独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ダイヤモンド研究センター【研究センター長 藤森 直治】の鹿田 真一 副研究センター長(兼 デバイス開発チーム研究チーム長)と渡邊 幸志 研究員らは、質量の異なる12Cと13Cの同位体炭素を用いてナノサイズの積層薄膜ダイヤモンドの気相合成に成功した。さらに、このダイヤモンドで電子・ホールの閉じ込めに単独(ホモ)材料として初めて成功した。
ダイヤモンドは、硬度、熱伝導率の大きさ、光透過波長帯の広さ、化学的安定性などで物質中の最高性能を示し、また半導体としても絶縁破壊電界や移動度などで極めて優れた特性を有するため、機械応用、光学部品以外に電気化学や半導体デバイス等への応用が期待されている。半導体としては、パワーデバイスや量子コンピューターの材料として高い性能が予測されるなど最近注目されつつある。しかし、ダイヤモンドの半導体としての能力は未知の部分も多く、さまざまな研究が行われている。
本研究では、炭素同位体の12Cあるいは13Cだけを含むメタンガス(CH4)を原料として、マイクロ波プラズマCVDを用いた気相法によってダイヤモンドを合成した。12Cだけでできたダイヤモンドと13Cだけでできたダイヤモンドを、厚み30nmの薄膜で交互に25層積層した積層構造(超格子構造)を作製した。この積層構造試料に電子線を照射して電子・ホール再結合を測定したところ、12Cだけでできたダイヤモンド層のみで再結合が発生していて、電子・ホールが閉じ込められていることを発見した。従来、電子・ホールの閉じ込めは、異種(ヘテロ)材料(GaAsとAlGaAs、InGaAsとInPなど)の組み合わせでしか実現していなかったが、今回、単独材料で初めて電子・ホールの閉じ込めに成功した。単独材料でも、半導体バンド工学を用いた構造設計が可能になり、超高速デバイス、量子機能デバイス開発へ向けた有効な手段が得られたことになる。
本研究成果は、2009年6月12日に米国科学誌「Science」の電子版に掲載される。
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マイクロ波プラズマCVD装置内で気相合成中のダイヤモンドと合成後のイメージ図
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ダイヤモンドは通常絶縁体であるが、不純物を添加すると抵抗率を16けた変化させることができる半導体でもある。また熱伝導率は、通常用いられる銅(Cu)などの冷却用放熱材(ヒートシンク)よりも6倍近く高いなど優れた特徴がある。ダイヤモンドを用いたさまざまな応用の中で、エレクトロニクスへの応用として有望視されているものの一つがパワーデバイスである。これは、電気機器の電力制御には不可欠な半導体デバイスであり、省エネルギー技術の基盤となっている。パワーデバイスの高性能化による電力エネルギーの削減は、CO2の大幅削減に向けた対応において、経済産業省が策定した「Cool Earth-エネルギー革新技術計画」の中でも、重点的に取り組むべきエネルギー革新技術の一つとして重要な位置を占めている。また最近では、将来の量子コンピューターを実現するための量子ビットの材料としてもダイヤモンドが期待されている。室温動作が可能なほか、量子ビットの長寿命化、量子計算の基本である「量子もつれ」も確認され、実現性が高まりつつある。
産総研ダイヤモンド研究センターでは、硬度、熱伝導率、弾性定数、光学的透過率、化学的安定性、電気化学特性など物質中で最も優れた特性を有するダイヤモンドについて、半導体特性と組み合わせることにより新しい技術応用を開くための研究を行っている。これまでに、材料技術として大型単結晶ダイヤモンド作製技術を開発している(2007年3月20日プレス発表)。また、各種デバイスとそれに関する材料基礎研究も行っており、本研究も含めダイヤモンドを適用したパワーデバイスの開発を目指している(2009年1月8日プレス発表)。
本研究では、マイクロ波プラズマCVDを用いた気相成長でダイヤモンドを合成する手法を用いた。原料ガスとしてはメタン(CH4)と水素(H2)を用いるが、このメタンを同位体の12Cだけでできた12CH4を原料とすると12Cだけでできたダイヤモンドが成膜でき、13Cだけでできた13CH4を原料とすると13Cだけでできたダイヤモンドが成膜できる。これらを厚み30nmの薄膜で、交互に25層積層し、超格子構造を作製した。図1にその概念図と、得られた13C/12Cダイヤモンド積層体からの2次イオン質量分析法(SIMS)により深さ方向に対する組成分析を行った結果を示す。組成分析の結果は、12Cダイヤモンドと13Cダイヤモンドの分布が、明瞭(めいりょう)に積層されていることを示している。ダイヤモンドでこのようなナノサイズの超格子を作製したのは、これが初めてである。
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図1 作製した薄膜構造と深さ方向に対する組成分析
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この薄膜構造試料に電子線を照射して試料内に電子・ホールを発生させその消滅過程(再結合)を測定したところ、12Cだけでできたダイヤモンド層のみで再結合が発生していて、電子・ホールが閉じ込められていることを発見した。図2に見られるように、超格子構造では12Cのダイヤモンドからの電子・ホール再結合による光のみが検出された。比較のためにナノメートルサイズの膜を一層だけ積層したものを測定したところ、12Cおよび13Cのダイヤモンド層両方で再結合が確認された。この二つのダイヤモンド層のエネルギー差(バンドギャップ差)が約20meVであることは、図3に示すように電子・ホールが13Cダイヤモンドからエネルギーの低い12Cダイヤモンドに移動し、電子・ホールの閉じ込めが行われていることを表している。
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図2 電子線照射による電子・ホール再結合測定結果
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図3 電子・ホール閉じ込めのイメージ図
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従来このような電子・ホールの閉じ込めは、格子定数ができるだけ近くエネルギーが異なるヘテロ接合(GaAsとAlGaAs, InGaAsとInPなど異種材料)による超格子でしか実現していなかった。高速トランジスタHEMT(high electron mobility transistorの略;ヘムト)や半導体レーザーはこの原理を用いて設計・製造されている半導体デバイスであり、極めて重要な現象である。これまでホモ接合(同種材料)ではこのような閉じ込めは不可能であったが、本研究において可能となったのは、ダイヤモンドの同位体のエネルギー差が比較的大きいためである。ホモ接合は同じ結晶であるため、接合界面などで電子・ホールの再結合が発生したりすることはなく、さまざまなデバイス構造が容易に作製できるという大きな利点がある。
以上のように、電子・ホールの閉じ込めに、ホモ材料の同位体で成功したことは画期的な現象の発見といえる。ダイヤモンドだけで本来材料固有の電子やホールが持つエネルギー状態や分布を操作できる半導体バンド工学を用いた構造設計が可能になったことで、超高速デバイス、量子機能デバイスへ向けた有効な手段が得られたことになり、ダイヤモンドの応用展開に新たな一石が投じられたと考えられる。
ダイヤモンドのデバイス応用には、さらなる材料の高品質化が不可欠であり、欠陥の低減、大口径ウェハ上のエピタキシャル膜成長、電子・ホール制御などに取り組んでいく。また、同位体による電子・ホールの閉じ込めに関しては、同位体内での電子・ホール寿命評価、ホモ接合界面での再結合、電子・ホール移動度など詳細を調べ、量子機能デバイスの設計に生かすことが可能か検討していく。13C量子ビット形成技術など本技術の横展開を進め、ダイヤモンドの新しいエレクトロニクス応用を目指した研究を行い、基盤技術を確立したい。