独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光技術研究部門【研究部門長 渡辺 正信】榊原 陽一 主任研究員および板谷 太郎 主任研究員らは、ナノテクノロジー研究部門【部門長 横山 浩】片浦 弘道 研究グループ長、徳本 圓 研究グループ長らおよび株式会社 ピーアイ技術研究所【代表取締役社長 早川 博】(以下「ピーアイ技研」という)と共同で、カーボンナノチューブ(CNT)をポリイミド樹脂中にナノメートル(10億分の1メートル)レベルの均質さで分散したナノコンポジット材料を開発し、非線形光学デバイスに応用可能な優れた材料であることを明らかにした。
CNTは光通信に用いられる波長の光に対して可飽和吸収効果という非線形光学効果を高速で示すため、光通信用デバイスやレーザー用デバイスへの応用が期待されている。ところが通常のCNT素材は粉末のために光学的品質が悪く、またデバイスの構造に加工することができず、光デバイス開発の大きな障害となっていた。この障害を解決するために、透明性・耐熱性・堅牢性・加工性に優れたポリイミド樹脂とCNTによるナノコンポジット材料の開発を行った。実際には、超音波を用いて有機溶媒中にCNTを分散化する技術を開発し、CNTとよく混合するブロック共重合ポリイミドという特殊なポリイミド樹脂を用いることで、ナノコンポジット材料を得ることができた。
産総研では、この材料を利用した非線形光学デバイスへの応用を試みた。この材料のフィルムデバイスを用いたエルビウムイオン添加ファイバーレーザーを試作し、パルス幅165fs(フェムト秒)という非常に短いパルス光を発生させることができた。このデバイスは、性能・再現性・耐久性・量産性に優れ、実用化が有望視される。また、高度な微細加工技術により、この材料をコア部とする光導波路の試作に成功し、非線形光学デバイスとして機能することを確認できた。
これらの成果は、2006年2月21-23日に東京ビッグサイトで開催されるnano tech 2006(国際ナノテクノロジー総合展・技術会議)および2006年3月5-10日に米国アナハイムで開催されるOFC2006(Optical Fiber Communication Conference)で発表される予定である。
2001年に産総研は、東京都立大学およびフェムト秒テクノロジー研究機構と共同で、カーボンナノチューブが可飽和吸収効果という非線形光学効果を光通信波長帯で示すことを見出した。その後、この効果を利用した薄膜デバイスが、超短パルスを発振するレーザーに有望であることが明らかになった。さらに光スイッチをはじめとした光通信用デバイスへの応用が期待され、産総研では継続的な研究開発を展開してきた。
これらの光デバイスで、すぐれた性能・再現性・耐久性・量産性を引き出すためには、高品質の材料で高度なデバイス構造を構築することが求められる。ところが通常のCNT素材は凝集性の強い粉末のために光学的品質が極めて悪く、また任意の形状に加工することができず、光デバイス開発の大きな障害となっていた。
これに対する有力な解決策は、CNTが透明な樹脂中にナノメートルレベルの均質さで分散されたナノコンポジット材料の開発である。このようなナノコンポジット材料ならば光学的均質性と透明性を備え、いろいろな形状に加工できるからである。樹脂材料には様々な種類があるが、光デバイスへの応用では、透明性・耐熱性・堅牢性・加工性などの諸条件を同時に備えていることが要求される。ポリイミド樹脂はこれらをすべて満たすことから非常に有望な候補材料であり、CNTとポリイミド樹脂による光学的品質にすぐれたナノコンポジット材料の開発が、重要な研究開発課題となっていた。
ピーアイ技研はブロック共重合ポリイミドという独自技術のポリイミドを開発し、産総研とはレジスト用ポリイミド等での共同研究実績があった。産総研では、このブロック共重合ポリイミドの持つ品質の安定性、分子設計の多様性、有機溶媒への可溶性などの特長が、CNTとのナノコンポジット材料化にも有利であると考え、2003年からピーアイ技研と共同研究を進めてきた。
・カーボンナノチューブとポリイミドのナノコンポジット材料
樹脂系ナノコンポジット材料を製造する方法として、まずフィラー(分散させる物質)を溶媒中に分散し、樹脂も同じ溶媒に溶解し、両溶液を混合したあとで溶媒を蒸発させる方法が有望である。この場合、まずフィラーをナノメートルサイズで溶媒中に分散する技術を確立する必要がある。一般に良質のナノコンポジット材料を製造することは容易ではなく、ナノテクノロジー分野の先端的な研究テーマのひとつになっている。フィラーがナノメートルサイズになると総表面積が急激に増大し、フィラーと媒質の間の界面エネルギーが大きくなって、フィラー同士が凝集して媒質から分離した方が安定となる場合が多いためである。そこでフィラーと樹脂の分離が生じないように、適切なフィラー素材と樹脂素材を組み合わせる必要がある。
CNTは凝集性が非常に強いために、従来は溶媒中へのナノメートルサイズでの分散は難しいとされてきたが、最近ではCNTを界面活性剤水溶液と混合し、強力な超音波を当てることで、凝集をほどき水中にナノメートルサイズ化して分散させる技術が発達してきた。しかしポリイミド樹脂は水には溶けないため、ポリイミド樹脂を溶かす有機溶媒に分散する方法を開発する必要があった。今回、ポリイミド樹脂の溶媒としてよく用いられるアミド系有機溶媒に非イオン性界面活性剤を添加し、超音波を当てることで、図1のようにCNTを良好に分散させることができた。
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図1 有機溶媒に分散したCNT
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このCNTを分散した溶液とブロック共重合ポリイミドの溶液を混合すると、CNTの凝集分離が発生しない非常に安定した溶液が得られた。この溶液から有機溶媒を蒸発させると、良質の分散を保ったまま図2のような光学的均質性に優れた良質の透明なフィルムをつくることができた。図2右図は作製したフィルムの光学顕微鏡写真である。この顕微鏡では、500ナノメートル程度まで識別することができるが、この写真では何も見えず、光学的品質の高さを示している。なお、光吸収分光法による分析により、このフィルム中のCNTは、ほとんどが1本1本分離した状態で分散していることが確かめられた。
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図2 光学的に均質なフィルム。左は定規の上においたフィルムの写真。
右は高倍率の光学顕微鏡で観察した結果。何も見えないことが光学的品質の高さを示している。
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・非線形光学デバイスへの応用
このようにすぐれたCNTとポリイミドのナノコンポジット材料が得られたので、産総研では、この材料を利用した非線形光学デバイスへの応用を試みた。
この材料で形成したフィルムデバイスを用いて、エルビウムイオン添加ファイバーレーザーにおいてパルス幅165fsという非常に短いパルス光を発生させることができた。このタイプのレーザーで達成可能な限界に近い短さである。CNTがナノメートルサイズで均質に分散しているために、光の散乱によるデバイスの損失が少ないことが、このような非常に短いパルス光を発生できた理由のひとつと考えられる。また、このタイプのレーザーでは吸収された光のエネルギーが熱エネルギーに転換するためにデバイスの温度上昇が避けられないが、ポリイミドという耐熱性樹脂を用いているために、安定した動作を継続することができた。さらにこの材料を用いたデバイスは、再現性と量産性にもすぐれるので、実用上非常に有望である。
また、高度な微細加工技術を適用することにより、この材料をコア部とする光導波路の試作に成功した。光導波路とは、図3に示すようにコア部とよばれる屈折率の高い細長い領域をクラッド部とよばれるそれよりも屈折率の低い領域で覆うことにより、コア部に光を閉じ込めて長い距離を伝播させるデバイスである。閉じ込めにより光強度を高くすることができるため、高い光強度が要求される非線形光学デバイスに適しており、次世代の超高速光通信システムで用いられる光スイッチや光ノイズ低減デバイスへの応用が期待される。実際にこのような微細な構造のデバイスをつくるためには、コア部に用いる非線形光学材料に、マイクロメートルレベルでの加工性があること、希薄な濃度で均一にCNTを分散できること、透明性が高いこと、耐熱性があることなどが要求される。今回開発に成功したCNTとポリイミドのナノコンポジット材料は、これらの要求に応える優れた材料である。実際に、半導体加工で用いられるリソグラフィープロセスなどを転用して、この材料に微細加工を施すことにより、図4に示すような光導波路構造を試作することができた。非線形光学デバイスとして機能することも確認でき、この材料が非線形光導波路デバイス用の材料としても優れていることが実証された。
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図3 光導波路デバイスの模式図
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図4 試作した導波路デバイスの断面
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産総研では、今回開発に成功したCNTとポリイミドのナノコンポジット材料を用いた非線形光学デバイスの高性能化を進める。また、この材料は、CNTの分散濃度を高くすることにより帯電防止材料としても応用できるが、とくにポリイミドの耐熱性と機械的強靱性を生かした用途の探索を進める。