独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノエレクトロニクス研究部門【研究部門長 金丸 正剛】ナノスケール計測・プロセス技術研究グループ 多田 哲也 研究グループ長らは、株式会社 先端力学シミュレーション研究所【代表取締役社長 安藤 知明】と共同で、微細シリコン(Si)デバイスのための3次元応力解析シミュレーターを開発した。これは、光学顕微鏡を用いた顕微ラマン分光法による応力(機械的ひずみ)分布測定の際に、デバイス構造による光の強度分布の変調を計算して、微細Siデバイスに加えられている応力を、ナノメートルレベルの空間分解能で解析できるシミュレーション技術である。
この技術は、最先端LSIデバイス、特に22 nmテクノロジーノードで採用が開始される立体構造をもつFinFETデバイスなどの高速化・低消費電力化への貢献が期待される。
なお、この技術の詳細は、平成24年9月13日に国立大学法人 愛媛大学(愛媛県松山市)で開催される第73回応用物理学会学術講演会および、平成24年9月27日に国立京都国際会館(京都府京都市)で開催される2012 International Conference on Solid State Devices and Materialsで発表される。
|
今回開発したシミュレーション技術の概念図 |
先端半導体デバイスでは、電子や正孔などのキャリアが流れるチャンネル領域に応力を積極的に加えて、キャリアをより流れやすくし、高速化・高性能化が行われている。しかし、応力にばらつきがあるとトランジスタの性能にばらつきが生じるため動作電圧を十分に下げることができず、消費電力を抑えられない。そのため、デバイスの低消費電力化を実現するには、応力のばらつきを抑える必要がある。このような背景から、応力がデバイス性能に与える影響を評価し、さらに、デバイス構造と応力の関係を明らかにし、それらをデバイス構造の設計や製造プロセスに反映するために、デバイス内部の応力分布を高い空間分解能で評価できる手法が求められている。
産総研は、半導体MIRAIプロジェクトにおいて、顕微ラマン分光法を用いたSiデバイス中の局所応力分布計測技術の研究開発を行い、光の波長よりも短い100 nm以下の空間分解能で局所応力分布を評価できる技術など、ラマン分光法を用いた応力分布解析技術としては、世界トップクラスの分解能の技術を開発した。この研究開発で、微細デバイスでは、光の強度分布がナノメートルスケールで強く変調され、これによりラマンスペクトルが大きな影響を受けることを見いだした。今回、電磁場解析と応力解析を結合したシミュレーションにより、光が変調される効果を取り入れたラマン分光法による解析をTCADと連携して、ナノメートルスケールで定量的な応力分布解析ができる手法を開発した。
なお、本研究開発の一部は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の委託事業「次世代半導体材料・プロセス基盤プロジェクト(平成13年度~平成22年度)」により実施した。
顕微ラマン分光法は、試料に入射した励起光が散乱されるときに、格子振動などのエネルギーレベルを反映して、散乱光の波長がシフトする現象を利用して非破壊で測定できるため、応力分布の評価手法として有望視されている。試料に加わっている応力の大きさや向きによってラマン散乱光の波長シフト(ラマンシフト、通常、波数で表記する)の大きさも変わるため、ラマンシフトの変化量から加わっている応力の大きさをある程度知ることができる。しかし、光学顕微鏡を用いるため、空間分解能が光の波長程度(数百 nmから1 µm程度)にとどまる。また、応力は6つの独立した成分をもつ物理量なので、ラマンスペクトル測定だけでは、応力の方向や種類までを含めて定量的に評価することは難しい。この問題を解決するために、応力シミュレーションの結果と顕微ラマン分光法の測定結果を比較して、応力分布を評価することが行われてきたが、微細デバイスの測定では、デバイス構造が光の伝播をナノメートルスケールで複雑に変調し、測定されるラマンスペクトルにも大きな影響を与えるため、正しい応力解析ができないという問題点があった。
今回、開発したシミュレーションシステムは、ラマン散乱測定の際の励起光と散乱光の伝播を、時間領域差分法(FDTD)による電磁場解析で計算し、有限要素法(FEM)による応力解析と共に用いている。これにより、デバイス構造が光の強度分布をナノメートルスケールで変調する効果を取り入れてラマンスペクトルを精密に計算し、デバイス中の応力分布を定量的に求めることができる。
図1は今回開発した3次元応力解析シミュレーターのフロー図である。構成は、1)構造・応力読込部(FEM法で応力分布を計算)、2)3次元FDTD解析部(励起光の強度分布を計算)、3)ラマンシフト解析部(試料の各点からのラマン散乱光の波長を、応力分布から計算)、4)3次元FDTD解析部(各点からラマン散乱光を散乱させる)、5)ラマンスペクトル解析部(実測する波長領域でのラマン散乱スペクトルを計算する)からなる。解析結果は、3次元ビューワーにより可視化される。図2(a)は、FinFETの応力分布と今回開発したシミュレーターによって計算した励起光の強度分布である。二酸化ケイ素(SiO2)層の上に形成されたSiのチャンネル部は、両端のシリコン・ゲルマニウム合金(SiGe)によって応力が加えられている。この構造によって励起光の強度分布が変調され、チャンネルのエッジ部分近くの励起光強度が特に強く、計測されるラマン散乱光には、エッジ部分近くの散乱光が強く反映されることになる。また、励起光は側壁にも回り込んでいる。図2(b)には、Siのラマン散乱光が散乱されている様子を波長ごとに示す。場所によって応力の大きさが異なるため、それに応じて波長の異なるラマン散乱光が散乱されている。図2(c)は解析結果から得られる各ラマン散乱光のスペクトルとそれらを合成したラマンスペクトルである。この合成スペクトルが実際の測定で得られるラマンスペクトルに相当する。応力解析を調整して、実測したスペクトルとのずれがなくなれば、シミュレーションによる最終的な応力値が決まる。
|
図1 今回開発した3次元応力解析シミュレーターのフロー図 |
|
図2 (a) FinFET構造の応力分布と今回開発したシステムによって計算した励起光の強度分布。
(b)側壁から散乱されている各波長ごとに示したラマン散乱光の様子。
(c)解析結果から得られる各散乱光のスペクトルと合成されたラマンスペクトル。 |
顕微ラマン分光法自体の空間分解能は励起光の波長程度(数百 nmから1 µm程度)であるが、今回開発したシステムでは、応力シミュレーションを高精度に較正することで、ナノメートルスケールの空間分解能で応力分布を予測・評価することができる。
今後は、開発した測定評価技術を組み込んだラマン計測システムの製品化を図るなど、広く社会に還元していく予定である。