独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノチューブ応用研究センター【研究センター長 飯島 澄男】有機ナノチューブ研究チーム【研究チーム長 浅川 真澄】青柳 将 研究員、小木曽 真樹 主任研究員は、学校法人 東京理科大学【理事長 塚本 桓世】理学部第一部 化学科 由井 宏治 准教授、インドのPanchakot Mahavidyalaya(パンチャコット マハビダラヤ)大学【学長 Sanjib Chattopadhyay】Tanmay Chattopadhyay 助教と共同で、産総研で開発した大量製造法を用いて得られるニッケル錯体タイプ有機ナノチューブ(Ni-ONT)が、工業上重要な各種有機化合物の酸化反応を水中かつ室温で進行させる触媒となることを見いだした。
このNi-ONTは、グリシルグリシンと脂肪酸を結合した安価な両親媒性分子とニッケル塩を溶媒中で混合するという簡単な操作で合成でき、全てのニッケルイオンがナノチューブ内外表面に露出しているため、酸化反応の触媒場として極めて優れていると考えられる(図1)。また、Ni-ONTは水中では固体であるため、触媒反応後はろ過によって簡単に回収可能であり、さらに再利用も可能であることから、グリーンイノベーションへの貢献が期待される。
この研究成果の詳細は、2011年4月1日(英国時間)に英国王立化学会の学術誌
Green Chemistryにてオンライン公開される。
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図1 ナノチューブ表面に露出したニッケルイオン上で酸化反応が効率的に進行する
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環境への負荷が少ない有機反応プロセス(グリーンプロセス)の実現に向けて、反応を温和な条件で高効率に進行させることのできる触媒は欠かせない。特に反応後に生成物との分離が容易な固体担持触媒は極めて有用である。しかしながら、多くの固体担持触媒は貴金属を必要とし、触媒の調製に高温での熱処理などのプロセスが必要であるため、コストが高くなることが課題であった。また液体中で固体担持触媒を用いる不均一系反応を行う場合、有機溶媒を用いることが多いが、反応後の溶媒処理などを考えると、環境への負荷の観点からも有機溶媒中ではなく水中で行える反応プロセスが望まれている。
産総研は、過去10年以上にわたり、再生可能な天然由来物質から合成した両親媒性分子を溶液中で自己組織化させることで、ナノファイバーやナノチューブなどの有機ナノ材料を合成する研究を行っている。2008年には、世界に先駆けて金属錯体タイプ有機ナノチューブの大量製造に成功し、現在その用途開発を進めている。
なお、この研究開発の一部は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費補助金「若手研究(B)(平成21~22年度)」による支援を受けて行ったものである。
Ni-ONTは、グリシルグリシンと脂肪酸を結合した両親媒性分子をアルコール中に懸濁させ、ニッケル塩の水溶液を加えることにより、3時間以内に得られる(2008年10月24日産総研プレスリリース)。グリシルグリシンや脂肪酸はいずれも再生可能な資源から容易に得られる低環境負荷材料である。またニッケルは地球上で5番目に多い元素であり、多くの触媒に使われている貴金属に比べて安価で入手可能である。そのためNi-ONTの製造コストは低く抑えることできると考えられる。さらに、ニッケルイオンは有機酸化反応において触媒作用を示すことが知られていることから、単層の二分子膜からなるナノチューブ表面にニッケルイオンが固定された構造を持つNi-ONT(図2)は、比表面積の大きい不均一系触媒として機能すると期待できる。
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図2 Ni-ONTの模式図と電子顕微鏡観察像
単層二分子膜ナノチューブ表面にニッケルイオンが固定されている
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以上の背景からNi-ONTを酸化反応の触媒として用いることを検討した結果、Ni-ONTを過酸化水素水に分散し、有機化合物を加えて室温で撹拌するという極めて簡単な操作で酸化反応が進行することを見いだした(図3)。Ni-ONTは図4に例示したように、広範な有機化合物の酸化反応に適用可能である。なお、過酸化水素は環境負荷の低い酸化剤である。
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図3 Ni-ONTを過酸化水素水に分散し、有機化合物を加えて室温で撹拌する酸化反応フロー図
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図4 Ni-ONT触媒による酸化反応の原料物質と反応生成物の例
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従来の工業プロセスにおける多くの酸化反応では、1.加熱操作が必要、2.有機溶媒の添加が必要、3.酸化剤として爆発性を持つ有機過酸や有害な重金属、強酸を用いる、4.反応中における危険な過酸化物の生成、5.ハロゲン化合物を原料に使用することによるハロゲン含有廃棄物の産出、などの問題点があった。例えば、α-ピネンやスチレンなどのオレフィン化合物の一般的なエポキシ化反応プロセスは上記の問題点を1つ以上含んでいる。一方、今回開発したNi-ONT触媒による酸化反応はこれらの問題点を1つも含まないプロセスである。この酸化反応はNi-ONT触媒を酸化剤である過酸化水素水中に分散し、原料物質を加えて室温で撹拌することで進行する。このため、1.加熱操作が不要なのでエネルギーコストを低減できる、2.有機溶媒を使わないので反応後の廃液処理が容易、3.酸化剤として有機過酸や重金属、強酸ではなく、過酸化水素を用いる、4.危険な過酸化物が発生せず安全、5.ハロゲン含有廃棄物を産出しないので廃棄物処理費用を軽減できる、などの利点がある。
また、反応終了後、ろ過によってNi-ONT触媒と反応溶液を分離できるため、反応生成物の精製が容易であり、同時にNi-ONT触媒が回収できる。さらに、洗浄により回収した触媒の再生が可能で、少なくとも5回再利用しても触媒活性が低下しない(図5)。
Ni-ONT触媒による酸化反応で得られた化合物の中で、TMQは、ビタミンEの合成中間体、ベンゾフェノンは紫外線吸収剤(光重合開始剤)、テトラロンは農薬中間体、エポキシ化物は光硬化性樹脂などに広く用いられており、これらの合成反応は工業的に重要なプロセスである。
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図5 酸化反応における再利用によるNi-ONT触媒の活性の変化
(左)TMP、(右)スチレン(右)の酸化反応(反応時間:5時間)
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今後は、金属錯体タイプ有機ナノチューブ触媒のさらなる高効率化、高耐久性化を図るとともに、サンプル提供による共同研究などを通じて、低環境負荷の酸化反応プロセス実現に向けての実証実験を進める予定である。
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プレスリリース修正情報
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修正箇所
「図4」に記載の「ジフェニルベンゼン」を「ジフェニルメタン」に修正(2011年5月13日 18:00)