独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)環境化学技術研究部門【研究部門長 中岩 勝】循環型高分子グループ【研究グループ長 国岡 正雄】 竹内 和彦 主任研究員、長畑 律子 主任研究員らは、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 村田 成二】(以下「NEDO」という)、株式会社GLART【代表取締役社長 山口 博】(以下「GLART」という)、四国計測工業株式会社【取締役社長 四宮 幸生】と共同でマイクロ波重合物量産装置を開発し、乳酸重合用の省エネルギープロセスを世界で初めて実用化した。
有機化合物や高分子材料の合成にマイクロ波による加熱を利用することによって、反応時間の大幅短縮や廃棄物の低減、省エネルギー化、CO2排出の削減等の効果が期待されており、これまで多くの研究が行われてきたが実用化に至った例は少ない。産総研では、これまでマイクロ波を利用した有機化合物や高分子材料の高効率生産技術の開発を行ってきたが、今回の共同研究では、マイクロ波の照射方法の改良によるエネルギー利用効率の向上や、マイクロ波の漏洩等を防止した、安全な装置の開発などにより実用化のめどを得たものである。
GLARTは、これまで電熱ヒーターによる加熱を用いる少量製造ラインを複数稼働して機能性食品素材であるオリゴ乳酸を製造してきたが、今回開発した装置を導入することで、量産化による品質の安定とともに、製造時間の大幅な短縮により従来法に比べCO2発生量を70 %低減する省エネルギー効果を達成した。
なお、本研究は、2006年度NEDO産業技術研究助成事業「マイクロ波を駆動源とするバイオベースポリマーの高効率製造技術開発」(研究代表者:長畑 律子 主任研究員)の成果の一部を応用したものである。
本技術の詳細は、2009年11月19~20日に東京理科大学(神楽坂キャンパス)で開催の第3回日本電磁波エネルギー応用学会シンポジウム、および2009年11月18~20日に東京ビックサイトで開催のプラントショー(INCHEM TOKYO 2009)で発表する。
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写真 今回開発したマイクロ波重合物量産装置
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一般に有機化合物や高分子材料などの化成品の製造には高い温度で長時間の反応を必要とし、多量の有機溶剤の使用や、有害な廃棄物を副生してしまう反応系が多い。地球温暖化対策の一つとして、化成品製造プロセスにおける、生産効率の向上によるCO2排出抑制技術の開発が緊急の課題となっている。中でもポリエステル等の高分子材料の製造には高温で長い反応時間が必要で、このため省エネで廃棄物を出さない製造プロセスの開発が求められている。
ポリ乳酸やオリゴ乳酸のような乳酸重合物は、トウモロコシやサトウキビ等のバイオマス資源を発酵させて得られる原料から製造され、生分解性や透明性に優れた高分子材料として農業用マルチシートやハウス用のフィルム、家電製品の外装用材料として実用化されている。また、生分解性を利用して、手術糸や人工骨、薬物徐放製剤などの医療用材料や機能性食品としても利用されている。乳酸重合物は乳酸の重縮合反応によって合成されているが、乳酸そのものの反応性が低いため、一般的にはスズ化合物や硫酸等の鉱酸類を触媒とし、高温・長時間の反応で合成されている。しかし、医療用途や機能性食品用途の乳酸重合物は、体内に直接導入されることから、有毒な触媒の使用をできる限り控える必要がある。このため低分子量の重合物であるにもかかわらず、触媒を用いないで極めて長い時間をかけて合成されており、エネルギー効率の低い製造プロセスとなっていた。また、反応時間が長いため異種構造体が副生し易く、高品質品を製造するため細心の注意がはらわれていた。このような背景から、環境負荷が低く効率的で、かつ安定した品質の製品を量産する技術が求められていた。
マイクロ波は、物質を高速・均一に直接加熱できる新しい方法として電子レンジのほか、産業界でも広く用いられている。産総研では、有機化合物や高分子材料の合成プロセスに対するマイクロ波の有用性に早くから注目し、これを応用した高効率製造プロセスの研究を行ってきた。特に、原料のカルボン酸やアルコール、脱離する水分子が高い極性をもつことから、マイクロ波により効率的に反応が加速される例としてポリエステルの製造に着目し、マイクロ波を利用することで反応時間を約10分の1に短縮した高効率な製造プロセスを開発している。
一方、GLARTは、機能性食品としてのオリゴ乳酸の製造を行ってきたが、需要の増大とさらなる高品質化に対応するため、従来の工程を一新して高品質な製品の量産化に対応できる、効率の高い新しい製造方法を求めていた。今回、産総研のマイクロ波重合技術を応用した新製造プロセスを共同で開発することとした。
乳酸重合物は乳酸の重縮合反応によって合成されているが、乳酸そのものの反応性は低く、このため一般的にはスズ化合物や硫酸等の鉱酸類を触媒とし、高温・長時間の反応で合成されている。産総研では、乳酸の重合反応にマイクロ波を応用することにより、スズ化合物や硫酸などの触媒なしでも反応が比較的早く進行することを見いだし、特許出願している。これは、マイクロ波が極性をもつ反応の中間体を効率的に加熱したためと考えられる。この技術をGLARTが製造するオリゴ乳酸の合成に適用したところ、電気ヒーターによる加熱を用いて行っていた従来の合成法に比べ、反応速度が大幅に加速されるとともに、消費エネルギーが大きく削減されることが分かった。
次いで、この合成法の実用化のため、四国計測工業(株)と共同で新しいマイクロ波重合用量産装置の開発を行った。まず、反応容器内部での電磁界(電波)分布を精密に制御することによりマイクロ波をできるだけ効率的に吸収させるよう反応容器の形状を設計した。また、この合成法では反応系が高粘度の溶液となるが、これを効率的に扱う反応技術を開発し、さらにマイクロ波の漏洩等の懸念に対する確実な安全対策を開発、装置に施すことで、今回の量産装置の実用化につなげた。
今回の装置で製造される乳酸重合物は、機能性食品用途や医療用途を想定しているため、製品の品質管理は極めて重要である。今回、製品の品質を安定化させる反応条件を探索することで品質の安定化、高品質化を実現した。
今回開発した装置は、原料の乳酸水溶液に2.45 GHz、6 kWのマイクロ波を照射するもので、従来と比べ高速にオリゴ乳酸を合成する。製造規模は1バッチ当たり約20 kgであり、高効率と製品の安定した品質を確保している。GLARTでは、これまで電熱ヒーターを用いた少量製造ラインを複数、長時間稼働することでオリゴ乳酸を製造してきたが、本装置を導入して、大量の製品を短時間で合成できることになり、従来品と同等以上の高品質を保持した製品を、安定して量産化することが可能となった。また、本装置により省エネルギー化が図られ、従来法に比べ約70 %のCO2が削減でき、環境負荷の低減にも大きな効果がある。マイクロ波法は、通常加熱法に比べ反応時間が短いので異種構造体が副生しにくく、機能性食品素材用途へ適した合成法といえる。
エステル化反応や重縮合反応だけではなく、さまざまな有機化合物や高分子材料の合成など、広範な用途の拡張をすすめる。また、蒸留や抽出プロセスにも応用することで、化学プロセスの省エネルギー化によるCO2排出の大幅な削減や無溶媒化、廃棄物の削減によるグリーン化、製品の高品質化など、わが国の化学産業に貢献していきたい。