独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)地質情報研究部門【部門長 富樫 茂子】の 高橋 雅紀 主任研究員ならびに活断層研究センター【センター長 杉山 雄一】の 関口 春子 研究員と、独立行政法人 防災科学技術研究所【理事長 片山 恒雄】(以下「防災科研」という)の 笠原 敬司 防災研究情報センター長は、関東平野の地下深部に複数の基盤の凹み(ハーフグラーベン)が伏在し、従来考えられていたより基盤の起伏が著しいことを初めて明らかにした(図1)。これらのハーフグラーベンは、およそ1600万年前の日本海の拡大末期に形成されたものと考えられる。このような地下深部基盤の凹凸の影響で長周期の地震動が局所的に増幅する可能性がある。このため、首都圏の地震防災においては、平野の地下深部に伏在する基盤の凹凸(ハーフグラーベン)の把握が重要と考えられる。
なお、本研究は文部科学省の大都市大震災軽減化特別プロジェクトの一部として、地表に露出する地層について確立された地質学的観点から、地下地質の観測データを見直すことを目的に行ったものである。
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図1 関東平野西部の朝霞-鴻巣間で実施された反射法地震波探査記録(A)とその地質学的解釈図(B)、および基盤構造のモデル化(D)と地震動のシミュレーション結果(C)
関東平野西部の地下深部に伏在する1600万年前に形成されたふたつのハーフグラーベン(半地溝)。正断層により分断された基盤のブロックが南方に傾くことにより形成された境界部の三角形の凹み(ハーフグラーベン)を堆積物が埋めている(A,B)。従来の解釈(破線)に比べ断層を境に基盤深度(堆積層の厚さ)が急激に変化する。
地震動のシミュレーション結果(周期4秒の(疑似)速度応答スペクトルの例)は、北方(図の左側)150kmの地下13kmに震源を仮定して計算(C)。従来のモデルに比べハーフグラーベンによる起伏の大きい基盤モデル(D)では、局所的に長周期(周期およそ4秒)の地震動がより大きくなる可能性が示唆された。
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昨年の新潟県中越地震の際には遠く離れた関東平野も大きく揺れた(図2)。そして、地震動が震源から遠方へ伝播した後も、関東平野では揺れが続いていた。その原因は広い平野の地下に伏在する厚い堆積層によると考えられている。
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図2 新潟県中越地震の本震(Mj 6.8)の揺れの伝わる様子を、防災科研の強震観測網(K-NET, KiK-net)の地震波形記録を用いて可視化したもの(東京大学地震研究所,古村氏ホームページより) |
一方、2004年の紀伊半島南東沖の地震の際には、ゆっくりした揺れ(いわゆる長周期地震動)が観測された。東京大学地震研究所の三宅氏らは、この揺れの長周期成分だけを(疑似)速度応答スペクトルという指標で取り出し、周期ごとに地震動の強さを調べている。それによると、周期5.0秒では震源に近い大阪平野や濃尾平野が強震動域となっているが、周期7.0秒では強震動域は目立たなくなり、それに対し震源から遠い関東平野の方が大阪平野や濃尾平野よりも強く揺れていることが指摘されている(図3)。さらに長周期(10.0秒)でみると、大阪平野や濃尾平野ではほとんど強震動域が消滅しているのに対し、関東平野はなお広範囲で強震動域となっている。
このように、平野では長周期地震動が強く観測されるが、その原因は平野地下の厚い堆積層によると考えられている。堆積層は軟らかいために、地震波は硬い岩盤から堆積層に入ると振幅が大きくなる。さらに、堆積層の厚さで決まる周期(固有周期)の地震波は、共振のような現象を起こすためさらに振幅が大きくなり、継続時間も長くなる。堆積層の厚い大規模な平野では固有周期も長くなり、長周期地震動が卓越する。
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図3 紀伊半島南東沖の地震の際の(疑似)速度応答スペクトル分布(a:周期5.0秒,b:周期7.0秒,c:周期10.0秒) (Miyake and Koketsu, 2004) |
このように、関東平野を襲う長周期の地震動を予測・評価するためには、器である基盤の形状(深度)と、器を埋めた柔らかい堆積物の物性(地震波速度分布)の両方を把握する必要がある。前者である関東平野の深部地下地質構造は、これまで主として人工地震を用いた屈折法や反射法などの物理探査とボーリングをもとに調査されてきた。しかし、関東平野は本邦で最も広い平野であり、さらに基盤は地下深くに埋没しているため、これらの限られたデータのみでは基盤構造の全容は解明できず、特に地質学から見た地下深部の構造の説明はほとんどなされていなかった。
関東平野では、古い堆積層は新しい地層に覆われ地下深くに潜ってしまっている。それに対し、平野の周囲の山地や丘陵部は隆起しているため、古い堆積層や基盤岩が地表に露出している。そこで、高橋主任研究員らは、山地や丘陵部に露出している古い堆積層を直接観察することにより地表地質の層序(地層の重なり)・構造モデル(図4)を構築し、間接的に関東平野の地下深くに伏在している古い堆積層や基盤の特徴を推定した。
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図4 地表に露出する地層から復元された関東地方の層序・構造モデル
関東山地周辺に露出する地層(およそ1650~1000万年前)について地質、年代、地質構造、堆積環境、古応力場、埋没史などを総括した。1500万年の不整合(積算層厚0mのライン)より古い堆積層の厚さは、地域によって大きく異なる。 |
地表に露出する地層の観察から構築された層序・構造モデルに立脚し、関東平野西部の朝霞-鴻巣間(図5)で行われた反射法地震波探査記録を地質学の観点から見直した。その結果、関東平野西部の地下深部には複数のハーフグラーベン(図1B,図6)が伏在し、従来考えられていたよりも基盤の起伏が著しいことを明らかにした。同様のハーフグラーベンは、関東山地の秩父盆地や五日市盆地のほか八溝山地と阿武隈山地の境界部にも露出しており、いずれも1600万年前頃に日本海の拡大にともなって形成されたと考えられている。
このように、関東平野の地下深部に伏在する複数のハーフグラーベンが、起伏に富んだ基盤形状の主要な原因であることが判明した。
今回見出したハーフグラーベンによる基盤の形状と従来の考え方による基盤モデルについて地震動のシミュレーションを行ったところ、長周期の地震動の振幅が局所的に従来の予想よりも大きくなることが予想され(図1C)、地下深部の基盤の形状が地震動の大きさに影響を与える可能性が示唆された。長周期の地震動は固有周期の長い高層ビルや石油タンクなどへの影響が大きいことから、首都圏における地震防災に際しては、基盤の形状を複雑にしているこれら地下深部のハーフグラーベンの把握が重要であると考えられる。
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図5 朝霞-鴻巣反射法地震波探査測線位置図(赤線部)
周辺地域の地質図および平野域の重力図(ブーゲ異常)、および活断層や推定構造線(伏在断層)等をあわせて示す。測線の南部および北部において高重力異常部を横切っている。
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図6 関東平野および周辺地域の地質構造概念図
関東平野の地下深部には日本海の拡大時期に形成されたハーフグラーベンが伏在し、基盤の起伏を複雑にしている。
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いくつかの平野の地下には日本海拡大以降の厚い堆積層が伏在していることから、それらの地域では関東平野と同様に地震動増幅の可能性が危惧される。また、関東周辺地域では1500万年前以降に伊豆-小笠原弧が衝突し続けており、基盤構造をさらに複雑にしていると予想される(図7)。このように、地質学的時間スケール(数10万年~数100万年程度の時間単位)で日本列島の形成過程を明らかにしつつ新たな視点を構築し、その観点で平野地下地質の地質学的検討を進め、首都圏の地震防災に必要な情報を提供できるようにしたい。
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図7 日本海の拡大時期に形成されたハーフグラーベンを埋め尽くす厚い堆積層の分布と引き続く伊豆-小笠原弧と本州中央部との衝突
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