独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)太陽光発電研究センター【研究センター長 近藤 道雄】化合物薄膜チーム 仁木 栄 研究チーム長(副研究センター長)と石塚 尚吾 研究員は、帝人株式会社(以下「帝人」という)の協力を得て、非シリコン系材料であるCIGS薄膜を用いたフレキシブル太陽電池のエネルギー変換効率を飛躍的に高める技術を開発した。この技術によりセラミックス、金属箔、ポリマーなど様々なフレキシブル基板を用いた高性能な太陽電池の作製に成功した。
銅(Cu)、インジウム(In)、ガリウム(Ga)、セレン(Se)からなる半導体材料CIGSを用いた太陽電池は、光電変換層の厚さを数µmと薄くできる。この利点を活かし、曲面への設置や持ち運びが可能な、軽量でフレキシブルな太陽電池への応用が期待されている。これまでフレキシブルCIGS太陽電池の高性能化は困難であったが、今回、新しいアルカリ添加制御技術の開発、およびポリマー基板の新しいハンドリング技術の開発を行い、フレキシブルCIGS太陽電池のエネルギー変換効率を大幅に向上させた。
本研究成果は、2008年7月28日~29日に日本科学未来館で開催される第4回産業技術総合研究所 太陽光発電研究センター成果報告会、および9月1日~5日にバレンシア(スペイン)で開催される第23回欧州太陽光発電国際会議(23rd European Photovoltaic Solar Energy Conference and Exhibition)で発表される。
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セラミックス基板(左)およびポリマー基板(右)を用いたフレキシブルCIGS太陽電池
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深刻化する環境問題や高騰を続ける原油価格への懸念などから、太陽光発電をはじめとする新エネルギーへの期待と関心はますます高まっている。
CIGS太陽電池は、(1)変換効率が高い、(2)経年劣化がなく長期信頼性が高い、(3)黒一色で意匠性に優れる、(4)耐放射線性に優れ宇宙空間など特殊な環境にも対応できるなど、優れた特長を持つ。また、エネルギーペイバックタイム(EPT)はおよそ1年と多結晶シリコン太陽電池の約半分程度であり、低コスト化も期待できる。すでに産業としての実用段階に移行しており、国内企業によるパネル型太陽電池モジュールの量産販売が2007年より開始されている。
CIGS太陽電池のもう1つの特長は、光電変換層の厚さを数µmと薄くできることである。薄膜化により原料の使用量を少なくし、曲げることもできる。フレキシブルな高性能太陽電池が実現すれば、曲面への設置や、軽量、モバイル性といったニーズに応えることができ、太陽光発電の更なる用途拡大と普及が期待できる。
産総研は多元蒸着法によるCIGS光吸収層製膜技術をベースに、これまで、(1)製膜その場観察・制御技術の開発、(2)広禁制帯幅CIGSに適した太陽電池作製プロセスの開発、(3)CIGS光吸収層中の結晶欠陥制御技術の開発、(4)ラジカル化セレン源による省資源製膜技術の開発、などに取り組んできた。太陽光発電研究センターでは、CIGSの物性制御や評価などの基礎研究にとどまらず、集積型モジュールやフレキシブル太陽電池の高性能化など、産業化に向けた応用研究と開発にも取り組んでいる。
なお、本研究は独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構 委託事業 太陽光発電システム未来技術研究開発「CIGS太陽電池の高性能化技術の研究開発(平成18~22年度)」の支援を得て実施された。
フレキシブルCIGS太陽電池の高効率化に必要とされる技術課題の一つに、CIGS光吸収層へのアルカリ添加の問題があった。ナトリウム(Na)などのアルカリ金属はCIGS太陽電池において、ホールキャリア密度の増加、開放電圧の増大など、性能向上に不可欠な不純物(ドーパント)として知られる。フレキシブルCIGS太陽電池の高性能化のために、これまでに、セレン化ナトリウム(Na2Se)やフッ化ナトリウム(NaF)などのアルカリ化合物を光吸収層の製膜前や製膜中、または製膜後に供給するアルカリ添加手法が試されてきた。しかし、このようなアルカリ化合物の多くは潮解性があるなど、物性的に不安定で取り扱いが難しく、再現性良く性能を向上させることはできなかった。
産総研では、図1に示すように、裏面電極層を形成する前に、安定なアルカリ化合物であるケイ酸塩ガラス層(ASTL:Alkali-silicate glass thin layer)を基板上に形成し、この層の製膜条件の制御により、裏面電極層を通過してCIGS光吸収層に取り込まれるアルカリ量を制御する技術を開発した(以下「ASTL法」という)。この技術により再現性良く、しかも簡便にアルカリ添加を行うことができ、CIGS太陽電池のエネルギー変換効率の大幅な向上が実現した。表面が平滑なセラミックスを基板として、ASTL法を用いて作製したフレキシブルCIGS太陽電池は、小面積セルの真性変換効率として17.7%を達成した。また表面がやや粗いチタン箔を基板に用いた場合でも17.4%を達成できた。17.7%(図2)は、現在までに報告されているフレキシブルCIGS太陽電池の効率としては最も高い値である。
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図1 今回開発した高効率フレキシブルCIGS太陽電池の構造。
CIGS光吸収層へのアルカリ供給源として、裏面電極層下部にケイ酸塩ガラスの極薄膜層(ASTL)を形成した。
図3に示されるようなグリッド電極は、表面透明電極層と反射防止コーティングの間に蒸着アルミニウムなどで形成する。
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太陽電池特性
エネルギー変換効率:17.7%
開放電圧:0.660 V
短絡電流密度:35.4 mA/cm2
曲線因子:0.757 |
図2 セラミックス基板にASTL法を用いて作製したフレキシブル
CIGS太陽電池の電流-電圧特性(CIGS光吸収層は550℃で製膜した)
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図3 フレキシブルCIGS太陽電池
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(左)セラミックス基板
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(右)ポリマー基板
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また、フレキシブルな基板材料として、軽量で絶縁体であり、しかも安価なポリマーが注目されている。しかし、CIGS光吸収層は500℃以上の高温で製膜されると高いエネルギー変換効率を発揮するが、ポリマーを基板に用いる場合、400℃程度で製膜しなければならない。またポリマー基板のハンドリングは難しく、ポリマー基板を用いたCIGS太陽電池で高いエネルギー変換効率を得ることは困難であった。世界でも12%以上のエネルギー変換効率の報告例はこれまでに2、3例しかない。
今回、帝人が開発したポリマーフィルムはガラス基板上にスピンコートによって形成されたもので、このポリマーフィルム上にCIGS太陽電池を作製した後、図3(右)に示すようにガラス基板からフィルムを簡単に剥がすことができる。このポリマーフィルムを基板として、ASTL法を用いて作製したフレキシブルCIGS太陽電池ではハンドリング性が向上しただけでなく、アルカリ添加効果による開放電圧や曲線因子の大幅な向上が見られ、真性変換効率14.7%を達成した(図4)。なお、CIGS光吸収層は400℃で製膜した。このエネルギー変換効率はポリマー基板を用いたCIGS太陽電池の効率としては、現在のところ最も高い効率である。またこのポリマー基板を用いると、パネル型太陽電池モジュールと共通の製造ラインプロセスを利用でき、ロール・ツー・ロール方式のようなフレキシブル太陽電池専用の製造装置を新たに導入しなくてもすむというメリットもある。
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(a) ― ASTL法によるもの
変換効率:14.7%
開放電圧:0.619 V
短絡電流密度:36.0 mA/cm2
曲線因子:0.658
(b) ― アルカリ添加のないもの
変換効率:12.2%
開放電圧:0.571 V
短絡電流密度:35.4 mA/cm2
曲線因子:0.604
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図4 ポリマー基板上に形成したCIGS太陽電池の電流-電圧特性
(CIGS光吸収層は400℃で製膜した)
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今回、小面積のフレキシブルCIGS太陽電池で実現した高効率化技術を、実用レベルのサブモジュールサイズまで拡大したものに応用し、スケールアップに伴う集積化プロセスや歩留り向上化などの技術課題の解決に向け取り組んでいく。