独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ユビキタスエネルギー研究部門【部門長 小林 哲彦】蓄電デバイス研究グループ【グループ長 辰巳 国昭】田渕 光春 主任研究員、竹内 友成 主任研究員は、コバルトを含まない安価で高容量のリチウムイオン電池用正極材料を2種類開発した。
リチウムイオン電池は軽量で大容量のためノートパソコンやデジカメに使われているが、資源的に埋蔵量が少ないコバルトを電極に主に使っているため高価である。ハイブリッド自動車などの大型リチウム電池としては、コバルトを使わない安価で高容量の新材料が求められていた。
今回、安価な鉄、マンガンを主成分とし、チタンを含まない化合物と含む化合物の2種類の新材料を開発した。共に既存のコバルトを含む正極材料の充放電容量を凌駕するが、チタンを含む化合物の初期放電容量は既存材料の1.5倍以上(約260mAh/g)に達した。また、通電焼結法等の適用により高出力化も可能になった。今回得られた正極材料は、資源的に豊富で安価な鉄、マンガン、チタンからなり、ハイブリッド自動車など大型リチウム電池用として有望である。
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60℃における電池電圧と充放電容量mAh/g(ミリアンペア時/グラム)特性(破線が充電曲線、実線が放電曲線)。電流密度42.5mA/g(3時間率)。 |
なお本技術の詳細は、2006年11月20~22日に江戸川区タワーホール船堀で開催される、第47回電池討論会において発表される。
また、本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「燃料電池自動車等用リチウム電池技術開発 -リチウム電池要素技術開発-(ベースメタル元素を活用した新規酸化物正極材料開発)(平成15~18年度)」により実施した。
携帯電話、ノートパソコン等のポータブル機器の電源として高いエネルギー密度を有するリチウムイオン電池が注目されている。小型機器だけでなく、ハイブリッド車、燃料電池自動車や電力負荷平準化システム用電池への応用も期待されている。このような大型リチウムイオン電池が普及するためには、安全性を確保した上で電池の高性能化(高容量化、高出力化など)をはかるだけでなく、安価で資源的に問題のない原料からなる材料開発が必要である。リチウムイオン電池のうち素材コストとして最も高価なものの一つが正極材料であり、単電池素材コストの20-30%程度を占める。現在、正極材料としてコバルト酸リチウム(LiCoO2)が主に用いられているが、コバルト資源の偏在性、希少性、重要性に由来する価格高騰の懸念がある。そのため大型リチウムイオン電池用として、ニッケル酸リチウム系(LiNi0.8Co0.2O2)やスピネルマンガン酸リチウム系(LiMn2O4)正極などが検討されている。しかしながら前者は充電時の電池の安全性を低下させる懸念があり、後者は高温充放電時に3価のマンガンイオン溶出に伴う特性劣化が報告されている。従って省資的に問題なく、安価で、大型リチウムイオン電池用の優れた正極材料の必要性は益々高まっている。
産総研においては、これまでに、水熱法を中心とした湿式化学製造プロセスを駆使して、粒子サイズを小さくすることにより、鉄、マンガンからなる新規な3V級正極材料(鉄含有Li2MnO3, Li1+x(Fe0.5Mn0.5)1-xO2, 0
今回、製造条件や化学組成のさらなる改良により、60℃の充放電試験において初期充放電容量が約260mAh/g(ミリアンペア時/グラム)に達する鉄・マンガン・チタンを含有する新しい材料を見いだした。この充放電容量は、コバルトを含む既存正極の容量(200mAh/g以下)を超えるものである。放電平均電圧は約3.2V(リチウム極基準)と既存正極に比べて0.5V程度低いものの、正極活物質重量あたりのエネルギー密度(約800mWh/g以上)は既存正極に勝るものである。この材料は60℃ばかりでなく室温でも200mAh/g以上の容量を示し、またマイナス20℃においても放電可能である。
また通電焼結法を用いた導電材料(アセチレンブラックなどの炭素材料)との複合化技術により、チタンを含まない鉄含有Li2MnO3においても20C(2550mA/g, 1Cは127.5mA/gに設定)程度までの放電が可能となり同時に高出力化も達成できた。
今までの研究から、鉄含有Li2MnO3の充放電容量は試料内のリチウム含有量を増大させることと構成粒子径の低減により改善することがわかってきた。今回特に充放電特性改善のために製造条件上、工夫した点は次の2点である。
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水熱反応時に水酸化リチウムに加えて水酸化カリウムを加える混合アルカリ水熱法を用いる。
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焼成を、昇温時間も含めて1時間程度ときわめて短時間に行う。
この混合アルカリ水熱法を適用することにより前駆体中に含まれるスピネルフェライト不純物をほぼ完全に除去でき、均質性の高い前駆体を作製することによりきわめて短時間での焼成が可能となり、試料中のリチウム含有量を高めつつ、粒成長を抑制することができる。図1に示すように得られた粉末の一次粒子径は100nm以下であることが走査型電子顕微鏡(SEM)観察により確認された。
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図1左:鉄・マンガン系新材料と右:鉄・マンガン・チタン系新材料の走査型電子顕微鏡写真 |
今回チタンを全遷移金属に対し20%固溶させることにより、温度60℃試験における充電容量はほとんど変わらないものの、放電容量が大幅に改善され、値としては既存材料の1.5倍以上の260mAh/g(ミリアンペア時/グラム)に達することが分かった(概要ページ図)。
温度30℃においてもこの材料は230 mAh/gの放電容量を示し、放電レート5Cという高い電流密度でも放電容量135mAh/gを維持した。さらに高い電流密度である20Cにおいてもチタンを固溶させないものに比べて大幅に改善されることを見いだした(図2)。
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図2 新規鉄系正極材料の30℃における4.8V充電後の放電特性 |
またチタンを固溶させたものは、図3に示されるように温度30℃だけでなく0℃、マイナス20℃等の低温においても放電特性が改善されることがわかった。
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図3 新規鉄系正極材料の30℃、4.8V充電後の低温放電特性 |
次にチタンを含まない鉄含有Li2MnO3粉末表面に導電材であるアセチレンブラックをメカノフュージョン法により被覆処理を行った後、通電焼結法により両者を接合させて鉄含有Li2MnO3-アセチレンブラック複合体を作製した。その複合体の放電特性(図4)は放電レート1Cにおいてはほとんど差がないが、5C、20Cと電流密度が大きくなるにつれて、複合体の方が両者を混合した混合物に比べて、高容量化と電圧低下抑制が図られていることがわかる。
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図4 新規鉄系正極活物質-導電材複合体の30℃、4.8V充電後の放電特性と両者の混合物との比較(導電材としてアセチレンブラックを使用) |
上記結果より、図5に示されるように化学組成・粉体特性を制御できる湿式製造技術と活物質-導電材との接合技術を併用することにより、資源的に豊富な元素からなる本正極材料がハイブリッド自動車用リチウムイオン電池正極材料として有望であることが分かる。
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図5 低コスト・省資源性に優れた高容量・高出力正極材料開発の概念図 |
原材料価格を比較するために試薬メーカーのカタログ値を参考にして、正極材料1kgを固相反応法などの一般的な製造法で製造する際の原材料費を試算してみた(表1)。今回開発した材料はマンガン酸リチウム系(LiMn2O4)ほど安価ではないものの、現行正極材料であるコバルト酸リチウム(LiCoO2)の価格の1/3であり、車載用正極材料として期待されている、ニッケル酸リチウム系(LiNi0.8Co0.2O2)やニッケル-マンガン酸リチウム系(LiNi1/3Mn1/3Co1/3O2)の価格の約1/2である。
表1 正極材料1kg製造時の原料価格の比較
今後はサイクル特性改善とさらなる高容量化、高出力化を進めつつ、電池メーカーや素材メーカーとの共同開発を通じて5年後の実用化を目指す。