発表・掲載日:2009/10/13

成形だけで撥水性プラスチック表面が親水性に変化

-ナノ構造で透明パネルの光透過性向上や水滴付着効果を実現-

ポイント

  • 親水剤等の表面コートを用いないため、親水効果の持続時間が飛躍的に進歩。
  • 金型からの転写だけで高光透過性の親水基材を生産することが可能。
  • 太陽光パネルなどの建築資材に利用できる親水性基材の高機能化、低コスト生産に貢献。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)近接場光応用工学研究センター【研究センター長 富永 淳二】スーパーレンズテクノロジー研究チーム【研究チーム長 中野 隆志】 栗原 一真 研究員は、大面積ナノ構造体金型作製技術等を利用してプラスチック基板の親水化技術を開発した。これは、産総研と株式会社 ハウステック【代表取締役社長 星田 慎太郎】の共同研究の成果であり、産総研のもつ大面積ナノ構造体作製技術・ナノ構造体転写技術と、株式会社 ハウステックのもつ親水基材応用技術・親水評価技術を融合させることで実現した。

 開発した技術は、ナノ構造体が形成された大面積金型を用いて、金型からの転写成形によって、プラスチック基板表面にナノ構造体を形成するもので、撥水性のプラスチック基板を親水化できる。この技術により、親水コート等が必要であった親水部材の生産工程が省略でき、親水基材等のより一層の低価格化・高機能化に貢献できる。また、従来の親水化技術より親水維持性が高く、透明でかつ光透過性が向上したプラスチック基材の親水化が実現できる。浴室などの鏡に用いた場合は曇り防止効果、太陽電池のパネルに適用した場合には発電効率の向上と防汚効果が見込まれる。

 従来の親水剤等を塗布する方法に比べ、ナノ構造体を利用することから、耐薬品性や耐剥離性に優れ、これまで使用が難しかった環境下での利用も期待できる。さらに、親水部のパターンを形成する場合、塗布する手法では、多くの生産工程と設備が必要とされる。しかし、この技術はパターニングされた金型を用いることで、成形プロセスだけで局所的に親水部が形成された基材等を作製できることから、DNA アレイ等のバイオテンプレートやフレキシブルディスプレー等への適用が期待できる。

 この成果は、10月15日~16日に産総研つくばセンターにて開催される産総研オープンラボ、10月22日~23日に福井市にて開催される北陸技術交流テクノフェアにて、それぞれ展示する予定である。

乾燥状態の写真 矢印画像 水を付着させた状態の写真
乾燥状態
 
水を付着させた状態
窓ガラス表面に平板フィルムとナノ構造付フィルム(開発品)を設置した時の濡れ性

窓ガラス表面に平板フィルムとナノ構造付フィルムを設置した時の濡れ性の動画画像
動画:23秒
(Windows Media形式)


開発の社会的背景

 濡れ性制御技術は、自動車のドアミラーやウインドグラス・住宅用外壁・液晶テレビ・電極配線・農業フィルム・バイオテンプレートなど多岐にわたる分野の製品製造に用いられる重要な技術である。これまで、濡れ性制御技術は、材料の持つ親水特性や撥水特性を利用するものが一般的であり、スプレー塗布やディッピング法などを用いた湿式法や真空成膜装置等を用いた乾式法で有機材料や無機材料を塗布する手法が行われている。

 しかし、これら親水材料を塗布する場合、塗布プロセスコストも無視できず、特に乾式法においては、面積が広くなるとともに塗布コストが上がってしまう課題があった。さらに、これら親水材料は、汚れ等によって濡れ性制御の持続時間が短くなることが問題であり、光触媒等を用いない場合には、長期にわたって性能を維持できない課題があった。そのため、従来の製造プロセスに比べ、より低コスト・簡便・かつ長期の濡れ性能維持性をもつ新たな親水化技術が求められていた。

 一方、近年、ナノメートルスケールの微細構造物が持つ特有の現象を利用する新しいデバイスの開発が盛んに行われており、ナノ構造体によるレンズ等の反射防止機能の付与や燃料電池の蓄電効率向上、濡れ性制御など、さまざまなデバイスが研究開発されている。濡れ性制御では、ナノ構造効果により表面エネルギーが変化し、濡れ性を制御できることは一般的に知られている。しかし、これらナノ構造体を用いた濡れ性制御は微小面積のナノ構造体での濡れ現象によるものであり、大面積のナノ構造体に対する現象は、大面積ナノ構造体自体を形成することが困難であるため、これまであまり研究されていなかった。

 ナノインプリント転写技術による大面積ナノ構造体の形成技術は低コスト・簡便であり、さらに局所的に親水化した基板等の新たな特性を付与できることから、多岐にわたる分野へ適用できると考えられ、その実現が期待されている。

研究の経緯

 産総研は、Blu-rayやHD DVDに続く、100 GBから1 TB以上の大記録容量を持つ次世代高密度光ディスクの研究開発を進めている。あわせて、光ディスク開発で得られた研究成果を他の産業分野へ展開することも進めてきており、これまで大面積ナノ構造体作製技術を用いたナノ加工装置や、大面積ナノ構造体形成技術を利用して大面積の反射防止レンズ作製技術等を開発してきた。今回、光ディスク開発で得られた産総研の持つ大面積ナノ構造体金型作製技術/ナノ構造体転写技術と、株式会社 ハウステックの保有する親水基材応用技術/親水評価技術を融合することで、転写プロセスだけで簡便に作製でき、親水維持性にも優れた、撥水性プラスチック基板の親水化技術を開発した。

研究の内容

 開発した大面積ナノ構造体を用いた親水基板は、光ディスク製造装置を応用したナノ加工装置で大面積ナノ構造体金型を作製したのち、ナノインプリント法でフィルムにナノ構造体を転写して作製した(図1)。この技術は、転写プロセスだけでプラスチック基板を親水性に変化させることができるため、大面積化が可能であり、さらに、短時間の製造サイクル(例えば産総研の装置では20 秒/枚、ナノインプリント製造装置に依存する。)で撥水性プラスチック表面を親水化できる。微小面積での濡れ性は、ナノ構造によって表面エネルギーが低下するため、ナノ構造体を持つプラスチック基板は、平板よりも撥水傾向を示し、親水化現象は発現しない。一方、今回のように金型の大面積化とナノ構造体転写技術を組み合わせて大面積のナノ構造体を実現すると、撥水性のプラスチック基板を転写プロセスだけで親水性に変えることができた。図2に大面積化したナノ構造体を表面に形成したフィルムと、ナノ構造体の無い平板フィルムに、霧を吹きかけた結果を示す。平板のフィルムの場合には、プラスチックフィルムは撥水性であり、吹き付けた霧は水滴になり、背景が見づらい状態であることがわかる。しかし、大面積のナノ構造体を持つフィルムでは、水滴とならず、薄い水の膜が形成されることが確認できる。さらに、ナノ構造体付フィルムは透明であることから、霧を吹き付けた場合も良好な視界が維持できた。この技術は転写プロセスだけでプラスチック基板の親水化を実現できるので、ロール形状の金型を作製した場合には、大面積化した親水フィルムを低コストで生産することが可能になり、国際的な競争が激しい製品開発分野にも貢献できると考えている。

ナノ構造体が転写された親水フィルムの写真と作製プロセスの図
図1 ナノ構造体が転写された親水フィルムの写真と作製プロセス

ナノ構造を転写したフィルムでの濡れ性の写真
図2 ナノ構造を転写したフィルムでの濡れ性

 図3に作製したナノ構造体フィルムの親水持続性の評価結果を示す。親水持続性は、面積40 mm2 あたりの水滴の残留面積から求めた。ナノ構造体付フィルムは他の親水性付与法と比べて、良好な親水維持性を持つことがわかる。

親水化技術別の親水維持性評価結果の図
図3 親水化技術別の親水維持性評価結果

 次に、ナノ構造体で模様をパターニングした金型を用いて、フィルム表面にナノ構造体を転写した例を示す(図4)。プラスチックフィルム表面にナノ構造体が付与されると撥水性から親水性に変化するため、撥水部分は水滴が除去され、ナノ構造体が形成された親水部分だけに水滴を残すことができる(図4)。

ナノ構造体でパターン化した基板での濡れ性の写真
図4 ナノ構造体でパターン化した基板での濡れ性

 また、ナノ構造体を密に形成することで、高光透過性を示す反射防止機能を付与することが可能であり、例えば、パネル等に付与した場合には、ナノ構造体の反射防止効果により、片面4 %の反射光が低減され、光透過性を向上させることが可能である。同時に、ナノ構造体による親水効果により水滴の発生を防ぐことができるため、例えば、雨天時でも高光透過性を保つことができる(図5)。そのため、太陽電池パネル等に適用した場合には、発電効率の向上などが期待できる。

 この技術を応用することで、例えば、次世代ディスプレーの1つであるフレキシブルディスプレー用の有機材料・カラーフィルター・電極配線などの選択塗布技術やDNA アレイや流体キャピラリーなどのバイオテンプレート・薬剤開発・太陽電池パネルなど、さまざまな応用が期待できる。

ナノ構造体による透過光強度変化の図
図5 ナノ構造体による透過光強度変化

今後の予定

 今回開発したナノ構造付フィルムは、多くの産業分野での適用の可能性を検討していただくため、随時サンプル出荷を行う予定である。さらに、サンプル出荷等を通して、ナノ構造体を用いた親水性フィルムの産業化・事業化に貢献していきたい。また、研究開発では、1 m2 以上の面積を持つ親水性フィルムの実現のために、ロールインプリントプロセスを用いたナノ構造体転写技術を開発し、より一層の大面積化・高速製造化を行いたい。


用語の説明

◆ナノ構造体
 
ナノメートルサイズの凹凸形状が表面に形成された構造体。[参照元へ戻る]
◆DNA アレイ
 
板上の数万~数十万に区切られたマイクロセルにさまざまなDNA の部分配列をもつ遺伝子を2次元空間的に高密度に配置し、それぞれのマイクロセルでの反応状況を網羅的に解析する手法。[参照元へ戻る]
◆ナノインプリント
 
ナノ構造体が形成された金型を用いて、ナノ構造体付きのレプリカを形成する技術。従来、ナノ構造体を形成する技術として、描画技術や加工技術を用いて、デバイスを直接加工していたが、ナノインプリント法を用いる事により、レプリカ作製技術でナノ構造体が形成できることから、低コスト・高スループット形成法として期待されている。他に、レプリカ作製方法として、ガラスのプレス成形法や、プラスチック基板等の射出成形法が一般的に用いられている。[参照元へ戻る]
Blu-ray、HD DVD
 
DVD に続く次世代光ディスクの規格。[参照元へ戻る]
◆カラーフィルター
 
可視光の内、特定の波長域だけ透過させる光学素子。液晶テレビなどは、赤、緑、青の3色のカラーフィルターを通過する光の強度を変化させることによって、さまざまな発色を得ている。[参照元へ戻る]
◆ロールインプリントプロセス
 
構造体付きの円柱形状金型を押しつけ、基材にナノ構造体を転写するプロセス。ロールインプリントプレスを用いる事で、高速・継ぎ目無く大面積の構造体付基板を作製することができる。[参照元へ戻る]

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