独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)近接場光応用工学研究センター【センター長 富永 淳二】スーパーレンズテクノロジーチーム 中野 隆志 研究チーム長および栗原 一真 研究員らは、半導体レーザーを用いた可視光レーザーリソグラフィー法と熱非線形材料を組み合わせた熱リソグラフィー技術をもとにしたナノ加工装置の開発に成功した。これは産総研とパルステック工業株式会社【代表取締役社長 木下 達夫】の共同研究の成果であり、産総研の有する熱リソグラフィー技術と、パルステック工業株式会社の所有する光ディスク関連技術とを融合させることで実現したものである。
実現した加工装置は、従来の同等機に比べ1/4の低コストで、光ディスクサイズ(直径12cm)の大面積な領域に50nmのナノ構造物を高速に作製できるもので、サイズも卓上型と極めて取り扱いやすくコンパクトである。
本加工機の実現により、従来、真空紫外光などの短波長の光(光リソグラフィー法)や電子線(電子線リソグラフィー法)など高価で大型装置しか実現できなかったナノメータサイズの微細加工が、低価格で、しかも誰もが簡単に取り扱える機器となり、フォトニック結晶や光反射防止構造などの微細構造を用いた光学デバイスの低価格化や、ナノテクノロジー技術への応用に弾みがつくものと期待される。
また、本成果は3月22日~26日まで武蔵工業大学にて開催される第53回応用物理学関係連合講演会にて発表するとともに、同学会の展示会場にて装置展示を行う予定である。
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共同開発した卓上型ナノ加工機
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ナノパターン描画した例
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近年、ナノメータスケールの微細構造物が持つ特有の現象を利用する新しいデバイスの開発が盛んに行われている。たとえば、光の波長より小さいナノメータサイズの構造物を配置し、光の反射を低減する光反射防止ナノ構造や人工的に光の進行方向を制御するフォトニック結晶、他の光学部品の表面にナノメータサイズの微細構造を作り込める1/4波長板などさまざまな応用がある。
光反射防止構造では、広角度・広波長帯で反射率を低減できるため、太陽電池の高効率化やディスプレイの高輝度化などへの適用が期待されている。このようなナノメータサイズの微細構造デバイスの作製には、リソグラフィーと言われる微細パターンを描画する技術が必要であり、これまで真空紫外光などの短波長の光(光リソグラフィー法)や電子線(電子線リソグラフィー法)などが使われている。しかし、光リソグラフィー法では、短波長の光源の開発が年々難しくなり、光源の周辺技術を含めて開発費用も膨大になっている。一方、電子線リソグラフィー法は、サイズ10nm程度の微細な描画が可能であるが真空雰囲気が必要であり、描画速度が極めて遅いために大面積描画には膨大な時間が必要であり実用的ではない。また、これらの手法では、装置が大型で非常に高価であるため加工品のコスト高を招く結果となっていた。そこで、低コストで、しかも簡便で、誰もが取り扱える実用的なナノメータサイズの描画技術が求められていた。
産総研はBlu-rayやHD DVDに続く、次世代高密度光ディスクの研究開発を進めている。次世代の光ディスクでは記録データを高密度化するため40nmのサイズの微小記録ピットが必要とされており、産総研では微小記録ピットを作製する微細加工技術の開発を行うと共に、直径12cmのディスク基板に高速で記録する技術の開発を進めてきた。このたび、産総研とパルステック工業株式会社は共同で、光ディスクの高速・低コスト・大面積作製技術の特性を生かして、高速に大面積でかつ低価格化が可能なナノメータサイズの微細構造光学素子の開発と、これを誰もが簡単に製作できる装置の開発に取り組んできた。
なお、本研究開発は、科学技術振興機構の委託事業「シーズ育成試験(平成17年度)」による支援を受けて行ったものである。
可視光レーザーリソグラフィー法と熱非線形材料を組み合わせた熱リソグラフィー法とは、光スポット内に生じた温度分布を利用する方法である。光を物質に照射した場合、その物質が光を吸収する性質を持っていると、光のエネルギーは熱に変換される。レンズによって集光された光は基板上でガウス分布を持った光強度分布となり、物質が光を吸収して発熱する熱分布も同様な温度分布になる【図1参照】。
従って、光を吸収し発熱すると急激に変化する材料を光吸収物質として用いると、光のスポット径以下の微細な描画を実現することが可能となる。これまでの研究では、この方法でフォトレジスト中の微小な領域に、熱化学反応や物質の熱拡散により物質に体積変化を発生させ、リソグラフィーを行っていたが、100nm以下の解像度や高アスペクト比構造の作製が困難であるし、再現性にも難があった。そこで今回は、新たな材料とプロセス技術を見直し、100nm以下の高アスペクト比構造物を確実に再現できる熱リソグラフィー技術を開発し、卓上型のナノメータサイズ微細加工装置として完成させた【図2参照】。
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図1 スポット内の光強度分布及び熱分布による描画領域
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図2(a) ナノサイズ加工機の模式図
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(b) ナノサイズ加工機の写真
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本研究で開発したナノメータサイズ微細加工装置は、図2(a)に示すように、回転系ステージ・1軸ステージ・オートフォーカスユニットで構成され、ナノメータサイズの高速描画を実現している。また、描画の為のレーザービーム及び集光のための光学系には、波長405nmの半導体レーザーと開口数(NA):0.85の対物レンズを用いたので、装置を極めてコンパクトに纏めることができ、誰もが使いやすい設置面積が1m2程度の卓上型サイズにする事ができた(図2(b)参照)。
従来から使われている装置でナノメータサイズの加工を実現しようとすると、電子線描画装置やArFを使った光リソグラフィー等が必要である。これらの装置の1台あたりの設置面積は小さいものでも2m2が必要であり、また装置の保守も大変なため、誰もが自由に取り扱える機器ではない。今回開発した装置は、ナノメータサイズの描画装置としては、何処でも誰もが簡単に取り扱える卓上サイズの装置となった。
図3に、本装置を用いて作製したナノドットパターンを示す。同図の結果は、速さ6m/s(2600-3600rpm)で回転させながら青色のパルスレーザー光を照射し描画して得られたものである。本装置はレーザー光を60MHzのパルス周波数で駆動し、光ビームスポットの6分の1以下の50nmのドットパターンを600万ドット/sの速度で作製できる。通常の電子線描画装置等の描画速度が0.2m/s程度なので、本装置は30倍も高速でナノメータサイズの微細構造を作製できることになる。また、本手法と半導体プロセスで利用されるドライエッチング技術を融合させて、図4に示すような直径100nm、深さ500nm以上のナノホール構造物を光ディスクサイズ(直径12cm)の基板全面に作製する事が可能である。このように、本装置の実現によって、ナノメータサイズの微細パターンを持つナノインプリント用の鋳型を大面積でかつ高速に安価に作製することが可能になった。
図3 ナノドットパターンの作製例
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図4 高アスペクト比構造の作製例
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また、図5は直径12cmのSiO2ディスク基板に光反射防止機能を有する微細構造を作製し光の反射率を低減させた例であり、SiO2平面基板の所では蛍光灯が強く反射して白く見えているが、反光射防止微細構造を設けた部分では、光の反射を抑えることができ、後ろのAISTとPULSTECの文字がコントラスト良く見えている。このように、光反射防止ナノ構造を高速・大面積・安価で作製する事が出来るので、我国が得意とするディスプレイやデジタルカメラなどのレンズ等に光反射防止特性を安価に付加することができ、国際的な競争が激しい製品開発分野にも貢献できると考えている。
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図5 直径12cmのSiO2ディスク基板上に作製した光反射防止微細構造の写真と特性
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今回開発した装置は2006年春頃からプロトタイプ機の出荷を行う予定である。また今後、サンプルおよび熱リソグラフィー用マスク材料の提供を進めると共に、更なる熱リソグラフィー法の性能向上の研究開発を行う。