独立行政法人 製品評価技術基盤機構(NITE:ナイト)は、独立行政法人 産業技術総合研究所(産総研)を代表とし独立行政法人 酒類総合研究所、大学、酒造メーカー、沖縄県関連機関などが参加する「黒麹菌ゲノム解析コンソーシアム」と共同で、黒麹菌(Aspergillus awamori:アスペルギルス・アワモリ)の全ゲノムのドラフト塩基配列の解読(ゲノムの概要の解析)に世界で初めて成功した。
今回ゲノム解析を行った黒麹菌は沖縄において泡盛の製造に伝統的に用いられているほか、焼酎製造に広く用いられる白麹菌(Aspergillus kawachii:アスペルギルス・カワチ)の起源になったとも言われている。黄麹菌、黒麹菌、白麹菌はともに国菌にも認定されている我が国を代表する産業微生物である。
NITE、産総研らは、先に清酒、味噌、醤油などの製造に用いられている黄麹菌(Aspergillus oryzae:アスペルギルス・オリゼ)のゲノム解析を行い、2005年12月22日に解析完了を発表した。黒麹菌のゲノム解析により、日本の伝統的な産業微生物である麹菌の代表菌種のゲノム情報が完備されることになる。
黒麹菌NBRC 4314株(撮影:NITE-NBRC岡根)
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麹菌(黄麹菌)
(清酒、味噌、醤油)
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黒麹菌
(泡盛、焼酎)
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白麹菌
(焼酎)
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麹菌の仲間は胞子の色によって大きく3種類に分けられ、用途によって使い分けられる。単に麹菌というと黄麹菌を指すことが多い(写真提供:酒類総合研究所)。
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麹菌の仲間は米、麦、イモなどのデンプンを糖に変え、この糖を酵母がアルコールに変えることによってアルコール醸造が行われる。本州における清酒、味噌、醤油などの生産には麹菌(黄麹菌)が用いられてきた。一方、沖縄や九州など気温の高いところでのアルコール醸造には、クエン酸などの有機酸によって雑菌の繁殖を抑える能力の高い黒麹菌や、その変異種と考えられる白麹菌が伝統的に用いられてきた。伝統的に食用に用いられてきたため、その安全性が欧米諸国でも広く認められている。
麹菌やその仲間は、多くの有用酵素やクエン酸などの有機物を生産することから、醸造以外にも様々な用途に用いられてきている。例えば高峰譲吉博士が20世紀初頭に実用化したタカジアスターゼは現在でも胃腸薬の成分として広く使われている。また、近代的なバイオテクノロジー産業でも麹菌の仲間が幅広く用いられている。特に、伝統的に用いられてきて安全性が認められているものであることから、食品加工や機能性食品の製造に用いられる多種多様な酵素など、生活に密着したところでもさかんに利用されている。ゲノム解析によって遺伝子の全容が明らかになることにより、遺伝子工学技術を用いた有用タンパク質の生産や、高い高分子分解活性を活用したバイオマス分野での利用など、さらに広範な産業への利用が期待されている。
黒麹菌は琉球原産と考えられており、明治34年(1901年)に乾環氏が首里地方で分離して発表したものが学術研究の最初と言われている。その後、九州地方にまで利用が拡大する一方で、各地で分離された株が国内の微生物保存機関などで維持されてきた。
今回解析を行った黒麹菌NBRC 4314株(= RIB 2604株)も70年以上前に分離されたものである。現在はNITEの生物遺伝資源部門(NBRC)と独立行政法人 酒類総合研究所(RIB)で維持されている。
黒麹菌の分類は、最近の遺伝子塩基配列を基にした解析の結果から、クエン酸発酵などで産業利用されている黒カビ(Aspergillus niger)に近縁なグループと、それ以外の黒麹菌が主流をなすグループの2つに大きく分けられることがわかってきた。NBRC 4314株は後者のグループの標準株と位置づけられるものである。白麹菌とも極めて近い関係にあり、その起源になったと考えられる。今回NBRC 4314株の高精度なドラフト配列を解読したことにより、日本の代表的な産業微生物である麹菌の代表菌種2種について、基準となるゲノム情報が整備されたことになる。
解析を行った黒麹菌NBRC 4314株のゲノムサイズは約3千5百万塩基対と見積もられ、染色体末端などを除いたゲノムの99%以上について高精度の塩基配列を取得した。
今後、NITEではさらに解析を進めてゲノム配列データの完成度を高める一方、黒麹菌ゲノム解析コンソーシアムにおいて、ゲノムのアノテーション、他のアスペルギルス属糸状菌とのゲノム比較等を実施する予定である。
これにより、黄麹菌やその他の糸状菌とは異なった新規な糖質分解酵素(アミラーゼ、セルラーゼ等)、タンパク質分解酵素、脂質分解酵素などの発見が期待されるほか、高い安全性を背景として、有機酸や機能性多糖などの有用物質の生産、バイオマスの有効利用など、バイオテクノロジーの様々な分野での活用が見込まれる。
さらに、沖縄県が新世代塩基配列決定装置ギガシーケンサーを用いて実施する予定の黒麹菌の大規模シーケンスプロジェクト(2008年8月18日プレス発表)とも密に連携して解析を進める予定であり、沖縄県が所有する個々の株について遺伝子の変異を同定したり機能性や安全性の評価を行うための基準となる高精度なデータを提供することにより、沖縄県産の泡盛の品質向上や新規商品の開発などに貢献できると期待されている。
今回我々はサンガー法によってドラフトゲノム配列を取得した。この方法は、ヒトゲノム解析をはじめとして、これまでほとんどのゲノム解析に標準的に用いられてきた方法であり、極めて信頼性の高い配列データ(素データで99%以上、結合整理された状態では99.99-99.99999%以上)が得られるのが特長である。今後の詳細な解析により、染色体末端などの特殊領域を除いたゲノムのほぼ全領域にわたって、基準となる高精度な塩基配列データが整備されることになる。
一方、沖縄県では、昨年度に導入したギガシーケンサーと呼ばれる最新の分析機器を用いる計画である。この方法では、一度に読み取れる塩基配列の長さが25-35塩基(サンガー法では約800塩基)と短いものの、高度並列処理により、単位時間当たりのデータ生産量が極めて高い(サンガー法に比べて100倍以上)という特長を持っている。これにより、実用株を含めた多数の株について短期間にゲノムデータを取得することが可能である。
ギガシーケンサーで得られた配列を精度よく結合整理することは現状では難しいため、沖縄県のプロジェクトでも我々が取得したNBRC 4314株の配列は基準データとして大きな役割を果たすことになる。すなわちギガシーケンサーによって得られた個々の配列データを基準データと比較することによって塩基配列の違い(変異)を同定することができ(下図参照)、これによって、それぞれの株の遺伝子型、機能性、安全性などを評価することが可能となる。
また、他の大学・研究所などとも連携を築き、得られた配列情報の効果的な利用を目指す。
NITEと共同研究を実施する「黒麹菌ゲノム解析コンソーシアム」は、産総研を代表とし、以下の機関から構成される。各機関は協力して、ゲノムのアノテーション(遺伝子予測および注釈付け)、Aspergillus kawachii(アスペルギルス・カワチ)のランダムシーケンスによる配列取得、Aspergillus niger(アスペルギルス・ニガー)やAspergillus kawachiiを含む他のアスペルギルス属糸状菌との比較ゲノム解析等を実施する計画である。
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