独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)活断層研究センター【センター長 杉山 雄一】は、17世紀に千島海溝で発生した巨大地震の後に、北海道東部の太平洋沿岸が数十年かけて1~2m隆起したことを明らかにした。この海岸の隆起は、プレート間地震の地震発生帯より深部の断層が非地震性のすべりを起こした結果と考えられる。
北海道東部の太平洋岸では、測地学的データ(過去100年程度の平均値)は海岸が沈降していることを示すのに対し、地質学的データ(過去10万年程度の平均値)は海岸がゆっくりと隆起してきたことを示す。この、正反対の挙動のなぞを解くために、産総研が海岸付近の地層に含まれる火山灰層、津波の痕跡(津波堆積物)、珪藻化石を調べたところ、17世紀に発生したプレート間連動型地震の後に、北海道東部の海岸が数十年かけて1~2m隆起していたことが明らかになった。この海岸隆起を説明するために断層運動による海岸の変位量をモデル計算したところ、プレート間地震の発生帯より深部における断層運動によって説明できた。 2003年十勝沖地震の後にも数cm程度の小規模な余効変動が確認されているが、数十年かけて1m以上も海岸が隆起する大規模な変動は日本ではこれまで知られていなかった。
※ 本研究成果は、自然科学系雑誌 Science の12月10日号に掲載された。
産総研では、全国の活断層や海溝で発生する大地震の長期予測を行うため、過去の地震の履歴を調査・研究している。その一環として平成13年度以来、北海道東部の太平洋岸において、過去の地震・津波・地殻変動の痕跡調査を行ってきた。北海道東部の歴史記録は19世紀初頭(西暦1800年頃)以降しかないため、それ以前の地震・津波・地殻変動について、主に地質学的手法により調査・研究を行っている。平成15年度には、津波堆積物の調査から、17世紀にプレート間地震の連動による巨大地震が発生したことを明らかにした。
北海道東部の太平洋沿岸では、過去100年間に、年間約1cmの割合で海岸が沈降したことが測地学的データから明らかになっている。千島海溝沿いで発生した1952年・2003年の十勝沖地震や1973年根室半島沖地震(図1)の際には、海岸はさらに10cm程度沈降した。これらの地震の後に、余効変動によって海岸が隆起したことが報告されているが、その量は地震に伴う沈降を解消する程度であった。一方、地質学的なデータは過去10万年に海岸がゆっくりと(年間平均0.02-0.05cm)隆起してきたことを示す。測地学的時間スケール(100年程度)と地質学的時間スケール(10万年)とでは、海岸の変動が正反対であり、このなぞは、歴史上知られていない海岸の隆起が発生したことを示唆する。
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図1
北海道南東の千島海溝沿いでは、根室沖・十勝沖でプレート間大地震が発生する。17世紀には、これらが連動した巨大地震が発生したことが、津波堆積物や樽前火山・駒ケ岳火山の火山灰から明らかとなっている。
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産総研が釧路支庁浜中町藻散布沼及び霧多布湿原において行ったボーリング調査によると、海の泥が堆積する過去の入り江環境が、津波堆積物の堆積した後に、泥炭層が堆積する淡水湿地環境に変化していたことが明らかになった。この津波の前後の環境の変化は、地震に関連した海岸隆起を示していると判断された。また、津波堆積物直上に堆積した火山灰層から、地震とそれに関係した海岸隆起は17世紀に発生したことが明らかとなった。
当時の海岸隆起量を推定するために堆積物中の珪藻化石を調べたところ、津波堆積物が堆積する前には、海岸は沈降し続けていたことが明らかになった(図2)。津波堆積物の堆積以降は、この沈降傾向が逆転し隆起傾向となる。珪藻化石から推定された過去の海岸の標高は津波の前後でほとんど変化が見られないことや、火山灰層と泥炭層の層厚から判断して、海岸は地震と同時に隆起したのではなく地震後にゆっくりと隆起したと考えられる。このような調査を、釧路支庁厚岸町から根室市までの12地域で行ったところ、海岸の隆起量は1~2mと推定された。
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図2 海岸付近の地層(左の写真)に含まれる珪藻化石(中央の図)から、海岸の標高の時間変化(右図)を推定した。17世紀の巨大地震に伴う津波によって運ばれた砂層とその上部の火山灰層の間に、海の泥と泥炭の層が挟まれている。この中に含まれる珪藻化石から、海岸がゆっくりと隆起したことが明らかとなった。
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海岸が隆起した原因を調べるため、プレート間の断層運動による地殻変動を計算して、珪藻化石から推定した海岸隆起量との比較を行った(図3)。断層モデルとして、現在プレート間の固着が観測されており通常のプレート間地震が発生する深さ(地震発生帯:深さ15~55km)がすべるモデルと、地震発生帯より深部(深さ55~85km)がすべるモデルを想定した。計算によると、地震発生帯の断層運動では海岸はほとんど変動せず、それより深部の断層運動によって約1.5m隆起する。珪藻化石から推定された海岸の隆起は、地震発生帯より深部の断層運動によってのみ説明できる。
以上の結果は、17世紀のプレート間地震後に大規模な余効変動が発生したことを示す。海洋プレートが陸側プレートに沈み込む地域では、プレート間において蓄積した歪は、地震動を伴った断層運動だけでなく本震後数日から数年規模で継続する余効変動によっても解放される。 1960年チリ地震(M 9.5)、1964年アラスカ地震(M 9.2)では、地震後から現在まで数十年規模で余効変動が継続している。これらのM9クラスの超巨大地震に匹敵する規模の余効変動が北海道で発生していたことが地質学的な痕跡から明らかとなった。
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図3 珪藻化石から推定した17世紀の海岸隆起は、プレート間地震に伴う地殻変動(緑線)では説明できず、震源域より深部の余効変動(赤線)によってのみ説明できる。
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産総研では、全国の活断層の調査・研究のほかに、本研究で扱ったような日本周辺の海溝で発生する地震の履歴・多様性を明らかにするため、海岸や海底における地質学的調査を実施している。今後も、これらの調査結果を海底地質構造・地殻変動モデリング・津波シミュレーションなど組み合わせることによって、地震像を明確にし、海溝型地震の長期予測に貢献する。