独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)先進製造プロセス研究部門【研究部門長 三留 秀人】先進焼結技術研究グループ 渡利 広司 研究グループ長、佐藤 公泰 研究員らは、窒化ホウ素フィラーを有機溶媒やプラスチックへ均一に分散させる条件を明らかにした。これにより、フィラー(分散粒子)とプラスチックとの複合化が容易となり、高い熱伝導率を持つ無機粒子分散プラスチック複合フィルムの作製に成功した。
電子・通信機器、照明機器等の小型化、高性能化に伴い、放熱の重要性が強く認識され、放熱効果の高いプラスチック部材の開発が進められている。これまで、プラスチックの放熱効果を高めるために一般に酸化物等の無機粉末をフィラーとして添加して高熱伝導率化することが行われている。しかし、酸化物より熱伝導率が高く、放熱効果の向上が見込まれる窒化物の粉末フィラーはプラスチックへの均一な分散が極めて困難であった。今回、表面に多量の官能基を持ち、有機溶媒やプラスチックとの親和性が高い窒化ホウ素フィラーを用いることで、高分子(プラスチック)ワニスへの分散を容易にし、無機粒子分散プラスチック複合フィルムの熱伝導率を大幅に向上させた。
本研究成果は、2008年10月31日に東京で開催予定の、産総研 先進製造プロセス研究部門ワークショップ「エンジニアリングプラスチック部材の最新動向と研究開発の状況 -無機材料との融合化-」で発表する。
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窒化ホウ素フィラーを分散させた高熱伝導率の無機粒子分散プラスチック複合フィルム
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エレクトロニクス、通信分野の急速な発展による電子回路の高集積化、半導体パッケージの小型化・高密度化により、発生する熱を効率的に放散できるプラスチックス基板やパッケージが求められている。また、次世代の携帯情報機器では、携帯利便性等の点から、高熱伝導性フィルムに対する期待が大きい。照明用途等のLED製品では高出力、高輝度が求められているが、LEDからの発熱を放散しきれず高輝度化が困難になりつつあることから、高い熱伝導率のLED用プラスチック基板が強く求められている。
成形加工性に優れ、設計の自由度が高いプラスチック部材は、自動車関連分野においても利用されている。製品の小型化・性能向上により、これまであまり問題とされなかった発熱に対し放熱対策が必要とされ、高熱伝導率化の要求が高まっている。
汎用のプラスチック材料の熱伝導率は現状で0.1~0.5 W/m℃である。アルミナ、シリカ等の酸化物フィラーを添加して、プラスチックの熱伝導率を高くすることが行われている。しかしながら、図1に示すように酸化物フィラー単体の熱伝導率は1~6W/m℃と低く、これらを添加しても無機粒子分散プラスチック複合材料の熱伝導率は1~3W/m℃にとどまっている。一方、窒化ホウ素、炭化ケイ素、窒化アルミニウムのフィラーは酸化物フィラーに比べて5~40倍の高い熱伝導率を示す。しかしこれらのフィラーは、酸化物フィラーに比べて材料表面に存在する官能基量が少ないため、有機溶媒への分散性が悪い。さらにプラスチックとの親和性が低いために、プラスチック中に均一に分散させることが困難であった。
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図1 各種無機フィラーの熱伝導率
(測定値はフィラーの成形体を作製、その熱伝導率を測定し気孔率を補正して得た)
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産総研先進製造プロセス研究部門先進焼結技術研究グループでは、無機粒子の分散技術、無機物質表面の状態評価技術、表面処理技術の研究開発を行っている。その一環として、熱伝導率の高い窒化物のうち窒化ホウ素に着目し、様々な研究開発を進めてきた。
プラスチックの熱伝導率を高めるには無機フィラー(粒子)の添加が有効である。無機フィラーは以下の条件を満たしていることが有利である。
(1)高い熱伝導率を示すこと
(2)微粒子であること
(3)有機溶媒やプラスチックとの親和性向上のために、粒子表面に官能基を持つこと
今回、無機材料のなかで比較的高い熱伝導率を持つ窒化ホウ素をフィラーとして用いた(図1)。窒化ホウ素の微粒子表面には-OH基(水酸基)、-NH2基(アミノ基)等の官能基があるが、これらは主に窒化ホウ素結晶の端面(ホウ素原子と窒素原子が交互に結合した六角網面構造を持つ積層面と直交する側面)上のホウ素原子に共有結合で結びついている(図2)。これらの官能基により、窒化ホウ素の粉末フィラーは有機溶媒に分散し易くなる。また、-OH基を持つので、カップリング剤によって、-OH基を介してフィラーとプラスチックを結合させることができる。一方で、窒化ホウ素の結晶が成長しすぎて粒子が粗大になるとプラスチック中の均一な分散が困難となる。
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図2 窒化ホウ素(六方晶系)の結晶構造とその端面に結合している官能基
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図3 用いた窒化ホウ素フィラーの電子顕微鏡写真
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本研究では、各種の窒化ホウ素粒子を評価し、有機溶媒中で優れた分散性を示す粒子をフィラーとした。図3にフィラーの電子顕微鏡写真を示す。フィラーの平均粒子径は約0.8µm(マイクロメートル)で、ほぼ均一なサイズの微粒子である。この窒化ホウ素粒子は積層面方向の結晶成長を抑えた微粒子であり、積層面の面積に比べて端面の面積が大きい。
本研究で用いた窒化ホウ素フィラーの拡散反射赤外分光測定による赤外スペクトルを図4に示す。Aで示した範囲内の吸収帯(下方に突出したピーク)は、ホウ素原子に共有結合した-OH基の吸収帯である。また、Bで示した範囲内にある吸収帯は、ホウ素原子に共有結合した-NH2基の吸収帯である。これらの官能基の多くは結晶の端面に存在する。また、いずれの吸収帯も高温・減圧下で観測されており、-OH基および-NH2基が安定に存在していることを示す。これらの安定な官能基によってフィラーと有機溶媒やプラスチックとの親和性が向上する。
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図4 窒化ホウ素フィラーの加熱拡散反射赤外分光測定の結果
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今回用いた窒化ホウ素フィラーの模式図を図5(a)、他の市販品の模式図を(b)に示す。
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図5 窒化ホウ素フィラーの模式図
今回用いたフィラー(a) と 他の市販品(b)
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他の市販窒化ホウ素フィラーの拡散反射赤外分光測定をおこなったところ、ホウ素原子に共有結合した-OH基および-NH2基の吸収帯強度は小さく、官能基量は極めて少ないことがわかった。これは、通常の窒化ホウ素粒子の合成では(0001)面が優先的に結晶成長し、粒子の端面の面積が相対的に減少するためである。このため、図5(b)で示すような窒化ホウ素フィラーではフィラー全体の官能基の量が少なく、有機溶媒中での分散性が悪くなる。分散性が悪いと、フィラー同士が凝集して空気層が残るために、熱伝導性が悪くなる。
今回用いた窒化ホウ素フィラーをポリアミド酸ワニスに加え、それらを混練し、熱プレスによって厚さ約100µm(マイクロメートル)の無機粒子分散プラスチックフィルムを作製した。図6に窒化ホウ素フィラーを分散させたポリアミドフィルムの熱伝導率とフィラー添加量の関係を示す。フィラー添加量の増加に伴い熱伝導率は向上し、添加量60%では7W/m℃の高い熱伝導率を示した。
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図6 窒化ホウ素フィラーを分散したプラスチック複合フィルムの熱伝導率とフィラー添加量の関係
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今後も、得られた知見をもとに、様々なフィラーと有機材料との複合化と、さらなる熱伝導率の向上に取り組んでいく。