独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門【研究部門長 南 信次】分子ナノ物性グループ【研究グループ長 池上 敬一】の田中 寿 主任研究員、川本 徹 主任研究員は、国立大学法人 山形大学(以下「山形大学」という)と共に、プルシアンブルー錯体のナノ粒子を用いた調光ガラスの電解質をゲル化することに成功した。この調光ガラスは電気を流すことで、青色状態と無色透明状態を調整できるエレクトロクロミズムという現象を利用した素子である。ナノ粒子を含むエレクトロクロミック(EC)層、ゲル電解質層、封止材のすべてを塗布工程により作製できるようになり、製造工程が簡略化され、安価かつ効率的に、大面積の調光ガラスを製造できる。また、ゲル化により破損時の電解液漏れの可能性も減少する。なお、この調光ガラスは電源を切っても色が変わらないメモリー性を示す。
電解質をゲル化すると一般にイオン伝導性が減少してしまい、エレクトロクロミック素子の応答速度も低下するが、今回開発したゲル電解質では、材料の組み合わせや混合比率を最適化することによって、応答速度の低下を防ぐことができた。また、ゲル電解質自体が可塑性を持つため、樹脂基板(ポリマーフィルム)と組み合わせるとフレキシブルなエレクトロクロミック素子が作製できる。
さらに、ゲル電解質に酸化チタン粉末などの白色粒子を混入して素子の片面だけの表示を見せることができる。この素子はメモリー性を持つので電子ペーパーなどの省エネ型表示素子としても利用できる。
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ゲル電解質調光ガラスの構造
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表示素子の着色状態(左)と白色状態(右)
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近年、空調のエネルギー効率向上の観点から、ガラスの色を制御して、透過する光の量を調整できる調光ガラスに注目が集まっている。しかし、現時点で市販されているものは、まだ高価であり、これが普及の妨げとなっている。低価格化のためには、材料・製造コストを低減し、歩留まりを向上させた調光素子が必要であり、さらに透過光量を調整する際の消費エネルギーも少なくすることが求められている。
調光ガラスと同様に色を制御する素子である電子ペーパーには、表示の維持にエネルギーを必要としない反射型表示素子が用いられるが、エレクトロクロミック材料を利用した電子ペーパーには、安価であること、コントラストの大きな表示ができることなどの優位性があると考えられ、大量に消費されている紙媒体の代替として、今後、普及が進むことが期待されている。
産総研と山形大学はプルシアンブルー錯体のエレクトロクロミック特性に注目し、その素子化の研究を進めてきた。プルシアンブルー錯体は古くから利用されてきた顔料であるが、これをナノ粒子化し、さらにインク化することで、印刷により製造できる安価な調光ガラスを開発した(2007年8月8日、産総研プレス発表)。この調光ガラスは電気を流すと色が変わるもので、色を変える際には電力を消費するが、変化した後は電力を消費せずにその色状態を維持できる。すなわち色変化にメモリー性がある。
この調光ガラスは、構造上電解質が必要であり、液体電解質を用いていた。しかし、液体電解質を調光ガラスに導入する工程は効率的な生産には不適であり、また、破損時に液もれの可能性があるといった課題があったため、調光ガラスの性能を維持しつつ、電解質をゲル化する研究に取り組んだ。
なお、本研究の一部は日立化成工業株式会社との共同研究の成果である。
プルシアンブルー錯体ナノ粒子を用いた調光ガラスは、プルシアンブルー錯体に電気を流して酸化したり還元したりすると青と無色透明の間で色変化を起こす現象(エレクトロクロミズム)を利用した素子である。酸化還元に伴う電子のやりとりと同時に、電荷のバランスを取って、錯体の酸化還元状態を保持するために、錯体と電解質の間でアルカリ金属イオンのような陽イオンの自由な出入りが必要となる(図1)。
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図1 エレクトロクロミック反応時の電子(e-)と陽イオン(カリウムイオン、K+)の移動の模式図
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このとき、電子の移動速度と陽イオンの移動速度が速いほど、エレクトロクロミック素子の応答速度が速くなる。したがって電子と陽イオンの移動をいかに妨げないかが、実用レベルのエレクトロクロミック素子を実現するポイントとなる。一般に、電解質をゲル化するとイオン伝導性が減少して陽イオンの移動速度が低下してしまい、結果としてエレクトロクロミック素子の応答速度も低下するが、今回、ゲル電解質を構成する支持電解質塩、可塑剤、ポリマー(樹脂)の組み合わせや、各成分の混合比を最適化して、従来の液体電解質に遜色のない応答速度、メモリー性を持つゲル電解質調光ガラスの開発に成功した。ゲル電解質調光ガラスの構造図、および実際の色変化の様子を図2に示す。2枚の透明電極(ITO:酸化インジウムスズ)基板上にそれぞれEC層I(プルシアンブルー錯体)とEC層II(ニッケル置換プルシアンブルー型錯体)を塗布し、それらを対向させ、間にゲル電解質を挟み込み、さらに周囲を樹脂で封止した構造となっている。ゲル電解質の粘度は室温で3万−10万 mPa·s程度であり、2枚の基板に挟まれた状態ではほとんど流動しない。この素子の基板間に1.5 V の乾電池を接続(EC層Ⅰ側が-)すると、3秒以内にEC層Iは青から無色へ、EC層IIは無色から淡黄色へと色変化し、素子全体として青から無色への色変化として認識される(25 mm角素子)。電圧を反転すると、逆方向の変化により青に復帰する。電流は色を変化させる時だけに必要で、通電を止めても色状態は保持される。1万回以上の繰り返し色変化後も劣化はほとんど見られなかった。また-20 ℃から100 ℃までの温度範囲での動作試験も行い、低温では動作に時間がかかるものの、問題なく動作することを確認した。
今回のゲル電解質調光ガラスの作製には、図3で示したバーコート法を用いた。ここでいうバーコート法とは、EC層を塗布した基板よりも少し厚みのあるガイドを基板両側に置き、基板に垂らしたゲル電解質をバーで延ばす手法であり、大面積塗布に適する。従来の液体電解質では、このような塗布工程を利用することができず、2枚のEC層付き基板を封止材ではりあわせた後、封止材に小さく開けた穴から毛管現象を利用して電解質を導入するという工程が必要であった。ゲル電解質を使用することで製造工程は大幅に効率化される。
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図3 バーコート法による調光ガラス作製
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現時点では、基材としてITOガラス基板を用いているが、将来的には透明電極付き樹脂基板(ポリマーフィルム)を用いることで、図4に示したようなロールツーロール法による大面積調光フィルムの製造が可能になると期待される。これまで調光ガラスは高価なために普及が進んでいないが、材料コスト・製造コストが安く、かつ大面積化が容易な今回の技術を用いれば、既存の窓ガラスに後付けではりつける調光フィルムも作製できるようになり、大きく普及が進むことが期待される。
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図4 ロールツーロール法による調光フィルムの製造工程
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今回開発したエレクトロクロミック素子は、調光ガラスだけではなく、表示素子としての応用も考えられる。ゲル電解質に酸化チタン粉末などの白色粒子を練り込んで反射材とし、背面(EC層II)を見えないようにしたエレクトロクロミック素子を試作した。図5は試作した素子の構造と、実際の着色消色状態の写真である。電解質層を白くしたため、着色-白色の色変化が可能である。この素子はメモリー性をもつので、電子ペーパーなどに省エネルギータイプの表示素子として利用できると期待される。
今後は、樹脂基板を用いた素子の試作、耐光性試験などを進め、家庭や自動車に利用できる性能の調光ガラス、調光フィルムの要素技術の研究開発を行い、近い将来にサンプル出荷できるようにしたい。また、電子ペーパーなどへの応用を目指して、ゲル電解質を白色反射材としたエレクトロクロミック素子のマトリックス化に必要な要素技術の研究を行う。