独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)環境管理技術研究部門【研究部門長 田尾 博明】リサイクル基盤技術研究グループ 大木 達也 研究グループ長らは、廃プリント基板から電子素子を種類別に回収する選別技術を開発した。また、日本エリーズマグネチックス株式会社【代表取締役 丹野 秀昭】(以下「日本エリーズ」という)とともに、量産型の選別装置を開発した。
この選別システムは、メインの「複管式気流選別機」と、サブの「傾斜弱磁力磁選機」の2つの新しい物理選別装置を組み合わせた技術で、タンタルコンデンサー(レアメタルを含有)をはじめとする電子素子群を種類別に高純度で回収できる。これにより、都市鉱山からのレアメタルリサイクルの加速が期待される。
なお、複管式気流選別機と傾斜弱磁力磁選機の試作機は、2012年5月22日~5月25日に東京ビックサイト(東京都江東区)で開催される2012NEW環境展にて展示される。
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メインの「複管式気流選別機」試作機
(左、W:2000 mm,H:5650 mm,D:1240 mm)と、
サブの「傾斜弱磁力磁選機」試作機
(右、W:1530 mm,H:830 mm,D:900 mm) |
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プリント基板には多くのレアメタルが含まれているが、銅や貴金属を製錬所で処理する通常のリサイクル方法ではレアメタルの多くは回収できない。例えば、重要なレアメタルの1つであるタンタルは、その多くがプリント基板中のコンデンサーとして使用されている。しかし、上記の理由から、廃製品からの回収はほとんど進んでおらず、リサイクルを優先すべき重要金属の1つとされている。レアメタルのリサイクルを実現するには、プリント基板を製錬所で処理する前に、タンタルコンデンサーなどの電子素子を物理選別しておく必要がある。プリント基板から電子素子をはく離する技術は、近年、概ね確立されつつある。しかしながら、はく離された状態では、さまざまな電子素子が混合している。すなわち、多種類、低濃度のレアメタルが混在しているため、レアメタルを効率よくリサイクルできない。そこで、電子素子の混合物から、タンタルなどの重要なレアメタルを含む素子だけを選別・回収する技術の開発が切望されていた。
産総研ではこれまで、固体の段階で特定の成分を濃縮する物理選別技術の研究開発を行い、都市鉱山や海洋資源開発など、我が国の新しい資源開発に求められる装置を開発してきた。特にレアメタルリサイクルのための物理選別技術については、HDDカッティングセパレータ(2011年5月23日産総研プレス発表)や蛍光ランプのリサイクル技術(2011年5月11日産総研プレス発表)を世界に先駆けて開発するなど、世界トップレベルの技術を持っている。プリント基板からのレアメタル回収については、独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構の支援による共同研究「廃小型電子・電気機器からの希少金属等の回収」(平成19年度~平成22年度)によって、PCやサーバー、携帯電話などに使用されるさまざまなプリント基板からはく離した電子素子群の物性や選別特性を調査し、特定の電子素子の選別条件を選定するための基礎を築いてきた。その後、産総研独自に、選別装置開発に関する基礎データを収集して、複管式気流選別機と傾斜弱磁力磁選機の研究用試作機を完成させた。さらに、日本エリーズと共同で、安全性、耐久性、メンテナンス性などを向上させて、これらの装置のプラント用量産機を開発するに至った。
複管式気流選別機:
今回開発した技術のメインである複管式気流選別機は、産総研が長年研究開発してきたカラム形気流選別機を発展させ、大幅に高精度化した装置である。カラム形気流選別機は、管(カラム)内に一定風速で上昇する気流を発生させ、その気流によって浮上する軽い低比重粒子と、落下する重い高比重粒子を選別する乾式比重選別機の1種である。混合物が2成分の場合には、これによって選別できるが、電子素子混合物などの多成分の混合物の場合では、中間比重粒子を回収するためには少なくとも2回の選別が必要となる。今回開発した複管式気流選別機は、気流の風速の異なる2つのカラムから構成される。高風速の第1カラムで、高比重粒子を落下回収した後、中間・低比重粒子を浮上させた空気を排気せずに、そのまま粒子とともに第2カラムに供給する。低風速の第2カラムでは、中間比重粒子を落下回収して、浮上した低比重粒子と選別する(図1)。これにより1回の処理で中間比重粒子を回収できるが、1つの送風機によるコンパクトな構造で高精度な選別を実現するため、さらに5つの新技術を開発した(表1)。
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図1 複管式気流選別機の概要 |
<新技術①>第1カラムと第2カラムを滑らかに接続するため、特殊な内部形状のジョイント機構を導入するとともに、<新技術②>第2カラムの自動風速制御を行うため、断面積可変カラム機構を導入した。
また、カラム内に空気を流すと、一般に中心部分の風速が周辺部分よりも速くなり断面風速にムラが生じてしまう。気流選別機ではカラム内の断面風速にムラがあると、例えば同じ比重であっても中心付近では吹き上がり、周辺部分では落下することがあり、選別精度が低下する。そこで本装置では、<新技術③> カラム内部の構造を工夫することにより、世界で初めてフラットな断面風速分布を実現し、高精度の気流選別機構を開発した。
精度良く選別するためには、カラムの長さ方向に風速が一定となる区間を設けることが不可欠である。しかし、本装置で用いる風速領域(数10 m/s)では、風速が安定し一定となる区間を実現するには長いカラムが必要で、複管式にすると装置高さが10 m以上にもなり設置場所が制約される。<新技術④> カラム内の適切な位置にオリフィスを設けると、風速が一定となる区間を短いカラム長さで実現できることを見いだし、多段のオリフィスによる特殊なカラム内絞り構造を新たに開発した。また、オリフィスによって粒子運動を意図的に加速させ、分離ゾーンを多段化できることも見いだし、装置の高さを5 m程度に抑えるとともに、選別速度を向上させた。
さらに、さまざまな種類の電子素子を種類別に選別するためには、膨大な数の選別条件の中から1つないし複数の条件へ絞り込むことが必要である。装置を導入してもこの最適条件が見いだせなければ、リサイクルは実現しない。そこで、<新技術⑤>ユーザーが制御盤のディスプレイから、投入する粒子のサイズと中間比重粒子として回収したい電子素子の名前を選択すれば、最適選別条件で自動運転する制御機構を導入した。この制御機構は、産総研が独自に構築した数十万個の電子素子に対する選別挙動データベースを用いている。
以上の新技術の導入により、わずかな比重差の電子素子を極めて高精度に3成分に選別できるようになり、これまで不可能であった電子素子混合物から、レアメタルを含む特定の電子素子だけを回収することが可能となった。適切なはく離(破砕)方法によって種々のプリント基板から得られた電子素子混合物について、目的の電子素子に適した粒度で篩分けした後、後述する傾斜弱磁力磁選機と組み合わせて選別試験を実施した。タンタルコンデンサーを回収した例では、タンタルコンデンサー純度1%~3%の電子素子混合物に対し、従来技術による選別では純度20~30%程度に留まっていたが、この技術では純度80%以上(最大95%)、分離効率80%以上(最大93%)で選別することができた。図2は、実際のプリント基板を複管式気流選別機において、タンタルコンデンサー自動回収モードで選別した際の回収物の一例である。その他、この装置によって、セラミックコンデンサーやチップ抵抗など、何種類かの電子素子を種類別に回収できる。
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図2 複管式気流選別機のタンタルコンデンサー自動回収モードによる選別例 |
傾斜弱磁力磁選機:
電子素子混合物には、わずかな比重差による選別でなくとも、形状や磁気特性によって比較的容易に選別できるものがある。このような方法で事前に粗選することにより、複管式気流選別機へのフィード量(供給量)を減らせるため、トータルの処理量を増加させることができる。傾斜弱磁力磁選機は、搬送コンベア上で形状選別と磁力選別を行う、電子素子の粗選用に開発したコンパクトなハイブリッドセパレーターである(図3)。
電子素子混合物が傾斜したコンベアのベルト上にフィードされると、円筒形の電子素子は側面を下にしていれば容易に転がりコンベアの側面から落下するが、端面を下にしていると落下しない。このような円筒形素子にピンなどを当てれば、素子の姿勢が変わって落下のきっかけを与えることができる。しかし、傾斜コンベアのベルト上にピンを固定配置した場合、ピンの間隔を広げると素子が素通りする確率が高くなる。一方、間隔を狭めると、素子が堆積して閉塞してしまう確率が高くなる。そこで、ベルト上の素子がピンに接触し、一定以上の荷重で押されるとのれん状にピンがスイングする多段スイングゲート機構を導入した。円筒形素子に姿勢変化の機会を与えつつ、ピン間隔を狭くしても閉塞が起こらない。これによって、電子素子のうち、円筒形のアルミ電解コンデンサーだけが選択的に傾斜コンベアのベルト上を転がって回収される。
一方、矩形の他の電子素子類のうち、鉄を多く含む水晶振動子やコイルの鉄芯などは、その後に磁着回収され、最終的にIC、メモリー、タンタルコンデンサーなどが非磁着物として回収される。通常の磁選機は、より多くの磁着物を回収するため磁力が強く、非磁着性の電子素子でもリード線が残っていると回収されてしまう。そこで、本装置では、0.07テスラ以下の極めて弱い磁力で、しかも、コンベア面上に均一な磁場を形成するよう磁石を配置してあるため、鉄を多く含む水晶振動子などの電子素子だけを安定して回収できる。
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図3 傾斜弱磁力磁選機の機構と選別試験結果の例 |
今回開発した「複管式気流選別機」と「傾斜弱磁力磁選機」は既に実用段階に入っており、両選別機を含むタンタルコンデンサー回収プラントを今年度中に稼働させる予定である。また、その他の電子素子の回収や、種々の廃製品からレアメタルを回収するプラントへの導入も検討する。さらに、その選別精度を生かして、リサイクル以外の製造工程における原料高純度化など、さまざまな工業利用への展開も期待される。
複管式気流選別機については、現状では事前に調査したデータベースに基づく自動制御となっているが、今後は、センシング技術などと組み合わせて、データベースにない対象物であっても、自律的に制御できる選別装置の開発を進める予定である。