独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光技術研究部門【部門長 渡辺 正信】光電子制御デバイスグループ 天野 建 研究員らは、高密度かつ高均一な量子ドットの製造に世界で初めて成功した。また、開発した量子ドットを応用した通信用半導体レーザを製造し、高密度化による今までにない大きな光増幅を確認した。
大きな量子効率をもつ量子ドットを用いた半導体レーザは新しい光源として、非常に期待されている。しかし、従来の量子ドットレーザは量子ドット密度が小さいため十分な光増幅が得られず、高反射膜ミラー構造や長共振器構造などの特殊な構造を用いなければいけなかった。この問題が量子ドットレーザの実用化を困難なものとしていた。
本研究では産総研が独自に開発したAs2分子線と組成傾斜歪み緩和層を用いることで、高密度(1 × 1011 cm-2)かつ高均一(半値幅:23 meV)な量子ドットの製造を世界で初めて可能とした。今回、これを半導体レーザに応用する事で、特殊なレーザ構造を用いずに光通信波長帯である1.3µmでのレーザ発振動作を実現した。さらに世界最高クラスの40cm-1を超える光増幅特性を5層ほどと従来の半分以下の積層数で実現した【図1】。今後は高速動作の実現を目指す。本研究の高密度かつ高均一な量子ドットを用いれば、世界最速の40 GHzを超える高速動作も理論的には可能である。
今回の発明は、高速動作可能な量子ドットレーザを実現する上で、ブレークスルー技術である。これにより、高速な量子ドットレーザが実用化され、大きな通信速度を必要とする高画質な映像配信などが家庭で楽しめる時代の到来が期待できる。
近年、通信容量の爆発的な増大によって、中短距離での大容量光通信網の期待が高まっている。中短距離光通信光源として、光ファイバのゼロ分散波長帯である1.3 µmで発光する材料が注目されており、その中で安価なGaAs基板を用いて1.3 µm発光が実現できるInAs量子ドット構造を用いた半導体レーザが期待されている。さらに量子ドットレーザは高い量子効率や温度無依存特性などその優れた特性を持つことから低コスト化や低消費電力化も期待できる。このことから、中短距離用通信光源だけでなくコンピュータ間やボード間通信などの光インターコネクト分野への応用など、色々な分野への普及も期待されている。しかし、従来の量子ドットは2 × 1010 cm-2ほどと量子ドットの面密度が少なかったため、扱えるキャリアの数が非常に少なくなり、十分な光増幅を得る事ができなかった。
このため,レーザ発振には高反射膜ミラー構造や長共振器構造が必要となり、動作速度などの通信用レーザとしての性能に問題があった。大きな光増幅を実現する方法として、発光に寄与する量子ドット数を上げることが重要となり、高密度かつ高均一な量子ドットの出現が望まれている。
産総研では、従来から、新しい光・電子素子システム実現のため量子効果を利用した光・電子素子の開発を行ってきた。特にAs2分子線を用いた量子細線構造や量子ドット構造の研究を行っている。今回はその一環として、産総研独自のAs2分子線とさらに組成傾斜歪み緩和層構造を用いた。これにより高密度かつ高均一な量子ドットを世界で初めて開発した。また、これを用いた半導体レーザを製造し、高反射膜ミラー構造や長共振器構造などの特殊構造を用いずレーザ発振を実現した。さらに世界最高クラスの光増幅を実証した。なお、本研究の一部は独立行政法人 科学技術振興機構・戦略的創造研究推進事業のサポートを受けた。
本研究独自の高密度かつ高均一な量子ドットの製造はAs2分子線が使用可能な分子線エピタキシー装置を用いて高密度な微小量子ドット構造を製造し、製造した量子ドットの直後に組成傾斜歪み緩和層を製造することで実現可能となる。通常の量子ドット製造ではAs材料にAs4分子線を用いている。通常のAs4分子線を用いると量子ドットは不均一となり、また結晶欠陥の原因となる巨大なドットが発生してしまう。本研究ではこれを改善するため、As2分子線を用いた。これにより、巨大ドットなく良質な高密度(1 × 1011 cm-2)な量子ドットの製造が可能となった【図2】。さらに組成傾斜歪み緩和層構造を用いることで、通常用いられている歪み緩和層よりも格子定数差を少なくできることから、高品質化が期待できる。実際に組成傾斜歪み緩和層を用いることで、高均一化による細い発光スペクトルを持ち(半値幅:23 meV)、かつ長波長化(1.3 µm)された高密度量子ドットの製造が可能になった【図3】。現在、高密度かつ高均一な量子ドットは他の波長帯でも実現されておらず、光通信分野だけでなく広い範囲での応用が期待できる。
図2 量子ドットの表面SEM写真
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図3 量子ドットの発光スペクトル
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本研究ではこの高密度かつ高均一な量子ドットを5つ積層したものを活性層に用いた量子ドットレーザを試作した。基板構造は活性層以外、導波路層にGaAs層、光閉じ込め層にAlGaAs層と通常用いられている構造を採用している【図4】。また、活性層の性能を評価するためにレーザ導波構造は最もシンプルな利得導波路構造を用いている。従来の量子ドットレーザと異なり、高反射膜ミラーを用いずかつ比較的短い共振器長500 µmでも1.3 µm帯でのレーザ発振が実現している【図5】。さらに最大モード利得を評価した【図1】。横軸はレーザ発振のしきい値電流密度、縦軸はモード利得となっている。比較のため量子ドットを3つ積層したレーザの結果も併せて示した。3層積層構造では25cm-1ほどでモード利得が飽和してしまう。しかし、5層積層構造では43cm-1の大きな値が飽和せずに得られる。他研究機関で報告されている値は12層積層構造でも40cm-1となっており、本発明の量子ドットレーザでは少ない層数にもかかわらず大きな光増幅が得られていることが分かる。これは非常に高密度かつ高均一な量子ドットの製造が可能になったためである。
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図5 量子ドットレーザの発振特性と発振波長
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今回、本研究では高密度かつ高均一な量子ドットの製造に成功した。この量子ドットを用いた半導体レーザを製造し、大きな光増幅を実証した。高密度化と高均一化が同時に実現された本研究の量子ドットを用いれば、40GHzを超える高速直接変調動作が理論的に可能である。今後は高速直接変調動作を実証する。
今回の発明は、量子ドットレーザの高速動作を実現する上で、非常に重要な技術である。これにより、量子ドットレーザの産業化が大きく促進されると考える。
安価で高性能な量子ドットレーザが実用化されれば、大きな通信速度を必要とする高画質な映像配信などが家庭で楽しめる時代が到来する。