独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)は、沖縄県【知事 仲井眞 弘多】の平成20年度先端バイオ研究基盤高度化事業「ギガシーケンサーを用いた先端バイオ研究基盤に関する研究開発」を、財団法人 沖縄科学技術振興センター【理事長 諸喜田 茂充】、株式会社 トロピカルテクノセンター【代表取締役 名幸 穂積】と開始することとなった。この事業において、沖縄県が平成19年度に導入した世界最新鋭の次世代シーケンサーを用いて、以下の微生物からヒトに至る広範なゲノム研究を行う。具体的には、1)前処理技術・データ処理技術の開発、2)沖縄型ゲノム疾患の解明と治療法の開発、3)がん標的分子の同定と治療法の開発、4)産業有用微生物および遺伝子資源の解析、5)医薬品・健康食品資源微生物および遺伝子資源の獲得、などの沖縄地域の特性を生かした研究開発を推進する。
これにより、沖縄県の医薬品・健康食品産業等の新たな産業創出や発酵産業の高度化を加速するとともに、わが国のゲノム創薬等の基準となる日本人標準ゲノムの解析等、国内バイオ研究の促進および産業振興にも寄与する研究開発を進める。
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図1 次世代シーケンサー(沖縄健康バイオテクノロジー研究開発センター・沖縄県うるま市)
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2001年に国際ヒトゲノム解析コンソーシアムによって進められていたヒトゲノム計画が終了し、ヒトゲノムの全塩基配列が公表された。その結果、ゲノム情報に基づいた診断あるいは医療に関する研究やタンパク質の相互作用、発現解析等の“ポスト”ゲノム研究に傾倒し、ゲノム配列の獲得そのものの研究は停滞していたかのように見えた。しかし、塩基配列解析技術が革命的に進歩し、2007年には、従来シーケンサーの100倍以上の解析速度、1/100のコストで、一度に10億(ギガ)塩基のDNAを解読できる能力を有する次世代シーケンサー(ギガシーケンサー)が実用化された。諸外国ではこの流れを受けて、サンガー研究所(英国)、ブロード研究所(米国)、北京ゲノム研究所(中国)等が次世代シーケンサーを導入し、その膨大な情報解析能力を生かしたヒトゲノムの再解析、個人ゲノム情報の取得、産業上有用な生物のゲノム解析等の研究開発を加速度的に推進している。わが国では、いち早く2008年3月沖縄県が次世代シーケンサーを3台導入し、次世代シーケンサーの集積拠点を形成した。
沖縄県は、沖縄振興計画(平成14年7月10日内閣総理大臣決定)に基づきバイオテクノロジーの研究開発を進めており、財団法人 沖縄科学技術振興センター、株式会社 トロピカルテクノセンター、琉球大学、国立沖縄工業高等専門学校および沖縄県試験研究機関(工業技術センター、農業研究センター等)において、亜熱帯地域に特有な微生物等の地域資源の収集・活用や地域特有の疾患関連の研究開発を推進してきた。次世代シーケンサーを活用した新たなゲノム研究からのアプローチにより、県内の医療・健康産業や発酵産業等の加速を目指している。
産総研は、これまで独立行政法人 製品評価技術基盤機構との共同研究により、麹菌(黄麹菌)の全ゲノム解析を完了し、基準となる黒麹菌のゲノム解析を実施中である。また、単一日本人ゲノム由来のBACライブラリー(33万クローン)を確立している。このゲノムライブラリーは、ヒトゲノム計画で解読された人種・個人が不明で単一ではない曖昧なゲノムデータとは異なり、純粋に遺伝学的に日本人で、かつ一個人に由来するBACライブラリーとしては世界で唯一のもので、ヒトゲノムの約15倍に相当する十分な規模および情報量を含むものである。個人に適した治療薬の開発には、倫理面に十分な配慮を行いつつ、個人ゲノム情報の蓄積が求められている。このためには、基準となる日本人の標準的ゲノム配列が不可欠であり、最新鋭の次世代シーケンサーの導入により道筋が開けた。
本事業では下記のように主として3つの研究項目を設けて実施する。
(1)「次世代シーケンサーによりゲノム配列等を効率的・高精度に解析する基盤技術の開発」
(2)「創薬研究に結びつくヒトゲノム情報の効率的獲得とその機能解析」
(3)「発酵産業等の産業振興に結びつく有用生物資源のゲノム情報の効率的獲得とその機能解析」
まず、次世代シーケンサーを用いたゲノム解析技術体系を確立し、沖縄県の泡盛等の伝統的発酵産業あるいは医薬品・健康食品産業の独自の産業振興のため、微生物および遺伝子資源のゲノム解析とそれに基づいた比較解析を行う。さらに、少子高齢化社会、来るべき個の医療時代を迎えるにあたり、個人のゲノム情報を用いた診断・医療技術の開発のために、その基準となる日本人標準ゲノム配列の取得・解析を行う。
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図2 実施体制
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この研究開発では、まず次世代シーケンサーをめぐる技術体系を確立し、わが国のゲノム研究拠点として国内外の大学、試験研究機関、企業との連携を目指す。次世代シーケンサーは個々の研究者、研究所で運営できるシステムではないことから、我が国内で拠点化することが重要であると考えている。
また、今後、遺伝性疾患の遺伝子治療やES細胞あるいはiPS細胞を用いた再生医療において、染色体異常、ゲノムの安定性、ゲノム修飾の追跡など、先端医療分野での安全性評価に次世代シーケンサーの活用が期待されており、再生医療研究プログラムにも積極的に関与する予定である。