独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)生物機能工学研究部門【部門長 巌倉 正寛】バイオメジャー研究グループ【研究グループ長 関口 勇地】 野田 尚宏 研究員は、早稲田大学【総長 白井 克彦】理工学術院 常田 聡 教授、早稲田大学大学院 谷 英典、株式会社 J-Bio21【代表取締役社長 児玉 俊史】取締役技術部長 蔵田 信也らとともに、簡便・正確・低コストでDNAを定量する新技術(ABC-LAMP法)を開発した。
DNAを定量する技術は、ヒトの病気診断等を目的とした遺伝子発現解析、SARSや鳥インフルエンザウイルス等に代表される国民生活を脅かすウイルスの検出・定量や、組換え大豆等に代表される遺伝子組換え食品の混入率検査などに利用されており、社会的必要性は高い。
今回開発した技術は、DNAのグアニン塩基との相互作用により蛍光が消光する色素で標識したプローブ(AB-QProbe)と、既知濃度の内部標準用DNAを組み合わせることにより、正確なDNA定量を実現した。DNA増幅反応前後で1回ずつ蛍光を測定するだけで、標的DNAの定量が可能なためDNA定量を簡便かつ低コストに達成できる(図1)。従来技術と比較した場合の本技術の長所は以下の点である:1)蛍光増幅過程をリアルタイムで計測する必要がない、2)ゲル電気泳動が不要、3)高価なリアルタイムPCR装置が不要、4)DNA増幅反応を阻害する物質の影響を受けにくい。
本技術の詳細は米国化学会Analytical Chemistry誌電子版に近日中に発表される。
図1 新技術ABC-LAMP法の概要と従来法との比較 |
遺伝子(DNA)を定量する技術は、ヒトの病気診断等を目的とした遺伝子発現解析SARSや鳥インフルエンザウイルス等に代表される国民生活を脅かすウイルスの検出・定量や組換え大豆等に代表される遺伝子組換え食品の混入率検査などに利用されており、社会的必要性の高い技術である。
これまで、微生物や動植物に含まれるDNAの定量には定量的PCR法の一つであるリアルタイムPCR法が用いられてきた。リアルタイムPCR法はPCRによりDNA増幅を行い、その増幅産物量をPCRの1サイクルごとに測定することで標的のDNAを定量する手法である。増幅産物量の蛍光を1サイクルごとに測定する必要があるため、1)蛍光測定装置とPCR用サーマルサイクラーが一体となった高価なリアルタイムPCR装置が必要、2)ハイスループット化(高速大量処理)に限界がある、3)DNA増幅反応を阻害する物質が存在した場合、定量値を過小評価してしまう、等の問題点があった。
上記の問題を克服した簡便・低コスト・ハイスループット・正確なDNA定量法はライフサイエンス分野のみならず、環境・農業・食品分野などさまざまな分野で開発が望まれている。
産総研は簡便・低コスト・ハイスループット・正確なDNA定量技術の開発を推進してきており、産総研と早稲田大学と株式会社J-Bio21は蛍光消光現象を利用した新規DNA定量技術の開発に取り組んできた。その過程で、グアニン塩基との特異的な相互作用により蛍光が消光する蛍光色素と、独自に考案した遺伝子配列をもつ本手法に特化した内部標準用DNAを用いることで新規DNA定量法の開発に成功した。
なお、本研究は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の平成18年度産業技術研究助成事業による支援を受けて行ったものである。
新技術はグアニン塩基との特異的な相互作用により蛍光が消光する色素で標識したプローブ(Alternately Binding Quenching Probe: AB-QProbe)と内部標準用DNAを用いる。これにより遺伝子増幅反応の前後で蛍光を測定するだけで標的DNAを定量することができる(図1)。新技術は以下のような4つの特徴を持つ、1)リアルタイムPCR法のように蛍光をPCRの1サイクルごとに測定する必要がない、2)ゲル電気泳動が不要、3)高価なリアルタイムPCR装置が不要、4)DNA増幅反応を阻害する物質の影響を受けにくく、正確な定量が可能。
さらに、本研究では上記AB-QProbeと内部標準用DNAを用いた技術を、既に開発されている等温DNA増幅法LAMP(Loop-mediated isothermal amplification)法と組み合わせることで簡便・正確・低コストのDNA定量法(Alternately Binding Probe Competitive-LAMP: ABC-LAMP)を開発した。
本技術では、測定しようとする標的DNAと内部標準用DNA及びAB-QProbeを用いて標的DNAの定量をおこなう。AB-QProbeの末端には蛍光標識C塩基があるので、標的DNAのG塩基に出会うと消光する。一方内部標準用DNAは標的DNAと同じ効率で増幅されるが、その増幅産物に結合したプローブの蛍光は消光されないように、相補部分(プローブが結合する部分)の末端をG塩基ではなくC塩基としたDNA鎖を人工合成し、内部標準用DNAとする。AB-QProbeは標的DNAと内部標準用DNA由来の増幅産物に同じ結合力で競合的に結合するが、どちらに結合したかによって蛍光消光の強さが変わる(図2)。この消光強度の違いを利用して、LAMP反応前後に蛍光を測定することで標的DNAの定量を行うことができる(図3)。
図2 Alternately Binding Quenching Probeの消光パターンの概要 |
図3 ABC-LAMP法による遺伝子定量の概要 |
DNA増幅法としては本研究で用いたLAMP法以外にもすでに幅広く利用されているPCR法があり、さらにはRNAを特異的に増幅するNASBA (Nucleic Acid Sequence-Based Amplification)法なども開発・利用されているが、本技術は反応前後での蛍光測定により標的DNA(NASBA法の場合はRNA)の定量を行うため、これらの増幅法とも容易に組み合わせることが可能であり、さらなる発展が期待される。
本技術を用いてアンモニア酸化細菌のアンモニア酸化酵素をコードする遺伝子の一部を定量した結果、本技術は従来法と同等の精度・再現性を持つことがわかった。また、従来法ではDNA増幅反応を阻害するフミン酸および尿素の濃度が増加するにつれ真値よりも低い値を示したが、本技術ではフミン酸および尿素の濃度のいずれにも依存せず正確に標的DNAを定量することができた。
本技術をヒトの病気診断等を目的とした遺伝子発現解析やSARS、鳥インフルエンザウイルス等の定量的検出に応用することを目指す。
産総研認定ベンチャーである株式会社
J-Bio21では本手法に最適化された安価な蛍光測定装置を開発中である。