発表・掲載日:2011/07/11

高温溶融材料の屈折率を簡便に測定する装置

-光情報産業、金属精錬産業での活用に期待-

ポイント

  • 赤外線加熱技術、分光エリプソメーター技術、高温溶融材料の封じ込め技術の融合
  • 特殊な石英セルを用いることにより安定した測定が可能
  • 光ディスクの設計や金属精錬プロセス管理に貢献

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)電子光技術研究部門【研究部門長 原市 聡】メゾ構造制御グループ【研究グループ長 阿澄 玲子】桑原 正史 主任研究員は、株式会社 サーモ理工【代表取締役 遠藤 智義】(以下「サーモ理工社」という)森笠 福好 技術開発部長、ジェー・エー・ウーラム・ジャパン 株式会社【代表取締役 鈴木 道夫】(以下「ウーラム社」という)堤 浩一 テクニカルチーフ、国立大学法人 東京工業大学【学長 伊賀 健一】(以下「東工大」という)大学院理工学研究科 材料工学専攻 須佐 匡裕 教授、遠藤 理恵 助教と共同で、高温溶融材料の屈折率を簡便に測定する装置を開発した。

 この装置は、サーモ理工社の赤外線加熱技術、ウーラム社の分光エリプソメーター技術、産総研と東工大による高温溶融材料の封じ込め技術を融合して開発したもので、従来の装置に比べて簡便に高温溶融材料の屈折率を測定できる。これにより、光情報デバイスの開発や金属精錬プロセスの精密制御への貢献が期待される。

 なお、この技術の詳細は、2011年7月17~21日に米国ハワイ州カウアイ島で開催されるThe Joint International Symposium on Optical Memory and Optical Data Storage Topical Meeting (ISOM/ODS 2011)で発表される。

開発した屈折率測定装置の写真
開発した屈折率測定装置

開発の社会的背景

 材料の高温溶融状態は、材料の精製プロセスや光ディスクの記録・再生プロセスで生じる液体状態である。材料の精製には、高温で溶融するというプロセスが使われることが多く、光ディスク、特に書換型光ディスクでは、記録・再生の際、薄膜を構成する材料をレーザー光の照射で溶融、急冷するといったプロセスが欠かせない。従って、高温での材料のさまざまな評価は、プロセスを効率よく制御するためや製品の構造設計に必要不可欠なものである。

 重要な評価の1つに屈折率の評価がある。精錬プロセスでは放射温度計の校正のため、光ディスクではレーザー光にどのように応答するかを決定するために屈折率の値が必要である。しかし、高温で溶融した材料の屈折率を測定することはとても難しい。高温のため測定の調整をする際に材料に触れられないこと、高温により材料が蒸発すること、材料と大気が反応してしまうこと、などの理由からである。そのため、特定の材料について、非常に特殊な装置で十分に熟練した人が測定するという非常に限定された条件の測定しかできなかった。

研究の経緯

 産総研は、サーモ理工社、ウーラム社、東工大と協力し、屈折率評価法の開発に取り組んできた。それぞれの主な役割は、サーモ理工社は加熱部や加熱炉の開発、ウーラム社は光学系や解析方法の開発、東工大と産総研は試料調製法、機器設計、高温溶融用セルの開発などである。今回、光ディスクの記録材料について、高温で溶融した状態の屈折率測定に成功した。

 なお、本研究開発の一部は、経済産業省の委託事業「中小企業産業技術開発事業(平成20~21年度)」および独立行政法人 日本学術振興会「科学研究費補助金 基盤研究B」による支援を受けて行ったものである。

研究の内容

 今回開発した装置の構成を図1に示す。試料の加熱には赤外線加熱装置を用いた。これは最大消費電力2 kWの強力なランプから放出される赤外線を試料に集中させることで、温度を急速に1000 ℃以上に上げる装置である。赤外線ランプから出た赤外線は、回転楕円ミラーによって集められ、石英のロッドへ導かれる。赤外線は石英ロッド中を通り、下端から放射されて試料を加熱する。ヒーターなどの発熱体を用いて加熱すると、試料周辺まで加熱してしまうため、断熱材などが必要であり、装置が大掛かりとなってしまう。これに対して、赤外線加熱は集中して試料を加熱できるため、非常にコンパクトな構成で済む。屈折率の測定は分光エリプソメーター(ウーラム社製M2000)を用いた。このエリプソメーターは非常に高感度であり、表面の原子一層分の屈折率でも測定できる。

開発した装置の概略図
図1 開発した装置の概略図

 安定に測定するためには、高温で溶融している材料の取り扱いに課題があった。1つは、高温で溶融している材料は、蒸発や酸化が生じるため大気中では加熱できないということである。産総研と東工大は、試料を石英で作製した容器(石英セル)に真空封入することで解決した。容器の形状や厚さ、作製方法を最適化した結果、十分に測定に耐えられる容器を作製できた。2つ目の課題は、分光エリプソメーターの測定に必要な平坦面を作り出すことである。面が平坦でないと、照射された光がいろいろな方向に散乱されて測定ができない。この課題については、溶けた試料が重力により容器の底に沿って平らになることを利用して平坦面の測定をすることとした。図1に示すように、多角形プリズムの全反射を利用して光を石英セルの底面に導き、試料からの反射光も多角形プリズムで検出器へと導いた。鏡ではなくプリズムを用いた理由は、鏡を用いると鏡の材料による情報が試料による情報と重なってしまい解析できないからである。プリズムの全反射の場合は、測定結果から一定値を差し引くことで解析できる。既知の屈折率のシリコン基板や金の薄膜について今回開発した装置を用いて測定と解析を行ったところ、測定値はこれまでに報告されている屈折率と同じであり、プリズムを用いた光の導入系に問題がないことが確かめられた。

 開発した装置を用いて光ディスクの記録材料であるSb2Te3(融点620 ℃)の屈折率の測定を行った。図2は、代表的な5種の波長に対して2つの偏光の強度比(角度で表される)を測定し、溶融(約700 ℃)と固化(約500 ℃)を繰り返して、測定の再現性を確認した結果である。2つの偏光とは、試料に垂直な電場成分を持つ光(p偏光)と試料に平行な電場成分を持つ光(s偏光)であり、図2は試料への入射前後でp偏光、s偏光がどのように変化したのかを表している。固化すると偏光の強度比は増加し、溶融に伴い減少しているが、3回の固化と溶融についての測定がきれいに再現されており、試料の変質がなく、安定した測定が行われたとわかる。

Sb2Te3の固化と溶融を繰り返した際の測定の再現性の図
図2 Sb2Te3の固化と溶融を繰り返した際の測定の再現性(測定は60分で終了)

 図3は、波長300~1000ナノメートル(nm)の範囲で、屈折率の実部(n)と虚部(k)を測定、解析して求めたものである。青色の実線が固化時(約500 ℃)のn、青色の破線が固化時のk、赤色の実線が溶融時(約700 ℃)のn、赤色の破線が溶融時のkである。これまでに報告されているSb2Te3 の屈折率には、室温で薄膜について測定されたものがあったが、今回の固化時の屈折率とほとんど同じであった。一方、溶融時の屈折率はnもkも固化時の屈折率とは異なっているが、特にkの値が固化時に比べ大幅に減少している。屈折率の虚部は消衰係数とも呼ばれ、光がその物質によってどの程度吸収されるかを表す値である。透明な材料ではkの値はほぼ0となる。すなわち、溶融時にkの値が減少したということは、固化状態に比べ、溶融したSb2Te3 がより透明になったということであり、これは世界で初めて実験的に示されたことである。また、光の吸収と波長との関係から、固化時のSb2Te3間接遷移型半導体バンドギャップが0.27エレクトロンボルト(eV)(波長では4.6 マイクロメートル(µm)に対応)であり、溶融時のSb2Te3直接遷移型半導体で、バンドギャップが1.1 eV(波長では1.1 µmに対応)であると推定された。バンドギャップは大きくなると材料が透明になる傾向があるため、今回の溶融による透明化は、バンドギャップが大きくなったためと推測される。

Sb2Te3の固化と溶融における屈折率の実部(n)と虚部(k)の図
図3 Sb2Te3の固化と溶融における屈折率の実部(n)と虚部(k)

今後の予定

 今後は、装置を小型化すると共により使いやすくして、2年後の実用化を目指す。誰もが容易に測定できる装置として、ウーラム社より国内外の金属精錬メーカーや光ディスクメーカーへの提供を予定している。一方、高温溶融状態での材料の屈折率測定を進め、理論的な計算(第一原理計算)を併用し、屈折率の変化を物理的な面からも解析する予定である。


用語の説明

◆屈折率
光に対して物質がどのような反応をするかの指標となる値である。屈折率には実部と虚部があり、一般的に実部を屈折率と呼ぶ場合が多い。屈折現象は、この実部で決まる。一方、虚部は消衰係数とも呼ばれ、物質が光を吸収する度合いを示す値である。透明な物質はこの値が0に近いため透明に見える。虚部の値が小さければ、光がよく透過する。[参照元へ戻る]
◆赤外線加熱
さまざまな光のうち、吸収されて熱に変換される割合がもっとも大きいのが赤外線である。人間の目に見える光の波長は400~800ナノメートルであるが、赤外線はそれより長い数マイクロメートルの波長の光を指す。ここで使用した赤外線加熱装置は、赤外線を効率よく集光させることにより、材料や機器構成にもよるが最高温度1500 ℃まで材料を加熱することができる。[参照元へ戻る]
◆分光エリプソメーター
エリプソメーターは、偏光状態を整えた光を試料に照射し、その偏光状態がどのように変化したかを測定し解析する光学測定方法である。偏光状態の変化を捉えることにより、試料の屈折率を調べることができる。単色エリプソメーターは一波長で測定を行い、その波長での屈折率しか求められないが、分光エリプソメーターは広い波長範囲で屈折率を求めることができる。また求めた屈折率の信頼性も高い。[参照元へ戻る]
◆書換型光ディスク
何度でも書き込みと消去ができる光ディスクである。DVD-RAMやCD−RWなどの名前で市販されている。この光ディスクへの書き込みは、強いパルスレーザーを照射して薄膜を構成する材料をいったん溶かした後、光ディスクの回転と光ディスクの構成材料の1つである金属膜による放熱によって急冷する。急冷部分はアモルファスという無秩序な構造となる。このアモルファスの部分は、周りの秩序ある構造と光に対する応答が異なるので、再生の際は弱めのレーザー光を照射して、アモルファス部分を読み取る。書き込みの際に溶融が起こっているため、光ディスク中では少なくとも700 ℃ 程度の高温が生じている。[参照元へ戻る]
◆放射温度計
非接触で温度を測定できる温度計の一種。1000 ℃程度の温度の測定には放射温度計を使うのが一般的である。物体の温度が高くなると光を発するようになる。この光の波長と強度は温度によって変化するため、光を測定することにより物体の温度が測定できる。ただし、同じ温度でも物体の材料によって放射される光の性質が異なるため、これを補正しなければならない。この補正に屈折率が必要となる。本開発装置は、この補正を精密に行う目的に対しても開発されている。[参照元へ戻る]
◆全反射
ガラスから大気へ向かう光のうち、例えば境界面に垂直に入った光は、そのまま大気へと向かうことができる。しかし、光と境界面との角度を傾けていくと、境界面に浅く入った光は大気中へと行くことができず、境界面で全て反射されてしまう。この現象を全反射という。[参照元へ戻る]
◆Sb2Te3
Sb(アンチモン)とTe(テルル)との化合物であり、光ディスクの記録材料の母材となるものである。実際の光ディスクの記録材料には、Sb2Te3にGe(ゲルマニウム)、In(インジウム)、金属などを添加してある。[参照元へ戻る]
◆偏光
光は電磁波の一種であり、電場と磁場が進行方向に垂直に振動している波である。電場の方向がそろっている光を偏光という。通常の光の電場の方向は、ばらばらであるが、電場の方向を整える素子を通すと偏光を得ることができる。3D映像用の眼鏡には偏光の性質を利用したものもある。[参照元へ戻る]
◆間接遷移型半導体、直接遷移型半導体
半導体メモリーに使われるシリコンなどの間接遷移型半導体は、電子を光で直接励起できず、温度などの助けが必要となる。一方、直接遷移型半導体の代表例はガリウムヒ素であるが、直接遷移型半導体は光で直接電子を励起できる。[参照元へ戻る]
◆バンドギャップ
金属など電気を通す物質中の電子は、どんな値のエネルギーでも持つことができるが、半導体や絶縁体では、ある幅のエネルギーを持つことができない。この幅をバンドギャップと呼ぶ。[参照元へ戻る]
◆エレクトロンボルト(eV)
エネルギーを示す単位の一種である。エネルギーの単位はJ(ジュール)と呼ばれる単位が一般的であるが、電子の持つエネルギーを示すためには桁が違いすぎるので、エレクトロンボルトを使う。1つの電子が1 Vの電圧差からもらうエネルギーが1 eVである。1 eVは約10-19 Jとなる。[参照元へ戻る]


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