独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光技術研究部門【部門長 渡辺 正信】は、国立大学法人 東北大学(以下「東北大」という)【総長 吉本 高志】多元物質科学研究所 中西 八郎 教授らのグループと共同で、磁場下で有機ナノ結晶の配向状態を制御・固定化したバルク異方性材料の作製に成功した【図1・2参照】。
有機オプトエレクトロニクス分野では、新たな機能の獲得を目的として有機分子の向きや並びを制御することが求められているが、無機物と異なり、これまでバルク状態で、有機分子の向きを効率的に揃える技術は存在しなかった。
本研究では、簡便で適応性に優れた有機ナノ結晶の作製法である「再沈法」を用いて、光重合性を持つアクリル酸エステルを分散媒とした有機化合物のナノ結晶分散系を作製し、これに強磁場下で紫外光を照射することにより、バルク異方性材料(アクリル樹脂)の作製に成功した。
作製されたアクリル樹脂は、ゴム状であるにもかかわらずその異方性は熱的に安定しており、これまで実現されていなかったセンチメートル(cm)サイズのものでも容易に作製できる。また、形状の自由度も大きく、様々な形状の樹脂を作製することができる。
今回開発した有機ナノ結晶の配向制御・固定化の技術は、他の有機物にも応用が可能であり、今後は有機オプトエレクトロニクス分野のみならず、幅広い分野への利用が期待される。
本研究開発の成果は、独立行政法人 科学技術振興機構【理事長 沖村 憲樹】の戦略的創造研究推進事業(CREST)「分子複合系の構築と機能」(平成10~17年度)により得られたものである。
この成果の詳細は、自然科学誌 Advanced Materials 1月31日号に掲載される。
図1 磁場下での有機ナノ結晶の配向
|
|
図2 様々なサイズのバルク異方性材料
|
有機材料はその構造の多彩さから様々な分野での応用が期待されている。プリンタブルTFTやフレキシブルELディスプレイなど、この有機材料の特長を生かしたデバイスの登場も間近であることから、有機オプトエレクトロニクス分野全般に対する関心は近年ますます大きくなっている。
この分野では、高度に有機分子の向きや並びを制御する(配向制御する)ことに注目が集っており、有機半導体、有機発光デバイス、有機非線形光学材料、フォトニッククリスタルなどでは、有機分子の配向制御によって新たな機能を発現させることができると予測されている。
しかしながら、これらの用途に用いることができるcmサイズのバルク状態で有機分子の配向を制御できる効率的な技術は存在しておらず、無機材料と比較して、有機材料に関するバルク異方性材料の作製技術が未熟であることは否めない。このため、有機オプトエレクトロニクス分野のよりいっそうの飛躍には、有機材料で無機材料のように配向制御されたバルク材料を容易に得る技術が求められていた。
東北大 多元物質科学研究所では、これまで「再沈法」という優れた手法を用いて様々な有機物のナノ結晶を作製することに成功しており、さらに、再沈法により作製した大きな双極子モーメントを持つ有機分子DAST (trans-4-[4-(dimethylamino)]stilbazolium p-toluenesulfonate)のナノ結晶分散系に対して電場を印加すると、異方的なナノ結晶が電場の向きに沿って配向する現象を観測していた。
一方、産総研においては、同じDASTナノ結晶の分散系が、強磁場中で反磁性相互作用により配向する現象を見いだしている。一つの有機分子では磁場から受けるエネルギーが小さいために、熱運動等の揺らぎにより磁場下での配向を直接観測することは難しいが、有機分子が多数集まった数十nm(ナノメートル:1nmは10億分の1m)程度のサイズの有機ナノ結晶では磁場から受けるエネルギーが熱運動と同程度になり、ナノ結晶の配向が起こることがわかった。磁場を用いた配向制御は,大きな双極子モーメントを持たない結晶にも適応できることから、電場による配向制御と相補的な役割を果たす技術といえる。磁場はバルク状態の分散系に対しても容易に印加でき、試料のサイズや形状の自由度が大きく、直接試料に接触することがないため水を含むあらゆる分散媒を利用できる、といった特長を持っている。
有機ナノ結晶は、有機分子の集合体であり、その中で有機分子は秩序よく並んでいる。しかしその一方で、有機ナノ結晶分散系の中では、たくさんの有機ナノ結晶が自由な方向を向いているので、バルク状態(全体)としてとらえると「有機分子は並んでいない」ように見えてしまう。もし、有機ナノ結晶分散系中の一つ一つの有機ナノ結晶の方向を揃えることが出来れば、cmサイズからそれ以上の領域で分子の方向がそろった材料を作製することが出来る。既に、電場もしくは磁場の中で有機ナノ結晶分散系中の有機ナノ結晶の方向を揃えることが出来ることは実証されているが、これらを取り除くと有機ナノ結晶の方向はバラバラになってしまうため、これを固定化する技術の開発が必要であった。
DASTナノ結晶分散系は、カチオン性界面活性剤(n-ドデシルトリメチルアンモニウムクロリド)を含んだDASTエタノール溶液を分散媒であるアクリル酸エステルに注入して作製された【図3参照】。
|
図3 「再沈法」によるDASTナノ結晶分散系の作製方法
|
DASTナノ結晶分散系の異方的な配向固定化は、磁束密度17 T(テスラ)まで印加可能な超伝導磁石中、光重合反応の開始剤としてベンゾインイソプロピルエーテルを分散系に加え、窒素置換の後、紫外光を照射することによって行なわれた【図4参照】。
|
図4 磁場により有機ナノ結晶分散系を異方的に配向固定化するプロセス
|
DASTナノ結晶分散系を固定化すると赤色半透明のゴム状の固体となるが、固定化された配向状態は熱的に非常に安定で、室温で6ヶ月以上、100℃でも24時間以上、全く変化が観測されなかった。図5に15 Tの磁場下で光重合させたDASTナノ結晶分散系の偏光吸収スペクトル((C)は磁場印加しない時のスペクトル)を示す。吸収極大では、磁場の方向に対して平行な偏光を入射した場合図5(A)と垂直な偏光を入射したとき図5(B)の吸光度の差は約0.4あり、偏光子を介せば目視にても十分に分かるレベルである【図6参照】。
|
図5 15 T磁場下、異方的に配向が固定化されたDASTナノ結晶分散系の偏光吸収スペクトル
|
|
図6 15 T磁場下、異方的に配向が固定化されたDASTナノ結晶分散系の写真
(左)透過光が最大になるように偏光子が設置された場合
(右)偏光子を90度回転させた場合
|
使用したDASTはテラヘルツ波の発生材料としても注目されており、今回実現したDASTのバルク異方性材料の光学特性の評価を進めていくとともに、より精密さを増した有機ナノ結晶の配向制御技術の開発を目指していく。また、開発した有機ナノ結晶の磁場配向制御と固定化の手法を他の化合物群にも順次適用範囲を広げる予定である。