独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)集積マイクロシステム研究センター【研究センター長 前田 龍太郎】大規模インテグレーションチーム 栗原 一真 主任研究員、高木 秀樹 研究チーム長は、印刷技術と射出成形だけを用いるMEMS(Micro Electro Mechanical Systems)デバイスの製造技術を開発した。これは、産総研の微細成形技術とMEMS設計評価技術を融合することにより実現したものである。また、株式会社デザインテック【代表取締役社長 鈴木 初雄】の信号処理技術と組み合わせて、照明デバイスを試作した。
今回開発した技術では、真空プロセスを使わず大面積デバイスの作製が可能な印刷技術と、設備投資が少なく製造コストも低い射出成形技術による、MEMSデバイス製造を可能とした。これまで半導体製造工程を必要としたMEMSデバイスが、少ない設備投資で、しかも低コストで製造できる。このため、従来は製造コストの高さや生産数量が少ないなどの問題でMEMSを採用できなかった分野へも、MEMSデバイスが適用できるようになる。たとえば、MEMSミラーによる動的可変配光とLED照明を組み合わせることにより、照明産業などで新たな応用が期待できる。
2012年7月11~13日に東京ビックサイト(東京都江東区)で開催されるマイクロマシン展、および2012年10月25~26日に産総研つくばセンターで開催される産総研オープンラボで、この技術を用いた開発品の展示を行う。
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印刷と射出成形だけで作製したアクティブ配光用MEMSミラーと配光パターンの例 |
現在、MEMSデバイスは、加速度センサーやジャイロセンサー、ディスプレイ用ミラーデバイスなどが製品化されている。しかし、これまでのMEMS製造技術では、LSIやICなどの集積回路を製造する半導体製造装置を利用し、真空プロセスを含む数十工程以上のプロセスが必要なため、高い設備投資や製造コストが課題となっていた。
産総研は、8インチウェハによるMEMS用の量産製造試作ラインなどを保有し、企業と共同でMEMSデバイスの量産試作開発に取り組んでいる。また、ナノインプリント成形や射出成形による微細成形技術の開発にも取り組んでおり、大面積ナノ構造体による反射防止レンズ(2007年4月23日 産総研プレス発表)や、ナノ構造体を利用した親水/撥水制御基板(2009年10月13日 産総研プレス発表)なども開発してきた。
今回、半導体製造工程を用いたMEMSデバイス開発を通じて蓄積した製造・評価技術と、低コストで大量生産にも対応可能という特徴を有する微細成形技術を融合し、印刷工程と射出成形工程だけでMEMSデバイスを製造できる技術を開発した。これにより、少ない設備投資で小ロット生産にも対応可能で、しかも低製造コストのMEMSデバイス製造技術を実現した。
なお、本研究開発は、内閣府の最先端研究開発支援プログラム「マイクロシステム融合研究開発」による支援を受けて行ったものである。
MEMSデバイスを動作させるためには、微細な可動構造に電気配線や機能性材料などパターンを形成する必要がある。これまでにも、樹脂をMEMS構造体として使用することは試みられているが、金属の配線パターンなどの形成には、半導体製造工程と同じ真空プロセスが用いられてきたため、製造コストが高くなってしまうことが課題であった。今回、そのような電気配線パターンや機能材料を低コストの印刷技術で形成し、それを射出成形により構造体に転写することで、低コストでの樹脂MEMSの製造を可能とした。さらに、ばねやカンチレバーなどのMEMSの可動部分は薄い構造が求められるが、射出成形では金型に溶融した樹脂を射出した直後から固化が始まるため、そのような薄い構造体の形成は困難であった。今回、金型構造の工夫により薄い可動部にも樹脂の充填を可能とし、MEMSデバイスを成形プロセスにより作製できるようにした。この作製法は、一度金型を作製すれば、レプリカ技術だけでMEMS構造体を形成できるため、低コストで作製することができる。
図1に印刷工程と射出成形によるMEMS製造工程を示す。最初に、MEMS機能層転写用のフィルムを作製する(図1 b)。スクリーン印刷やグラビア印刷などの印刷機を用いて、フィルム表面に離型層とMEMS機能層を印刷する。位置合わせを行った後に、印刷したフィルムを射出成形金型(図1a)内部へ挿入する(図1 c)。金型を閉じて(型締)から、溶融した樹脂を金型内部に射出し、樹脂を冷却固化させMEMS構造体を形成する(図1 d)。最後に金型を開き、取り出したフィルムからMEMS構造を剥離させ、フィルム表面に印刷されたインキ層をMEMS構造体に転写する (図1 e、f)。
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図1 印刷工程と射出成形によるMEMS製造工程 |
図2に開発した技術を用いて作製したMEMSデバイスの例を示す。図2(a)の照明用MEMSミラーデバイスは、反射ミラーとミラー変位検出用のセンサーが組み込まれている。フィルム表面に、反射ミラー用のミラーインキ、ひずみセンサー用の導電性インキ、ミラー駆動用の磁気インキを印刷した後に、射出成形でMEMS構造体に転写して作製した。この照明用MEMSミラーデバイスは、外部コイルを用いて磁気駆動により1億回以上動作させても、MEMS構造体の破壊等は起こらないことを確認している。また、アレイ状に配置されたMEMSパターンの金型を用いれば、アレイ状のMEMSデバイスの作製もできる(図2b)。
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(a)成形した照明用MEMSミラー(左)とその模式図(右) |
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(b)成形したアレイ状の光MEMSミラー |
図2 作製したMEMSデバイス |
図3に照明用MEMSミラーデバイスのミラー角度を変化させたときの変位量と変位検出センサーの出力信号を示す。MEMSミラーの変位量は、光学測定系により直接測定した。ミラーの変位に伴って、導電性インキの抵抗が変化しており、変位検出センサーも正常に作動していることが確認できた。
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図3 ミラー変位量による変位センサー出力 |
今回の印刷と射出成形によるMEMSデバイス製造技術は、印刷するMEMS機能層を目的に合わせて変更することで、MEMSミラーデバイスだけでなく、加速度センサー・ガスセンサーなどのセンシングデバイスや発電デバイスなど、さまざまなMEMSデバイスを低コストで製造できる。そのため、従来の半導体製造工程を用いたMEMSではコストが高くなり適用できなかった分野にも、低コストのMEMSデバイスを提供することが可能となる。たとえば、照明産業の分野ではLED照明などの配光制御が注目されている。半導体製造工程によるMEMSミラーでは、製造コストがウエハ1枚あたりのデバイス取れ数で決定されるため、大きなミラーは非常にコストが高くなってしまう。一方、微小ミラーを使用するには光源の集光が必要になり、レンズ光学系が複雑になってしまうといった課題がある。今回開発した技術では、数mm以上ある面積の大きなMEMSデバイスでも低コストで製造できるので、動的な配光制御デバイスが容易に実現できる。
図4に、MEMSミラー駆動とLED発光のタイミングを制御して、光を左右に配光制御した例を示す。MEMSミラーにより、動的な配光制御が実現されていることがわかる。図5に、それぞれの配光分布を示す。MEMSミラーの駆動制御することで、拡がり角10度(図4aおよび図5の赤の線)から50度(図4bおよび図5の青の線)まで配光を変化させることができた。また、MEMSミラー駆動とLED発光のタイミングを同期制御することで、図4cや図5の緑の線に示すような分割した配光も実現できる。今後、光学系の配置や信号処理および制御回路などの改善により、配光分布の対称性の向上や配光範囲の拡大を進めてゆく。また、射出成形は、球面など複雑曲面形状の立体物が容易に形成できるので、3次元立体物の表面や内部にもMEMSデバイスを形成できると考えている。
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図5 配光分布特性 |
今回用いた射出成形装置は、国内でも販売されている一般的な装置である。また射出成形装置の市場価格は、半導体製造装置の市場価格と比べると安価であり、設備投資の障壁は比較的低い。成形技術は、金型技術と共に、日本が強みを持つ分野の一つでもある。今回の開発技術により、従来は半導体製造分野の製品であったMEMSデバイス製造に、プラスチック成形業界などの他分野から参入が可能となると期待される。異なる分野の企業の参入により、新たなMEMSデバイスの応用が創出されると考えている。
今回開発したMEMSデバイス製造技術を、さまざまな用途に使用していただくために、多岐にわたる産業分野の企業との連携を活発に行い、そこから新事業を立ち上げる機会になるように活動をしていく予定である。