発表・掲載日:2009/03/04

金属型と半導体型のカーボンナノチューブを極めて簡単に分離

-凍結-解凍して搾るだけ、大量生産への道を開く-

ポイント

  • アガロースゲルを用い、金属型と半導体型の単層カーボンナノチューブの簡便な分離に成功
  • 凍結-解凍して搾るだけなので、低コスト化や大型化が容易
  • 金属型・半導体型カーボンナノチューブそれぞれの利点を活かした産業化への道が開ける

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ナノテクノロジー研究部門【研究部門長 南 信次】自己組織エレクトロニクスグループ 片浦 弘道 研究グループ長、田中 丈士 研究員は、アガロースゲルを用いて、単層カーボンナノチューブ(SWCNT)金属型SWCNT半導体型SWCNTに分離する非常に簡便な方法を開発した。

 SWCNTを合成すると、金属型と半導体型が1:2の混合物になり、電気的な応用のためには金属型と半導体型に分離しなければならないが、これまで分離は容易ではなかった。

 2008年2月に産総研は、アガロースゲル電気泳動法により金属型と半導体型のSWCNTを高い回収率で分離できることを発表したが、今回この分離法を大幅に簡略化する方法を見いだした。

 新しい方法はSWCNTを含むアガロースゲルを凍結・解凍後、ゲルを搾るだけである(図1)。非常に単純なため、自動化による低コスト化や大型化が容易で、金属型・半導体型SWCNT大量生産の実現につながると考えられる。

 本成果の一部は、米国の科学雑誌『Nano Letters』の2009年3月11日号に掲載される。

SWCNT含有ゲルの凍結-解凍-圧搾による金属型・半導体型の分離の図
図1 SWCNT含有ゲルの凍結-解凍-圧搾による金属型・半導体型の分離。
SWCNT含有ゲルを凍結、解凍後に搾ることで、金属型を含む溶液と半導体型を含むゲルに分離できる。

開発の社会的背景

 SWCNTは炭素原子の並び方によって、金属的な性質のものと半導体的な性質のものが存在する。通常、SWCNTを合成するとこれら異なる性質のものの混合物となっている。高純度に分離できれば、金属型SWCNTでは、希少金属を用いた透明導電材料の代替品として液晶ディスプレーや太陽電池パネル用の透明電極への利用が期待される。また、半導体型SWCNTでは、透明で折り曲げることができるフレキシブルトランジスターなどへの利用が見込まれている。将来的には、金属型SWCNTを配線に、半導体型SWCNTをトンジスターに用いた、超高集積・超高速の高性能SWCNTコンピューターの実現も期待されている。

 現状では、これらの電気的性質の異なるSWCNTを選択的に合成する手法がないため、混合物からそれぞれのSWCNTを分離することが試みられている。しかしながら、これまでの金属型・半導体型の分離法はいずれも、回収率や純度、コストなどに問題があり、大量に分離精製する段階には至っておらず、安価で大量処理が可能な分離技術の開発が望まれていた。

研究の経緯

 産総研では、SWCNTをアガロースゲルに固め込んだ状態の「SWCNT含有ゲル」に対して電気泳動を行うと、短時間に高い回収率で金属型と半導体型のSWCNTを分離できることを見いだし、プレス発表した(2008年2月26日)。今回、さらにこの手法をより簡便で効率的な分離方法に発展させた。

 なお、本研究開発の一部は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「平成20年度 産業技術研究助成事業」、および、独立行政法人 科学技術振興機構 CRESTの支援を受けて行ったものである。

研究の内容

 アガロースゲル電気泳動による金属型・半導体型SWCNTの分離メカニズムの解明と、よりシンプルな分離法の開発を目的として、電場を利用しない分離法を試みた。SWCNT含有ゲルを直接遠心分離にかけると、ゲルが押しつぶされて、ゲル中の溶液成分が搾り出された(ゲル遠心分離法、図2)。その結果、金属型SWCNTを含む溶液と、半導体型SWCNTを含むゲル固形分に分離され、アガロースゲルを用いた分離において、電場による泳動は必須ではないことが明らかとなった。回収率は、ゲル電気泳動法の時と同様に、ほぼ100%であった。

ゲル遠心分離法によるSWCNTの金属型・半導体型分離の図
図2 ゲル遠心分離法によるSWCNTの金属型・半導体型分離。
右のグラフは分離前後の光吸収スペクトル。

 さらに、ゲルの固形分と溶液部分とを分離する方法として、凍結-解凍-圧搾の手段を適用した。これは、「高野豆腐」の製造の際に、凍結―解凍の過程によって豆腐のゲル構造を変化させ、水分を取り除くことが行われるが、その手法を応用したものである。SWCNT含有ゲルをそのまま圧搾してもゲルが崩れるだけであるが、図1に示したように、凍結-解凍の後に指で搾るだけで、ゲル遠心分離法の時と同様に、金属型SWCNTを含む溶液と半導体型SWCNTを含むゲル固形分に容易に分離できた。この分離は特別な機器を必要とせず、家庭用の冷凍庫程度の設備があれば良い。ゲル残渣中に存在する半導体型SWCNTは、加熱してゲルを溶かした後、軽く遠心分離すると簡単にゲルを取り除くことができる。この分離方法は、異なる直径のSWCNTに対しても有効であった(図3)。

新方法による異なる直径のSWCNTの金属型、半導体型の分離の図
図3 新方法による異なる直径のSWCNTの金属型、半導体型の分離。
分離したSWCNT溶液の色は、金属型と半導体型の違いの他に、SWCNTの直径によっても異なることから、様々な色のSWCNT溶液が得られる。

 現在、分離のメカニズムについては、半導体型SWCNTが選択的にアガロースゲルに吸着することによるものと考えている。

 本法は、非常にシンプルであるため、分離工程の自動化や大型化が容易になる。例えば図4に示すような連続自動分離装置を用いれば、単純にスケールアップすることで、計算上1日あたりkgオーダーのSWCNTを分離できる。

連続的に自動分離できる金属型・半導体型SWCNT大量分離装置の概念図
図4 連続的に自動分離できる金属型・半導体型SWCNT大量分離装置の概念図

 今回、ゲル遠心分離法を用いて、実際に金属型・半導体型SWCNTの大量分離を試みた。その結果、500mlのプラスチック遠心瓶1本あたり約10mgのSWCNTを分離することに成功した(図5)。これは、アガロースゲル電気泳動法で分離して得られる量の約1000倍の処理量に匹敵する。

500ml遠心瓶を用いてゲル遠心分離法で分離したSWCNT溶液の写真
半導体型 半導体型
(希釈)
金属型
(希釈)
金属型
図5 500ml遠心瓶を用いてゲル遠心分離法で分離したSWCNT溶液(両端)。
中央の2本は溶液の色を見るため希釈したもの。

今後の予定

 今後は、企業等と協力して、大型化と低コスト化を進め、金属型SWCNTと半導体型SWCNTの大量生産の実現に向けた研究を推進する一方で、分離SWCNTの用途開発を行っていく予定である。



用語の説明

◆アガロース
 
海藻に含まれる多糖類であり、寒天の主成分。熱水に溶かした後、冷やし固めることによりゲル化する。分子生物学分野では、このゲルを使用したアガロースゲル電気泳動がDNAの分離手法として日常的に用いられている。[参照元へ戻る]
◆単層カーボンナノチューブ(SWCNT)
 
単層カーボンナノチューブ(SWCNT)は炭素原子からなる、直径0.7~4 nm(1ナノメートル:10億分の1メートル)程度の筒で、黒鉛と同じく、6角形のネットワークによってできている。6角形の並び方の違いで、半導体的性質を示したり、金属的性質を示したりする。金属型と半導体型は、直径がほぼ同じであっても、全く異なった光吸収スペクトルを示すことが知られている。[参照元へ戻る]
SWCNTの構造による金属型、半導体型の変化の図
SWCNTの構造による金属型、半導体型の変化 図中(n,m)は構造の指標を表す。
白丸と赤丸が重なるようにシートを丸めると金属型SWCNT、白丸と青丸が重なるようにシートを丸めると半導体型SWCNTとなる。合成直後のSWCNT試料は金属型SWCNTと半導体型SWCNTの混合物であり、全体の約1/3が金属型となる。
◆金属型SWCNT
 
通常の金属と同様に電気を良く流すタイプのカーボンナノチューブ。優れた導電特性と強度を合わせ持った極細の繊維であることから、2次元のネット状に成膜することで、極めて薄い膜でも良好な導電性が得られ、液晶ディスプレーの透明導電膜として広く用いられている酸化インジウムスズ(ITO)に置き換わる材料として応用が期待されている。[参照元へ戻る]
◆半導体型SWCNT
 
トランジスターやICの原料であるシリコンやゲルマニウムと類似の導電特性を持つカーボンナノチューブで、ナノメートルサイズのトランジスターへの応用や、薄膜にしてフレキシブルなトランジスターへの応用が期待されている。また、比表面積が広いことから、超高感度のセンサーとしての応用にも期待が寄せられている。[参照元へ戻る]
◆ゲル電気泳動
 
電荷を持つ物質を電界中におくと反対の符号を持つ電極の方へと移動する。これが「電気泳動」であるが、この電気泳動をゲル中で行うものが「ゲル電気泳動」である。一般的なゲル電気泳動では、ゲルの網目構造が分子ふるいとして働き、物質は分子量や長さなどの違いで分離される。[参照元へ戻る]

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