独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)計測標準研究部門【部門長 田中 充】は、放射能測定装置である電離箱を、インターネットを利用して遠隔校正を可能とするシステムを開発し、実際に日本アイソトープ協会(以下「RI協会」という)の電離箱の遠隔校正を実施することにより、その有効性を得た。
このようなインターネット等の情報通信技術を利用した校正は、「e-trace」と名付けられ、新エネルギー・産業技術総合開発機構【理事長 牧野 力】(以下「NEDO技術開発機構」という)からの委託により、産総研が世界に先駆けて研究しているテーマである。
これまで、計量法における認定事業者であるRI協会の電離箱は、特定標準器を保持する産総研に持ち込んで校正を行っていた。しかし、この方法では、電離箱が輸送の際に破損する恐れがある、往復する期間は機器を利用できないなど、コスト、リスク、スピード等の面で欠点があり、効率化が求められていた。
開発した遠隔校正システムは、つくば市の産総研と東京都文京区のRI協会との間を、インターネットを介して通信することで、RI協会に電離箱を設置したまま校正が行えるようにするものである。今回は、仲介標準線源を産総研で製作して、RI協会へ送付し、遠隔校正システムで、産総研から遠隔的にRI協会の電離箱を操作することで、校正を行うことができた。これにより、放射能測定装置において遠隔校正が行えることが確認された。
放射能測定装置の遠隔校正が可能になったことにより、今後は、医療現場で医薬品として用いられ、校正に時間的制約があり、直接産総研からトレーサビリティが確保されていなかった半減期の非常に短い放射性核種の校正等にこの手法を適用し、より正確な校正を行うことを目指す。
このため、遠隔校正対応型の医療用放射能測定装置を現在開発中であり、今年秋ごろから実験を開始する予定である。
また、本来放射線測定は、遠隔操作や自動測定で行われていることから、今後、このインターネットを利用した遠隔校正の手法が広く放射線測定全般に応用できると期待できる。
現在、RI協会の電離箱の校正は、校正対象機器を産総研に持ち込む形態をとっている。しかし、輸送の際に紛失や破損の危険が伴う、往復に要する期間は機器を利用できないなど、現代の社会情勢において、コストやリスク、スピード等の面で効率化が求められていた。
当技術は、NEDO技術開発機構からの委託研究「計量器校正情報システムの研究開発」(平成13~17年度)による成果である。「e-trace」と名付けられた本研究開発は、インターネットや光ファイバー、GPS(全地球測位システム)等の情報通信技術を利用し、時間、長さ、電気、放射能、温度、三次元量、流量、圧力の8分野において、各量の遠隔校正技術の開発を目指すもので、産総研が中心となって実施されている【図1参照】。
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図1 e-trace(計量器校正情報システム)の概念
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開発した遠隔校正システムは、つくば市の産総研と東京都文京区のRI協会との間を、インターネットを介して通信することで、RI協会に電離箱を設置したまま校正が行えるようにするものである【図2参照】。
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図2 放射能のe-trace標準供給スキーム
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電離箱は高圧の窒素が封入されているタイプの電離箱である。この電離箱に標準線源を入れて測定することにより校正を行う。標準線源が適切に電離箱に設置されているかは、TV会議システムで確認される。標準線源により電離箱から出力される電離電流を、エレクトロメータで測定する。エレクトロメータはGPIBバスにより計算機で制御され、測定データは計算機に取り込まれる。計算機はEthernetケーブルでインターネットに接続されており、TCP/IPにより、産総研とRI協会の相互に通信される。制御計算機から、産総研のエレクトロメータと、RI協会のエレクトロメータをコントロールする。この制御プログラムを独自に開発した。機器設定は産総研の制御計算機からすべて行なえる。取得した生データ、および、放射能の算出結果は産総研に設置されたデータサーバに蓄積される。
遠隔校正の実施にあたり、産総研において仲介用標準線源を作製した。Cd-109、Co-57、Ce-139、Sr-85、Cs-137、Cs-134、Co-60、Y-88を塩酸溶液の状態でガラス製のアンプルに封入した。これらの線源を、産総研の電離箱を用いて値付けした。値付けされてできた標準線源をRI協会に送付した。遠隔校正は産総研からRI協会の電離箱を操作することで行った。166mHo標準線源(No.98-101)を基準とし、それぞれの核種の等価放射能を求め校正値とした。等価放射能とはこの場合、166mHo標準線源(No.98-101)によって得られる電離電流と等しい電離電流を得るのに必要な各核種の放射能値である。
表 今までの校正方法とe-traceでの等価放射能値
これらの結果から、e-traceを用いて校正を行っても、不確かさの範囲内において従来の方法と等しい校正結果が得られることがわかった。
今後は、医療用放射性核種の校正をより正確に行うため、この成果を適用することを予定している。
医療現場では診断用の放射性医薬品が数核種用いられている。特に近年は腫瘍の診断にF-18(半減期109.8分)のように、極めて半減期の短い放射性核種も用いられるようになった。このような極短半減期核種の放射能については、産総研に持ち込んでの校正が困難なため、より半減期の長い核種を用いての校正が行われていた。即ち、F-18を用いてのトレーサビリティの確保は行われていなかった。しかし、F-18を直接用いることができれば、より正確で信頼性の高い校正を行うことができる。
このため、F-18製造施設のあるRI協会滝沢研究所(岩手県滝沢村)における医療用放射能測定装置について、茨城県つくば市の産総研から遠隔校正を試みる。現在放射線測定機器メーカーであるアロカ株式会社と協力し、遠隔校正対応型の医療用放射能測定装置を開発中で、今年秋ごろから実験を開始する予定である。
また、本来放射線測定は、遠隔操作や自動測定で行われていることから、今後、このインターネットを利用した遠隔校正の手法が広く放射線測定全般に応用できると期待できる。