独立行政法人産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)単一分子生体ナノ計測研究ラボ【ラボ長:馬場嘉信 名古屋大教授】の党 福全 研究員は、京都大学大学院工学研究科 田畑修教授およびスターライト工業(株)と共同で、高集積化したプラスチックデバイスを低コストで作製できる新規技術を世界に先駆けて開発した。さらに、デバイス中のDNAを高感度に検出できるシステムを開発し、このシステムにより、極微量の血液試料からがんなどの疾患の遺伝子診断が、短時間で実現できることを実証した。血液試料を得てから、診断データを得るのに必要な時間は、わずか16分であった。従来、遺伝子診断には、専門の施設において、数mLの血液試料と数時間を要していたが、本技術の開発により、デスクサイド・ベッドサイドで、簡便にかつ正確な遺伝子診断を迅速に行うことが可能で、疾患の遺伝子診断のみならず、SNPs解析による医薬品の効き目や副作用を予測するためにも極めて有効であると期待される。さらに、この技術を基盤として、将来は、在宅診断のための技術開発も可能になることが予測され、未然に生活習慣病やがんを予防する技術に結実するものと考えられ、少子高齢化社会における健康寿命の延伸に多大な貢献をなすものと期待される。この成果は、アメリカ化学会の科学誌Analytical Chemistry*の4月号およびイギリス化学会の科学誌Lab on a Chip*の4月号に掲載される。
まず、本研究では、プラスチックデバイスの低コスト作製技術を確立した(図1)。本方法では、ムービングマスクディープX線リソグラフィーを開発し、垂直よりわずかに傾斜(80-85度)をもたせた高集積化マイクロチャンネルを作製できる技術を世界で初めて確立した(図1B)。この技術によって、これまで困難であった高密度プラスチックデバイスのインジェクションモールディングによる大量生産を可能にした(図1A)。さらに、バイオデバイスの性能を決めるチップのカバー法について、新たな技術を開発し、高集積化プラスチックチップのカバリングを世界で初めて高精度に行うことに成功した(図1C)。この方法により、図2のようにわずか1 mmの幅に10本のマイクロチャンネルを作製したデバイスを低コストで作製することに成功した。これは、従来のものと較べ、数倍~10倍程度の高集積化を達成している。また、コストは、デバイスの需要にもよるが、従来の10分の1程度になるものと期待される。
さらに、図3に示すように、マイクロチャンネル中を移動する全てのDNAを同時に検出できるレーザー検出装置を開発し、高感度・高速にDNAを検出することに成功した(図4)。
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図4A
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図4B
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図4
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この方法を用いることにより、わずか3 µL(1滴の10分の1以下)の血液試料から抽出したDNAの特定遺伝子を高速に検出することが可能になった。図5では、遺伝子病診断のためのβ-グロブリン遺伝子の解析に、図6では、肺がん診断のためのSP遺伝子の解析に成功した。
これらの実験結果は、マイクロデバイスを遺伝子診断に応用するための実用化技術として極めて重要な基盤技術であり、今後、医学部などの協力を得て、臨床試験を積み重ねていき、3-5年後を目処に実用化する予定である。
バイオチップの研究は、日米欧の大学・国研・企業において、疾患診断などへの応用を目指して、熾烈な研究開発競争が展開されている。しかし、バイオチップの作製が煩雑で、コストが高く、また、チップの安定供給にも問題があるなど、実用化に向けた課題が多く残されていた。
産総研・単一分子生体ナノ計測研究ラボは、京都大学大学院工学研究科およびスターライト工業(株)と共同で、遺伝子診断などの臨床応用に適した、高集積化したプラスチックデバイスを安価にかつ安定に生産できる技術の開発を目指して、共同研究を行った。さらに、作製したプラスチックデバイスを遺伝子診断システムとして構築するための、DNA検出技術、血液前処理技術、遺伝子前処理技術などの開発も同時に進めることとした。
マイクロデバイスの作製技術の要素技術として、世界に先駆けた技術を開発し、高集積化マイクロデバイスを低コストに作製する技術と、DNAを高感度に検出できるシステムの開発を行い、わずか3 µL(1滴の10分の1以下)の血液試料から、わずか16分でがんなどの疾患の診断ができることを実証した。
本デバイスの遺伝子診断システムとしての性能を評価するために、医学部と共同で、臨床応用を目指した研究開発を進め、3-5年後の実用化を目指す。