独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)近接場光応用工学研究センター【センター長 富永 淳二】、財団法人 高輝度光科学研究センター【理事長 吉良 爽】、米国Yeshiva大学、Washington大学からなる研究チーム【チームリーダー アレキサンダー・コロボフ】は、茨城県つくばにあるフォトンファクトリーおよび兵庫県播磨にある大型放射光施設(SPring-8)を用いて、三種の神器の一つとしてヒットしている書き換え可能な光ディスクの代表的な記録材料であるゲルマニウム・アンチモン・テルリウム(Ge2Sb2Te5)相変化薄膜材料の結晶構造と、その記録状態にあるアモルファス構造を詳細に解析することで、20年以上にわたって議論されてきたゲルマニウム・アンチモン・テルリウム合金の高速記録消去原理を明らかにした。
その結晶構造は、従来認識されていた構造とは異なり、プラスに帯電した空孔を中心に配置し、格子点からテルリウム、ゲルマニウム、アンチモンがわずかに外れて位置した「歪んだ岩塩構造」から構成されていることが明らかとなった。従来、プラスに帯電した空孔はランダムに結晶内部に存在するものと考えられていたが、ゲルマニウム、アンチモン、テルリウムが取り囲む二次元的なリングの中に安定に存在していることが解明された。
また、一般に「アモルファス」とはランダムに原子が存在する状態をいうが、ゲルマニウム・アンチモン・テルリウムではこれとは全く異なり、これまでアモルファス相と呼ばれてきた記録状態には、しっかりとした共有結合をもったユニット構造が存在し、単にユニット格子内のゲルマニウムがテルリウムとの弱い八面体構造(結晶状態)から強い四面体構造へ遷移し格子を歪ませ、アモルファス相らしく振舞っているに過ぎないことが初めてわかった。これまで長い間謎であった記録状態のアモルファス相と消去状態の結晶相の高速での書き換え(相転移)は、融解のような潜熱を伴うものではなく、実はゲルマニウム原子の結晶内部での「アンブレラ・フリップ・フロップ」により生じるため、僅かなエネルギーで簡単に記録状態と消去状態間を行き来できることが解明された。
今後は、引き続き国際研究チームを組織して、組成の異なる相変化材料についても解析を進め、アモルファス相の本質と結晶転移、さらには二次相転移現象の解明を行っていく予定である。
なお、本研究成果の詳細は、Nature Materials 2004年10月号に掲載される。(Advance Online Publication, 12 September 2004にも発表)
1982年にコンパクトディスク(CD)が発売されて以来、光ディスクは進化を遂げ、書き換え可能なCDや、音楽ばかりではなく映画を丸ごと2時間以上録画可能なディ・ブイ・ディ(DVD±RWまたはDVD-RAM)が開発されている。現在、ミニディスクを除く記録消去可能な光ディスクのほとんどは、テルリウムまたはアンチモンを主成分とするカルコゲンと呼ばれる化合物を材料とした20ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)程度の薄膜を用いて、レーザービームによってその結晶相とアモルファス相間の大きな屈折率差を反射率差に変換するという、相変化光記録消去法と呼ばれる方式により信号の記録・再生を行っている。カルコゲン材料の光学的なスイッチング特性は、1960年代に米国のオブシンスキーによって発見され、日本では松下電器産業や日立製作所等が中心となって光ディスクへの応用研究が進んできた。1990年代にはDVDの商品化とともに記録消去可能なDVDの開発も並行して行われ、DVD-RAMやDVD±RWといった光ディスクが商品化された。現在ではハードディスクと光ディスクが一体となったDVDレコーダーが爆発的にヒットし、現代の三種の神器の一つと言われている。
しかしながら、光ディスクへの応用開発と同時に、カルコゲン材料の光スイッチング現象や構造解析、光学特性変化に関連した基礎的研究も行われてきたが、その代表的な記録材料であるゲルマニウム・アンチモン・テルリウムからなる三元化合物と銀・インジウム・アンチモン・テルリウムからなる四元化合物構造が生み出す大きな光学定数(屈折率や透過率)変化についての詳細は、これまで解明されておらず、特にアモルファス相がいかなるものであるかについての知見はほとんど得られていなかった。従来の解釈では、ゲルマニウム・アンチモン・テルリウム三元化合物は、20%の空孔を伴った岩塩結晶と類似した構造からなり、格子点に互い違いにテルリウムとゲルマニウム、アンチモンが配置されているものと考えられていた。また、記録状態となるアモルファス相は、これらの原子や空孔がランダムに存在する状態であると推測されていたが、実用化されてすでに広く普及している書き換え型光ディスクの根幹をなす相変化材料の結晶アモルファス相転移の機構は、実は未だに解明されていないという状況が続いていた。
産総研 近接場光応用工学研究センターでは、2003年より、相変化薄膜材料の未解明な構造上の謎と高速相変化機構の解明を目的として、同研究センター近接場光基礎研究チームのアレキサンダー・コロボフ(Alexander Kolobov)主任研究員を中心として、財団法人 高輝度光科学研究センター、米国Yeshiva大学、Washington大学らと国際研究チームを組織し、茨城県つくばにあるフォトンファクトリーと兵庫県播磨にあるSPring-8と呼ばれる高輝度放射光装置を用いて、実際にDVDディスクの記録消去状態を詳細に解析することにより、相変化薄膜材料の構造と現象の双方に矛盾のない高速相変化機構の解明を進めてきた。今回の成果は、この研究活動の一環として得られたものである。
今回用いたサンプルディスクには、実際に市販されている書き換え型光ディスクの構成と同じ材料(ゲルマニウム・アンチモン・テルリウム、2-2-5系)を用いて作製し、一旦レーザービームによって初期化と呼ばれる結晶化過程を経た後、パルスレーザーを用いてアモルファス相を得た。このサンプルディスクから上部の誘電体層と反射膜を剥離し、相変化材料表面をフォトンファクトリー(BL12Cライン)およびSPring-8(BL01B1ビームライン)と呼ばれる高輝度放射光装置を用いてXAFSおよびXANESによる解析をそれぞれ行った。
ゲルマニウム、アンチモン、テルリウムそれぞれの原子が持つK-edgeと呼ばれる特性X線解析から、テルリウム-ゲルマニウムの原子間距離は2.83オングストローム(1オングストロームは10分の1ナノメートル)、テルリウム-アンチモン間は2.91オングストロームで、アンチモン-ゲルマニウム結合は存在しないことがわかった。実験誤差は ±0.01オングストロームであった。また、第二近接状態にあるテルリウム-テルリウム間は4.26オングストロームであることから、6配位にある岩塩構造とは言い難く、4配位の構造をもつことが確認された。従来のX線による構造解析での各原子の格子点からの平均ゆらぎが0.04平方オングストロームであることから、XAFSによる偏差は非常に小さく、この比較からゲルマニウムとアンチモンはランダムに岩塩構造の格子点を占めるのではなく、強誘電体特性をもつゲルマニウム-テルリウム二元系材料と同様に、テルリウムと強い相関をもった歪んだ岩塩構造をもつことがわかった。さらにゲルマニウムおよびアンチモンの原子半径と結合数を考慮すると、均一な結合長をもつのではなく、強い結合と弱い結合からなる図1に示されたような構造をとり、この構成ブロックが二次元的に結合した構造によって歪んだ岩塩構造が出来上がっているものと考えられる。
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図1 ゲルマニウム・アンチモン・テルリウム相変化化合物結晶構造の基本ブロックとその配列構造 a)基本骨格、b)完全結晶配列(六方晶)、c)不完全な結晶(歪んだ岩塩構造)(CopyrightはNature Publishing)
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また、アモルファス相と呼ばれる状態は、図1(a)のように中心にプラスに帯電した空孔をもちリング状に共有結合したゲルマニウム-テルリウム-アンチモン-テルリウム-ゲルマニウム-テルリウム-アンチモン-テルリウム-からなる二次元ブロックを維持しており、この隣接リングとの間でゲルマニウムとテルリウムの弱い共有結合が切れることで「アモルファス」構造を呈することがわかった。このとき、アンチモン-テルリウム間の弱い結合は切れない。これは即ちユニット格子内のゲルマニウムのみがテルリウムとの弱い八面体構造(結晶状態)から強い四面体構造を取ることで格子が歪み、アモルファス相らしく見えているに過ぎないということが初めてわかった(図2)。
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図2 ゲルマニウム・アンチモン・テルリウム化合物の 結晶-アモルファス転移のモデル(赤色のゲルマニウム原子が緑の面を境に行き来する)(CopyrightはNature Publishing)
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この実験解析結果は、これまで謎とされてきた「アモルファス相でのテルリウム-ゲルマニウム間距離が収縮する一方で、結晶相の体積が減少する」という矛盾した特徴をよく再現できる。また、結晶構造においても従来考えられていた結晶格子点に原子と空孔がランダムに配置されたものではなく、プラスに帯電した空孔を中心としたリング状共有結合からなるゲルマニウム-テルリウム-アンチモン-テルリウム-ゲルマニウム-テルリウム-アンチモン-テルリウム-二次元ブロックを単位とした積層構造から構成されていることが解明された。この構造モデルでは、各原子はプラスに帯電した空孔のため各々の格子点からわずかにずれた位置に存在しており、これまでX線解析等で知られていた原子位置の誤差とよく一致する。このことは、研究チームの提案した構造モデルが現実の相変化記録消去原理を示しているものといえる。
このように、ゲルマニウム・アンチモン・テルリウム相変化材料は、特殊な結晶-アモルファス相転移を行う。隣接するリング構造間の弱いゲルマニウム-テルリウム結合が切れるのみでの相転移であることから、アモルファス相への転移(あるいは逆に結晶相への転移)時に必要となる活性化エネルギーは、これまで測定されてきた2エレクトロンボルトより遥かに小さいはずであり、また、潜熱も弱い結合を切るだけでよく、アモルファス化に時間とエネルギーを浪費する必要はない。したがってフェムト秒(10-15秒)程度の短時間でもアモルファス化が可能なのだと思われる。また、図2に示すように基本的にはテルリウムの面心立方格子内の中心に位置したゲルマニウム原子が四つの強い結合と二つの弱い結合からなる状態から「アンブレラ・フリップ・フロップ」転移によって四つの強い結合のみとなるためゲルマニウムの原子位置がシフトする。これは中心電荷の対称性を崩すが、この事実から強誘電特性をもつことが予想できる。このユニット格子内でのゲルマニウム単一原子の位置のずれをメモリーとしてとらえれば、将来は単一原子メモリーデバイスとして応用が可能と考えられる。
今回解析したゲルマニウム・アンチモン・テルリウム相変化材料は、このように従来の光記録への応用のみならず、オーボニックメモリーの材料としても期待されており、1平方インチサイズで10テラビットを超える究極の記憶デバイスの実現を可能にする夢の材料であるということが再認識されたものといえる。
今回の成果を踏まえ、他の相変化材料である 銀-インジウム-アンチモン-テルリウム材料等を、引き続き国際研究チームを組織しながら解析し、今後のデバイス材料への可能性を含めて基盤研究を推進していく予定である。