発表・掲載日:2010/12/08

0.5 nmの非常に薄い高誘電率ゲート絶縁膜を開発

-より低消費電力の集積回路が製造可能に-

ポイント

  • 半導体デバイス製造プロセスを改良した世界トップクラスの薄さのゲート絶縁膜作製技術
  • 高誘電率材料の結晶成長過程をコントロールして実現
  • トランジスタの漏れ電流の大幅な抑制効果を確認

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノ電子デバイス研究センター【研究センター長 金山 敏彦】極限構造トランジスタ研究チーム 太田 裕之 研究チーム長、右田 真司 主任研究員は、0.5 nmの非常に薄い高誘電率ゲート絶縁膜を製造する新しい技術を開発した。

 この技術は、現行の半導体デバイス製造プロセスを改良したものである。高誘電率材料の結晶化過程に注目し、結晶成長を精密にコントロールする熱処理プロセスを取り入れた結果、シリコン基板との界面に低誘電率層が生成しない高誘電率結晶膜の合成技術を開発した。この技術で合成した高誘電率結晶膜をMOSトランジスタのゲート絶縁膜として用いると、シリコン酸化膜(SiO2)換算膜厚で0.5 nmまで薄膜化することができ、漏れ電流量が6桁小さくなることを確認した。MOSトランジスタのゲート絶縁膜の漏れ電流は集積回路の消費電力の大きな部分を占めているが、今回開発した高誘電率ゲート絶縁膜は、より低消費電力な集積回路の製造に貢献することが期待される。

 本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「次世代半導体材料・プロセス基盤(MIRAI)プロジェクト」の委託を受けて行ったものであり、技術の詳細は、2010年12月6~8日にサンフランシスコで開催されている国際会議「International Electron Devices Meeting」で発表された。

シリコン基板上に直接成長した高誘電率結晶膜の電子顕微鏡写真と漏れ電流の低減の図
図1 シリコン基板上に直接成長した高誘電率結晶膜(HfO2)の電子顕微鏡写真(左)と漏れ電流の低減(右)

開発の社会的背景

 近年、携帯電話、パソコン、高機能テレビなどの普及によって、社会全体での電子機器の消費電力量が増大傾向にあるが、これらの消費電力を低減することは、CO2排出量の削減にも貢献する重要な技術課題である。電子機器の中枢機能である集積回路は、数億個のMOSトランジスタを集積して構成されており、一つ一つのMOSトランジスタのゲート絶縁膜の漏れ電流を低減することが、電子機器全体の低消費電力化につながる。

 トランジスタのゲート絶縁膜の漏れ電流を低減するために、世界中の半導体メーカー、大学、研究機関などで高誘電率材料を用いたゲート絶縁膜の研究開発が行われてきた。現在、シリコン酸化膜換算膜厚で1 nmという薄さのゲート絶縁膜が開発され、この技術を用いた集積回路が製品化されている。半導体業界では、2013年以降には0.65 nm、2015年には0.53 nmの薄さを必要としており、世界中でこの目標の実現に向けた研究開発が行われている。

研究の経緯

 産総研は、高誘電率ゲート絶縁膜の研究開発を行ってきており、原子層成長技術と急速熱処理技術を組み合わせた不純物低減技術の開発、高誘電率材料とシリコン酸化膜の界面に発生するダイポールがトランジスタ動作のしきい値電圧や移動度低下に及ぼす影響の解明など、そのポテンシャルは世界トップクラスにある。

 本研究開発は、NEDOの「次世代半導体材料・プロセス基盤(MIRAI)プロジェクト」の委託を受けて行ったものである。本プロジェクトは、産総研、大学、デバイスメーカーや装置メーカーなどから成る産学官連携プロジェクトとして、次世代の半導体材料ならびにプロセス基盤技術の開発を行っている。産総研は、その中でバリスティックCMOS基盤技術の開発を全面的に担当している。

研究の内容

 今回の技術は、高誘電体材料の結晶膜の合成方法を新たに考案し、開発に至ったものである。これまでにも結晶膜で高誘電率ゲート絶縁膜を作る試みは世界中の企業や研究機関で行われてきた。実際に、研究用途の特殊な成膜方法を用いて、結晶膜の優秀性を示す成果も得られている。しかし、生産用途の製造プロセス装置で高誘電体材料の結晶膜を合成すると、低誘電率層の生成による膜厚増加や漏れ電流の増大が発生するため、実用レベルの性能をもつ絶縁膜の作製は非常に困難とされてきた。そこで今回は、生産用途の装置を用いながら、結晶化の過程を改良することで、従来解決されていなかった問題の克服に取り組んだ。

 図1の左は、今回実現した、シリコン基板上に合成した高誘電体材料であるハフニウム酸化物(HfO2)結晶膜の高分解能電子顕微鏡写真である。基板のシリコン結晶の原子配列に対して、ハフニウム酸化物の結晶の原子配列が整合して成長している様子が現れている。

 図1の右は、シリコン基板上に合成したHfO2結晶膜にゲート電極を形成して測定したシリコン酸化膜換算膜厚と漏れ電流値の関係である。今回開発した技術により、シリコン酸化膜の場合と比較して6桁にもおよぶ漏れ電流の低減を実現した。最も薄い場合には0.5 nmの性能を1 A/cm2の漏れ電流で達成している。開発した技術が実用化されれば、今後10年にわたるゲート絶縁膜の開発に目処が立つと考えている。

 開発したプロセスのモデルを図2に示す。最初にシリコン基板上に原子層成長法で非晶質のHfO2膜を堆積する。続いて高温熱処理で非晶質膜を結晶化させる処理を行うが、このときに、シリコン基板からの熱伝導を利用して、基板界面からの結晶化が始まるようにする。これによって、界面に低誘電率層が生成することを抑止できる。さらに結晶成長の方向がそろっていることで、隙間のない、ち密な結晶膜が得られ、漏れ電流の増大も抑えることが可能になる。

 今回開発した技術は、現行の半導体デバイスの製造現場と同様の材料ならびに同等の製造装置を用いて実現したものであり、実用化への困難が少ないと考えている。

開発した高誘電率結晶膜の合成方法の図
図2 開発した高誘電率結晶膜(HfO2)の合成方法。(1) シリコン基板上に非晶質状態のHfO2膜を堆積、(2) 基板からの熱伝導を利用して界面からの結晶成長を促進、(3) 隙間の無い、ち密な結晶膜が完成。

今後の予定

 今後は作製した構造のプロセス耐性、電気特性のばらつきや信頼性を、さらに系統的に試験することで、将来の低消費電力デバイスの開発に貢献したい。


用語の説明

◆高誘電率ゲート絶縁膜
SiO2よりも高い誘電率を持つ絶縁材料で作った、トランジスタ用のゲート絶縁膜のこと。誘電率が高いほど、ゲート絶縁膜としての性能は優秀になる。しかし、シリコン結晶材料との界面安定性や、禁制帯幅の整合性といった制約が存在するため、実際に使える材料は、ハフニウム酸化物(HfO2)やジルコニウム酸化物(ZrO2)やアルミニウム酸化物(Al2O3)、希土類酸化物などに限られている。[参照元へ戻る]
◆MOSトランジスタ
金属(M:メタル)、酸化物(O:オキサイド)、半導体(S:セミコンダクター)の積層構造を有する電界効果型トランジスタのこと。金属をゲート電極、酸化物をゲート絶縁膜と呼ぶ。電子型と正孔型のMOSトランジスタを組み合わせた回路を構成することで、低消費電力かつ高速な集積回路が実現できる。微細加工性にも優れており、超高集積回路の開発をけん引するデバイスである。[参照元へ戻る]
◆シリコン酸化膜(SiO2)換算膜厚
高誘電率ゲート絶縁膜の電気的な薄さの性能を評価するための指標。まず、シリコン基板上に高誘電率ゲート絶縁膜とゲート電極を形成してMOS構造を作製し、単位面積あたりの静電容量を測定する。静電容量は、誘電率に比例し、絶縁膜の膜厚に反比例する。したがって、SiO2の誘電率を、測定した静電容量で割ると、シリコン酸化膜換算膜厚が得られる。[参照元へ戻る]
◆漏れ電流
MOSトランジスタにおいて、ゲート電極に電圧を印加した時に、ゲート絶縁膜を貫通して流れてしまう電流のことを、漏れ電流と呼ぶ。個々のMOSトランジスタの漏れ電流が大きいほど、回路の消費電力は大きくなる。[参照元へ戻る]
◆ダイポール
プラスとマイナスの電荷が近接して存在することで発生する電気双極子のこと。高誘電率材料と低誘電率のシリコン酸化膜では、それぞれの材料の電気陰性度が異なる。そのために両者を接合して界面を形成すると、界面の結合部分の電荷が一方の材料に引き寄せられた状態となり、ダイポールが発生する。高誘電率ゲートスタックの構造の内部にダイポールが存在すると、トランジスタのしきい値電圧に影響を及ぼす大きな原因となる。[参照元へ戻る]

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