン工学研究チーム 平林 淳 研究チーム長、舘野 浩章 主任研究員は、和光純薬工業株式会社【代表取締役社長 小畠 伸三】試薬事業部 試薬開発本部 ライフサイエンス研究所(以下「和光純薬工業」という)と共同で、培養液に添加するだけでヒトiPS細胞(以下「iPS細胞」という)を生きたまま可視化できるiPS細胞高感度検出レクチンプローブrBC2LCNを開発した。また、rBC2LCNがiPS細胞の膜タンパク質上のHタイプ3と呼ばれるO型糖鎖に結合することを明らかにした。
rBC2LCNを用いると、良質なiPS細胞を簡便に見分けることが可能となり、iPS細胞の品質管理と培養の効率化が期待される。iPS細胞を用いた再生医療の課題の1つに、移植用に作製された細胞に残存するiPS細胞が腫瘍形成の要因となることがある。このプローブを用いて、残存iPS細胞を可視化し、除去することで、腫瘍形成の回避への貢献が期待される。
なお、この技術の詳細は2013年3月22日に神奈川県横浜市で開催される第12回日本再生医療学会総会で発表される。また、米国の論文誌STEM CELLS Translational Medicineにオンライン掲載される。
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rBC2LCNが腫瘍化の危険性をなくす技術につながることが期待される |
近年、iPS細胞などのヒト幹細胞を用いた再生医療に大きな期待がよせられ、iPS細胞を品質管理しながら安定して大量に供給する仕組み作りが重要となっている。iPS細胞の培養には、iPS細胞とそれ以外の細胞を効率的に識別することが必要とされるが、これまでは細胞を染色するためにiPS細胞を殺さなければならない方法や、生きたまま染色できても、感度の面などで不十分な方法しかなく、高感度で簡便にiPS細胞の品質を判断できる未分化マーカーの開発が強く望まれていた。
また、iPS細胞を分化させて神経細胞や網膜細胞などさまざまな細胞を作り出し、細胞治療に用いる試みが世界中で精力的に進められている。一方、iPS細胞から分化し移植される細胞の中に残存した未分化のiPS細胞が腫瘍化することが知られている。このことがiPS細胞を再生医療に応用する上での大きな障壁となっており、残存iPS細胞を効率良く除くための新しいプローブが切望されていた。
産総研は幹細胞の産業応用におけるトップランナーを目指しており、特に幹細胞分化技術や幹細胞の標準化に力を入れている。また、糖鎖を分析する新しい技術として高密度レクチンマイクロアレイの応用にも取り組んでいる。今回、これらの技術を融合することにより、既存の抗体に代わる優れたiPS細胞染色プローブの開発に取り組んだ。
なお、本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業(平成21~22年度)、および和光純薬工業からの資金提供型共同研究(平成23年度~)により産総研と和光純薬工業が共同で実施した。
高密度レクチンアレイによる解析の結果、レクチンの一種であるrBC2LCNが、iPS細胞に特異的に結合するプローブであることを発見しており、今回の研究では、rBC2LCNがiPS細胞、ES細胞の生体染色に有効であることを見出した。図1にrBC2LCNによるiPS細胞の生体染色の結果を示す。培養中のiPS細胞の培養液に、赤色蛍光物質で標識したrBC2LCNを添加したところ、iPS細胞を生きたまま蛍光染色できた。このプローブは毒性がほとんどなく、培養液中に入れたままにしておけるため、常に品質管理しながらiPS細胞を培養できる。またこのプローブは、ES細胞も生きたまま染色でき、幅広く幹細胞の品質管理に使用できる。
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図1 生きたまま染色したiPS細胞の光学顕微鏡像
赤色蛍光物質で標識したrBC2LCNを培養液に添加し、iPS細胞を可視化した。 |
rBC2LCNがiPS細胞上のどのような分子に結合するかを調べた。その結果、rBC2LCNはポドカリキシンと呼ばれる高度に糖鎖修飾された膜タンパク質上のO型糖鎖に結合することが分かった(図2)。また、O型糖鎖のうち、Hタイプ3(Fuca1-2Galb1-3GalNAc)と呼ばれる構造を認識することが分かった。これらは、Hタイプ3が新規のiPS細胞マーカーであることを示唆している。
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図2 rBC2LCNがiPS細胞を検出する模式図
rBC2LCNは、ポドカリキシン上ムチン様O型糖鎖(Hタイプ3)に結合する。 |
iPS細胞と分化細胞が混じった細胞集団に、蛍光標識したrBC2LCNを加えて、フローサイトメーターによる分離実験を行ったところ、分化細胞とiPS細胞を分離できた(図3)。再生医療に用いる移植用の細胞にiPS細胞が混入していても、この技術を応用してiPS細胞を分離することによって、腫瘍化を防げると期待される。
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図3 rBC2LCNを用いたiPS細胞の分離実験 |
rBC2LCNは大腸菌を用いて大量(>80 mg/L)に調製できることから、従来の抗体にかわるiPS細胞を評価するための新しいiPS細胞プローブとしてコストの面からも期待できる。
rBC2LCNを用いて混入しているiPS細胞を取り除いた細胞源が、本当に腫瘍化が起きないかどうかなどの安全性を確認する予定である。産学官連携により、rBC2LCNを用いた技術に関して、5年後の医療現場での実用化を目指す。なお、rBC2LCNは、和光純薬工業より早期に製品化を行う予定である。