独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という) 光技術研究部門【部門長 渡辺 正信】は、有機半導体を用いる有機薄膜太陽電池において、p - n接合界面に有機半導体が分子レベルで3次元的なp - n接合を形成するナノ構造層(i層)を新たに導入し、p-i-n接合とすることで光電変換層が拡大し、光の利用効率が改善されることを見出し、これを有機半導体層に用いたp-i-n接合型有機薄膜太陽電池により、AM1.5Gの擬似太陽光の条件下において、世界最高レベルのエネルギー変換効率4%を達成した。これにより、軽量・フレキシブルなプラスチックフィルム太陽電池の実現を加速することができるものと期待される。
低コストなフレキシブル太陽電池としての実用化が期待されている有機薄膜太陽電池は、現在普及しているシリコン太陽電池と同様の半導体としての機能に基づく固体型の太陽電池であり、30年以上に及ぶ長い研究開発の歴史があるが、これまで低いエネルギー変換効率しか得られておらず、実用化のためにはエネルギー変換効率の高効率化が最大の課題とされていた。
固体型の太陽電池は有機、無機半導体を問わずp - n接合の光起電力効果を原理としている。これまで有機薄膜太陽電池では、有機半導体で形成されるp - n接合の光電変換層の厚みが数ナノメートル程度しかないため、従来型の単純積層型太陽電池では光の利用効率が悪く、大きな光電流を取り出すことができなかった。このため有機薄膜太陽電池のエネルギー変換効率を向上させるには、光電変換層の拡大による光の利用効率の改善が鍵とされていた。
今回産総研は、有機半導体が分子レベルで3次元的なp - n接合を形成するナノ構造層(i層)をp - n接合界面に新たに導入することで、分子レベルでのp - n接合形成を可能とするナノp - n接合が多数形成され、光電変換層が拡大できることを見出した。
n型有機半導体としてフラーレン(C60)、p型有機半導体として亜鉛フタロシアニン(ZnPc)を用い、ZnPcとC60で形成されるp - n接合界面にZnPcとC60を混合したナノ構造層(ZnPc:C60=i層)を導入してp-i-n接合型有機薄膜太陽電池を作製したところ、そのエネルギー変換効率は約4%を示した。これはAM1.5Gの擬似太陽光下で評価した有機薄膜太陽電池としては最高レベルの値である。
本研究開発成果は、有機半導体層のトータル膜厚が50nm(p層:5nm、i層:15nm、n層:30nm)(1ナノメートル:10億分の1メートル)という薄い状態でも高いエネルギー変換効率の太陽電池特性が得られることを明らかにしたもので、単位膜厚当たりに換算すると、これは無機材料も含めた全太陽電池の中でも最高の値である。今回開発した有機薄膜太陽電池では、その薄さのためにまだ多くの光が利用されていない状態であり、タンデム化により、さらに光の利用効率を向上させることで、今後大幅なエネルギー変換効率の改善が可能となるものと期待される。このように、有機薄膜太陽電池のエネルギー変換効率の高効率化の目途が立ったことは、プラスチックフィルム太陽電池の実現を大きく加速するものである。
|
写真 現在主流のシリコン太陽電池(左)とプラスチックフィルム太陽電池(右)
|
クリーンで尽きることのない太陽エネルギーを利用する太陽光発電は、地球温暖化を防止するためにも有望なため、将来の国産エネルギーとして大きな期待が寄せられている。現在普及しているシリコン系太陽電池の現時点の発電コストは、家庭用電力料金の約 3 倍、業務用電力料金の約 6 倍と依然割高であるため、太陽光発電のさらなる普及のためには、太陽電池の低コスト化が不可欠であり、その実現に向けた各種新型太陽電池の実用化の可能性が論じられている。その有力候補の一つとして、プラスチックなどのフレキシブル基板を用いて印刷製造プロセスを導入することにより、太陽電池の大幅な低コスト化を実現できると言われている有機薄膜太陽電池があり、21世紀に入ってから欧米を中心に研究開発が盛んになっている。
半導体には、キャリアの電気的な正負の性質から区別されるp型半導体(プラスの電荷を持つ「正孔」(ホール)が電流を伝える役割を担う半導体)とn型半導体(マイナスの電荷を持つ伝導電子が電流を伝える役割を担う半導体)があるが、有機材料でもこれら半導体的な性質を示すものが多く知られている。こうした有機半導体をシリコンなどの無機半導体の代わりに用いることで、低コストなフィルム太陽電池が開発できないかというアイデアは意外と古く、既に1970年代後半から研究が行われてきた。しかし、エネルギー変換効率は1%程度からなかなか向上しないために研究開発の停滞が続き、何らかのブレークスルーによるエネルギー変換効率の向上が期待されていた。
一方、有機薄膜太陽電池と類似した構造の発光素子である有機EL素子は、1980年代後半からと有機薄膜太陽電池と比較して遅れて研究開発が始まったにもかかわらず、既に実用化されるに至っており、その過程で有機半導体デバイスに関する様々な知見が蓄積されてきた。また、サッカーボール型分子として脚光を浴びたフラーレン(C60)が優れた n型有機半導体として機能することが明らかとなり、有機薄膜太陽電池が復活するための条件が整いつつあった。
しかし、この n型有機半導体であるフラーレン(C60)と、代表的なp型有機半導体であるフタロシアニンの誘導体(ZnPc)を用いて、有機版のp - nへテロ接合型太陽電池を作製しても、大きなエネルギー変換効率の改善は見られなかった。これは、有機半導体のp - n接合界面で形成される光電変換層の厚みが数分子層(数ナノメートル)程度であり、シリコン太陽電池の光電変換層の厚み(約1マイクロメートル)と比べて3桁ほど薄いため、ほとんどの太陽光が吸収されずに素通りしてしまい、入射した光の内でわずかな量しか光電変換に利用できていなかったためである。
本研究開発は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 牧野 力】の委託事業、太陽光発電技術研究開発・革新的次世代太陽光発電システム技術研究開発「有機薄膜太陽電池の研究開発(平成14~16年度)」の支援を得て実施された。
産総研では、有機半導体のp - n接合界面で2次元的に薄くしか形成されない光電変換層を、3次元的に拡大して光の利用効率を向上させるためのデバイス設計を行ってきた。その結果、p型有機半導体のフタロシアニンの誘導体(ZnPc)とn型有機半導体のフラーレン(C60)で形成されるp - n接合界面にZnPcとC60を混合したナノ構造層(ZnPc:C60)を導入することにより、分子レベルでのp - n接合形成を可能とするナノp - n接合が多数形成されることで光電変換層の実効的厚みが増え、エネルギー変換効率が改善されることを見出した【図1参照】。
|
図1 p - n接合へのナノ構造層(i層)の導入による分子p - n接合界面の増大
|
p型とn型の分子が混在するZnPc:C60層は、電子と正孔の数がほぼ同数であるため、マクロには真性半導体層(i(intrinsic semiconductor)層)とみなすこともでき、今回開発した太陽電池は有機版のp-i-n接合型太陽電池であるとも言える。p - n接合界面に真性半導体層であるi層を導入してp-i-n接合とすることで光電変換層の厚みを増やす手法は、シリコンなどの無機太陽電池でも良く用いられている。
以下にその技術内容を示す。
(1)真空蒸着法によりp-i-n接合型有機薄膜太陽電池を作製した。i層は、共蒸着法により体積比で [ZnPc]:[C60] = 1:1となるように制御して形成した。有機半導体層の各層の膜厚は、p層:5nm、i層:15nm、n層:30nmのトータル50nmとした。また、各電極と有機半導体層界面には、コンタクトを良好にするための有機バッファー層を導入した【図2参照】。
(2)今回作製したp-i-n接合型有機薄膜太陽電池は、AM1.5Gの擬似太陽光照射下で約4%と有機薄膜太陽電池として世界最高レベルのエネルギー変換効率を示すことが明らかとなった。
(3)このp-i-n接合型有機薄膜太陽電池の電流-電圧特性は、一般的な太陽電池の理想等価回路に基づいて動作特性の解析が可能であった。その結果、有機半導体層が50nmという薄さにもかかわらずダイオード因子が1.6とシリコンダイオード並みに優れていることが判明した。ダイオード因子は値が1に近いほど理想的なp - n接合が形成できていることになり、エネルギー変換効率の点で有利となるため、この結果から、今回作製したp-i-n接合型有機薄膜太陽電池においても良好なp - n接合形成が可能であり、さらに高効率の有機薄膜太陽電池を実現できる潜在的可能性を秘めていることが判った。
(4)i層膜厚を連続的に変化させた場合の太陽電池特性を評価したところ、i層膜厚が増えると光の利用効率が向上してキャリア発生量が増加する一方、キャリア輸送能は逆に減少してしまうため、エネルギー変換効率が極大となるi層膜厚が存在することが明らかとなった。これは、i層中ではp型とn型の分子が共存しており、発生したキャリアが再結合してしまう確率も大きくなっているためである【図3参照】。現状では、i層中でのp型およびn型の分子の凝集構造を特に制御していないため、i層膜厚は15nmが最適値となっているが、i層中にナノ構造制御を施すことで、i層膜厚を増加させてもキャリアが再結合しない工夫ができれば、さらなるエネルギー変換効率の向上が可能である。
|
図3 i層の厚みとキャリア輸送・キャリア発生の関係
|
今回開発したp-i-n接合型有機薄膜太陽電池において、i層膜厚を増加してエネルギー変換効率をさらに向上させるためには、i層中のキャリア輸送効率を高めるためのナノネットワーク構造を形成する必要があり、そのための作製技術の開発を行っていく予定である。また、さらに光の利用効率を改善するために、有機薄膜太陽電池を多層積み重ねるタンデム化・スタック化の技術開発を行う予定である。
本研究開発成果は、プラスチックフィルム太陽電池を実現するために必須な、有機薄膜太陽電池のエネルギー変換効率向上のための指針を示したものである。しかしながら、有機薄膜太陽電池は動作原理が充分に解明されていない部分も多く、動作原理の解明と同時にさらなるエネルギー変換効率向上に向けた研究開発を行っていく予定である。