発表・掲載日:2005/04/26

首都圏における長周期地震動増幅の可能性

-地下に潜む巨大な基盤の凹み-

ポイント

  • 関東平野は柔らかい堆積層からなる平坦面であるが、地下深部にはおよそ1600万年前に形成されたハーフグラーベン(巨大な基盤の凹み)が伏在していることがはじめて指摘され、基盤には大規模な凹凸が発達していることがわかった。
  • 大地震の際には地下深部の基盤の形状(=堆積層の厚さ変化)により、局所的に長周期の地震動が増幅される可能性がある。
  • 長周期の地震動は固有周期の長い高層建築物や石油タンクなどへの影響が特に大きいことから、首都圏における地震防災に際しては、これら地下深部に伏在するハーフグラーベンの把握が重要であると考えられる。


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)地質情報研究部門【部門長 富樫 茂子】の 高橋 雅紀 主任研究員ならびに活断層研究センター【センター長 杉山 雄一】の 関口 春子 研究員と、独立行政法人 防災科学技術研究所【理事長 片山 恒雄】(以下「防災科研」という)の 笠原 敬司 防災研究情報センター長は、関東平野の地下深部に複数の基盤の凹み(ハーフグラーベン)が伏在し、従来考えられていたより基盤の起伏が著しいことを初めて明らかにした(図1)。これらのハーフグラーベンは、およそ1600万年前の日本海の拡大末期に形成されたものと考えられる。このような地下深部基盤の凹凸の影響で長周期の地震動が局所的に増幅する可能性がある。このため、首都圏の地震防災においては、平野の地下深部に伏在する基盤の凹凸(ハーフグラーベン)の把握が重要と考えられる。

 なお、本研究は文部科学省の大都市大震災軽減化特別プロジェクトの一部として、地表に露出する地層について確立された地質学的観点から、地下地質の観測データを見直すことを目的に行ったものである。

関東平野西部の朝霞-鴻巣間で実施された反射法地震波探査記録とその地質学的解釈図、および基盤構造のモデル化と地震動のシミュレーション結果の図

図1 関東平野西部の朝霞-鴻巣間で実施された反射法地震波探査記録(A)とその地質学的解釈図(B)、および基盤構造のモデル化(D)と地震動のシミュレーション結果(C)

 関東平野西部の地下深部に伏在する1600万年前に形成されたふたつのハーフグラーベン(半地溝)。正断層により分断された基盤のブロックが南方に傾くことにより形成された境界部の三角形の凹み(ハーフグラーベン)を堆積物が埋めている(A,B)。従来の解釈(破線)に比べ断層を境に基盤深度(堆積層の厚さ)が急激に変化する。
 地震動のシミュレーション結果(周期4秒の(疑似)速度応答スペクトルの例)は、北方(図の左側)150kmの地下13kmに震源を仮定して計算(C)。従来のモデルに比べハーフグラーベンによる起伏の大きい基盤モデル(D)では、局所的に長周期(周期およそ4秒)の地震動がより大きくなる可能性が示唆された。



研究の背景

 昨年の新潟県中越地震の際には遠く離れた関東平野も大きく揺れた(図2)。そして、地震動が震源から遠方へ伝播した後も、関東平野では揺れが続いていた。その原因は広い平野の地下に伏在する厚い堆積層によると考えられている。

新潟県中越地震の本震の揺れの伝わる様子の図
図2 新潟県中越地震の本震(Mj 6.8)の揺れの伝わる様子を、防災科研の強震観測網(K-NET, KiK-net)の地震波形記録を用いて可視化したもの(東京大学地震研究所,古村氏ホームページより)

 一方、2004年の紀伊半島南東沖の地震の際には、ゆっくりした揺れ(いわゆる長周期地震動)が観測された。東京大学地震研究所の三宅氏らは、この揺れの長周期成分だけを(疑似)速度応答スペクトルという指標で取り出し、周期ごとに地震動の強さを調べている。それによると、周期5.0秒では震源に近い大阪平野や濃尾平野が強震動域となっているが、周期7.0秒では強震動域は目立たなくなり、それに対し震源から遠い関東平野の方が大阪平野や濃尾平野よりも強く揺れていることが指摘されている(図3)。さらに長周期(10.0秒)でみると、大阪平野や濃尾平野ではほとんど強震動域が消滅しているのに対し、関東平野はなお広範囲で強震動域となっている。

 このように、平野では長周期地震動が強く観測されるが、その原因は平野地下の厚い堆積層によると考えられている。堆積層は軟らかいために、地震波は硬い岩盤から堆積層に入ると振幅が大きくなる。さらに、堆積層の厚さで決まる周期(固有周期)の地震波は、共振のような現象を起こすためさらに振幅が大きくなり、継続時間も長くなる。堆積層の厚い大規模な平野では固有周期も長くなり、長周期地震動が卓越する。

紀伊半島南東沖の地震の際の速度応答スペクトル分布図
図3 紀伊半島南東沖の地震の際の(疑似)速度応答スペクトル分布(a:周期5.0秒,b:周期7.0秒,c:周期10.0秒) (Miyake and Koketsu, 2004)

 このように、関東平野を襲う長周期の地震動を予測・評価するためには、器である基盤の形状(深度)と、器を埋めた柔らかい堆積物の物性(地震波速度分布)の両方を把握する必要がある。前者である関東平野の深部地下地質構造は、これまで主として人工地震を用いた屈折法や反射法などの物理探査とボーリングをもとに調査されてきた。しかし、関東平野は本邦で最も広い平野であり、さらに基盤は地下深くに埋没しているため、これらの限られたデータのみでは基盤構造の全容は解明できず、特に地質学から見た地下深部の構造の説明はほとんどなされていなかった。

研究の経緯

 関東平野では、古い堆積層は新しい地層に覆われ地下深くに潜ってしまっている。それに対し、平野の周囲の山地や丘陵部は隆起しているため、古い堆積層や基盤岩が地表に露出している。そこで、高橋主任研究員らは、山地や丘陵部に露出している古い堆積層を直接観察することにより地表地質の層序(地層の重なり)・構造モデル(図4)を構築し、間接的に関東平野の地下深くに伏在している古い堆積層や基盤の特徴を推定した。


地表に露出する地層から復元された関東地方の層序・構造モデル図

図4 地表に露出する地層から復元された関東地方の層序・構造モデル

 関東山地周辺に露出する地層(およそ1650~1000万年前)について地質、年代、地質構造、堆積環境、古応力場、埋没史などを総括した。1500万年の不整合(積算層厚0mのライン)より古い堆積層の厚さは、地域によって大きく異なる。

研究の内容

 地表に露出する地層の観察から構築された層序・構造モデルに立脚し、関東平野西部の朝霞-鴻巣間(図5)で行われた反射法地震波探査記録を地質学の観点から見直した。その結果、関東平野西部の地下深部には複数のハーフグラーベン(図1B,図6)が伏在し、従来考えられていたよりも基盤の起伏が著しいことを明らかにした。同様のハーフグラーベンは、関東山地の秩父盆地や五日市盆地のほか八溝山地と阿武隈山地の境界部にも露出しており、いずれも1600万年前頃に日本海の拡大にともなって形成されたと考えられている。

 このように、関東平野の地下深部に伏在する複数のハーフグラーベンが、起伏に富んだ基盤形状の主要な原因であることが判明した。

 今回見出したハーフグラーベンによる基盤の形状と従来の考え方による基盤モデルについて地震動のシミュレーションを行ったところ、長周期の地震動の振幅が局所的に従来の予想よりも大きくなることが予想され(図1C)、地下深部の基盤の形状が地震動の大きさに影響を与える可能性が示唆された。長周期の地震動は固有周期の長い高層ビルや石油タンクなどへの影響が大きいことから、首都圏における地震防災に際しては、基盤の形状を複雑にしているこれら地下深部のハーフグラーベンの把握が重要であると考えられる。


朝霞-鴻巣反射法地震波探査測線位置図

図5 朝霞-鴻巣反射法地震波探査測線位置図(赤線部)

 周辺地域の地質図および平野域の重力図(ブーゲ異常)、および活断層や推定構造線(伏在断層)等をあわせて示す。測線の南部および北部において高重力異常部を横切っている。

関東平野および周辺地域の地質構造概念図

図6 関東平野および周辺地域の地質構造概念図

 関東平野の地下深部には日本海の拡大時期に形成されたハーフグラーベンが伏在し、基盤の起伏を複雑にしている。

今後の予定

 いくつかの平野の地下には日本海拡大以降の厚い堆積層が伏在していることから、それらの地域では関東平野と同様に地震動増幅の可能性が危惧される。また、関東周辺地域では1500万年前以降に伊豆-小笠原弧が衝突し続けており、基盤構造をさらに複雑にしていると予想される(図7)。このように、地質学的時間スケール(数10万年~数100万年程度の時間単位)で日本列島の形成過程を明らかにしつつ新たな視点を構築し、その観点で平野地下地質の地質学的検討を進め、首都圏の地震防災に必要な情報を提供できるようにしたい。

伊豆-小笠原弧と本州中央部との衝突の図

図7 日本海の拡大時期に形成されたハーフグラーベンを埋め尽くす厚い堆積層の分布と引き続く伊豆-小笠原弧と本州中央部との衝突



用語の説明

◆ハーフグラーベン(半地溝)
地殻が水平方向に引っぱられると、正断層に区切られたブロックが傾きつつ全体として水平方向に延びていく。このときブロックとブロックの間には三角形の凹みが形成され、その凹んだ部分は堆積物により埋め尽くされる(図8)。このように、片側を正断層で区切られたブロックが傾きつつ凹んだ部分をハーフグラーベン(半地溝)と呼ぶ。ちなみに両側を正断層で区切られたものはグラーベン(地溝)とされる。ブロックが傾く方向の断面では、堆積層は扇状の形態を示す(図9)。[参照元へ戻る]
グラーベンおよびハーフグラーベンの形成過程概念図

図8 グラーベンおよびハーフグラーベンの形成過程概念図

 水平方向に引っぱられた地殻は正断層によりブロック化する。両側を正断層で分断されたブロックはそのまま沈降しグラーベン(地溝)となるが、片側だけの正断層が活動するとブロックは傾きつつ沈降しハーフグラーベン(半地溝)を形成する。

日本海の拡大末期に形成されたハーフグラーベン概念図

図9 日本海の拡大末期(1600万年前)に形成されたハーフグラーベン概念図(秩父盆地の例)

 関東地方にはこのほか五日市盆地や八溝山地と阿武隈山地の間にも、複数のハーフグラーベンが形成された。同様のハーフグラーベンが関東平野の地下深部にも伏在し、基盤構造を複雑にしている。
◆(擬似)速度応答スペクトル
ある地震動が来たときに、どのような固有振動周期のものがどれだけ揺れるかを示すスペクトル(図10)。単純化して計算しているため、厳密には実際の建造物などの揺れを示すものではないが、例えば低層家屋より高層ビルが大きく影響を受けるといった傾向を知るには十分と考えられる。[参照元へ戻る]
疑似応答スペクトル概念図
図10 疑似応答スペクトル概念図
◆固有周期
建物の揺れやすい周期のこと。木造の平屋や2階建ての固有周期は、ほぼ0.1秒から0.5秒。一般的な鉄筋コンクリート造や鉄骨造の建物の1次固有周期は建物高さのおよそ0.015~0.02倍程度であり、200m級の超高層建物の固有周期は約4秒。大型貯蔵タンクや長大橋は、7秒から20秒。[参照元へ戻る]
◆反射法地震波探査
地面に人工的に震動を起こし、その震動が地下の地層の変わり目(地層境界)で反射して戻ってくる波をセンサーでキャッチして地下の様子を探る方法(図11左)。この方法によって、地下の地層が水平なのか傾いているのか、さらには褶曲していたり断層によって食い違っているのかを知ることができる。反射法では地下の地層の年代や岩石の種類などは分からないため、ボーリングによって直接地下の岩石を採取し分析することと組み合わされる場合が多い(図11右)。[参照元へ戻る]
反射法地震波探査(起震車による人工震動の発生)の様子とボーリング掘削状況の写真
図11 反射法地震波探査(起震車による人工震動の発生)の様子(左)とボーリング掘削状況(右)



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