独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)活断層研究センター【研究センター長 杉山 雄一】海溝型地震履歴研究チーム【研究チーム長 岡村 行信】澤井 祐紀 研究員は、タイ・チュラロンコン大学、米国地質調査所、米国ワシントン大学、豪州地質調査所との共同調査により、タイ南部のインド洋沿岸において、過去約2500年間の地層中から過去の津波の証拠を4層発見した。津波の証拠は津波堆積物として残されており、最も新しい津波堆積物は2004年スマトラ島沖地震によるものである。2004年以前の津波堆積物は、2004年と同規模の津波が過去に繰り返し発生したことを示している。放射性炭素年代測定から、巨大津波は2004年以前では約550-700年前以降に1度発生していたことが推定された。
スンダ海溝沿いでは1881年に地震が発生し、インドの検潮所で1m以下の津波が観測されている。このときの津波は、タイ・プーケット島より125km北にあるPhra Thong(プラトン)島には津波堆積物を残しておらず、2004年のような津波は数100年に1度程度しか発生しない稀なものであったと考えられる。
本研究成果は、自然科学雑誌Natureの2008年10月30日号に掲載される予定である。
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本研究で掘削したピットの写真。巨大津波が残した津波堆積物(明るい灰色の部分)と泥炭層(濃い茶色の部分)を観察することができる。
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2004年以前のインド洋では、過去200年間においてマグニチュード(M)が8クラスまでの地震しか観測されておらず、その間、一帯の人々は津波による大災害を経験してこなかった。そのため、津波に対する備えがなされず、2004年スマトラ島沖地震時には史上最悪の津波災害がもたらされた。国連のレポートによれば、タイではこの津波による死者・行方不明者が8000名以上に達し、このうち少なくとも約2000人が外国人であった。2004年スマトラ島沖地震以降、スンダ海溝における巨大地震・津波の履歴を今後の長期予測に役立てるため、国内外の研究者がインド洋沿岸で地質調査を行ってきた。本研究の調査地であるタイ南部沿岸のPhra Thong(プラトン)島では、京都大学の藤野滋弘 博士(現:産総研活断層研究センター特別研究員)が中心となって2005年10月に予備的な調査を行い、津波堆積物の存在を指摘していた(参考文献1)。本研究では、さらに研究調査地域を拡げるとともに、現海岸線に近い湿地において詳細な地形・地質調査を行った。
参考文献1:Fujino, S., et al. (2008). Sand sheets of pre-2004 tsunamis on Phra Thong Island, Phang Nga Province, southwestern Thailand. Proceedings of International Symposium on the Restoration Program from Giant Earthquakes and Tsunamis, 115-121.
調査地域のPhra Thong(プラトン)島では、2004年の津波の際にマレー半島で最大となる20m近い津波浸水と2km以上の遡上が観測された(図1a,b)。衛星による観察では、いくつかの海岸において、水路が300mほど津波により浸食されたのが分かっている(図1c)。この津波により、島の西半分に津波堆積物が広く残された。今回、この島に点在する湿地において150地点以上のボーリング掘削、ピット掘削を行い、2004年とそれ以前の津波による津波堆積物がないかどうかを調べた(図1d)。
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図1 調査地域。a:スンダ海溝北部と調査地域周辺。赤線で囲った場所が2004年スマトラ島沖地震に関係した破壊領域。緑線で囲った場所が過去の地震の破壊領域。b:これまでに報告されているミャンマー~マレーシアにおける津波高(浸水高と遡上高が混在している)。c:Phra Thong島の地形。島の東半分はマングローブ(緑の部分)に覆われている。西半分には浜堤列が発達しており、浜堤の間に湿地が広がっている。d:調査地点。赤色の丸印は、2004年とそれ以前の津波によって形成された砂層が見つかった場所。黄色の丸印は、2004年の津波堆積物のみが見つかった場所。白ぬきの丸印は、津波堆積物が確認できなかった場所。(図1:Nature提供)
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海岸に近い2つの湿地では、堆積物の詳細な観察や年代測定試料採取のため、ボーリングコアの観察、ピット掘削、長さ35mに達するトレンチ掘削を行った。これらの湿地は、2004年の津波によって辺り一面に砂や泥が打ち上げられたことが目撃された場所で、今回の調査においても湿地堆積物の最上部にはその地質学的な証拠(津波堆積物)が確認された(図2a,b,c及び写真)。放射性炭素年代測定値に基づけば、湿地の堆積物は過去約2500年間に堆積したもので、2004年の堆積物より下には2~3枚の砂層が発見された。これらの砂層は、その堆積状態が2004年の砂層と似ていることから、過去の津波堆積物と考えられた。津波堆積物の直下の地層から植物遺体を採取してその放射性炭素年代を測った結果、津波堆積物はそれぞれ550-700年前以降、2200-2400年前以降にたまったと推定された。仮に、若い方の津波堆積物が550-700年直後にたまったとしたら、この津波はスマトラ島・Meulabor(ムラボー)で新たに発見された津波堆積物(参考文献2)に対比される可能性がある。これは、当時の地震が、スマトラ島からスンダ海溝北部に及ぶ破壊領域を持つような巨大地震であったことを示す。
参考文献2:
Monecke et al. (2008)
A 1000-year sediment record of tsunami recurrence in northern Sumatra. Nature 10月30日号に本研究と同時掲載
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図2 湿地における砂層の分布。a:海側の湿地における調査結果。b:陸側の湿地における調査結果。
(図2:Nature提供)
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写真上:トレンチ調査風景。写真下:陸側の湿地において観察された2004年の津波堆積物(最も上の砂層:□印)とそれ以前の津波堆積物(○印)。(写真下:Nature提供)
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今回のトレンチ掘削調査では、歴史記録にある1881年の津波に相当する津波堆積物は確認されなかった。これは、この1881年の津波が2004年のものよりも規模が小さく、地層に証拠を残すほどのものではなかったためと考えられる。放射性炭素年代測定値が示す過去の津波の再来間隔は、1500-1850年(最も古い津波とその次のものの間隔)と550-700年(2004年と最も新しい過去の津波の間隔)である。このような長い再来間隔を持つ津波はインド洋の歴史記録では見つかっておらず、2004年の津波が歴史記録だけでは予測できないものであったことが分かる。しかしながら、2004年の津波は地質学的には想定外のものではなく、2004年以前に古地震学的研究を行っていれば予測できていたことも本研究は示している。
世界の各地で、歴史記録に残らないような長い再来間隔を持つ巨大地震・津波の存在が、沿岸域の堆積物の調査から明らかになっている。例えば、千島海溝南部、チリ海溝などがそれに相当する。今後、古地震・古津波研究が行われていない空白地帯で地形・地質調査を行うことにより、未知の巨大地震・津波の再来間隔解明に貢献できると考えられる。
2004年スマトラ島沖地震以降、国際的な研究チームが組織され、インド洋周辺各国で巨大地震・津波の長期予測のための地質調査が行われている。本研究はその中の1つであり、産総研は昨年度までにミャンマーにおいて巨大地震・津波のための地質調査を行った(ミャンマー地震委員会と共同)。このほか、産総研では現在、インド(日本学術振興会の二国間交流事業)、インドネシア(日本学術振興会、日本学術振興機構、国際協力機構の後援により、東京大学、北海道大学、インドネシア科学院と共同)で同様の地質調査を行っている。