独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)ナノカーボン研究センター【センター長 飯島 澄男】は、株式会社日立ハイテクノロジーズ【代表執行役執行役社長兼取締役 林 將章】(以下「日立ハイテク」という)と、世界最高感度を持つ元素分析装置【図1参照】を開発した。本装置は走査型透過電子顕微鏡と電子線エネルギー損失分光器を組み合わせたもので、従来の元素分析装置より一桁以上高い検出感度を実現し、単原子の識別をも可能とする原子ひとつひとつの分析に成功した。
カーボンナノチューブをはじめとするナノ材料では、たとえ1個の異種原子が混入しているだけで、そのデバイス特性が著しく変化することも頻繁に起こる。また、生体分子においては、例えば、タンパク中のアミノ酸配列を直接読みとるために、単原子レベルの感度をもつ検出技術は必要不可欠である。そのため、ナノ材料・生体分子中の構成元素を単原子レベルで分析することは、ナノ・バイオテクノロジー全般に関わる必須の基盤技術として求められていた。
単原子レベルでの元素分析は、世界でもこれまで一、二例を除けば、汎用型の元素分析装置で成功した例はなかったが、今回開発した元素分析装置を構成する走査型透過電子顕微鏡の作り出す鉛筆の先端のように尖った電子線(直径約0.2~0.3nm( 1ナノメートル:10億分の1メートル))と電子線エネルギー損失分光器を組み合わせてサブナノメートル領域の高感度元素分析を可能にし、単原子の識別をも可能とする原子ひとつひとつの分析に成功した。
本装置の高精度化は、新しく設計された高性能な磁界レンズの搭載によって、より小さい径の電子線に、より多くのプローブ電流を流すことができるようになったこと、新しく採用された検出器とそのカップリング法により、従来型の元素分析装置より一桁以上高い感度を実現したことである。
本装置による単原子レベルの元素分析の成功により、「厳密に不純物量やドーパント量を制御しなければならないナノデバイス材料の開発」や、「生体分子の着目部分を特定の元素で置き換える分子ラベリングの解析」に新しい道を拓くことができると期待される。
※ 本研究成果は、米国の学術専門誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America: PNAS』(米国科学アカデミー紀要)のウェブサイトで5月31日の週にオンライン発表される予定である。
※ 本発表に関連する東京大学等による新材料開発の研究に関しては、東京大学よりプレス発表が行われている。
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図1 世界最高感度の元素分析装置
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産総研と日立ハイテクが開発した世界最高感度を持つ元素分析装置の外観写真。この装置は走査型透過電子顕微鏡と電子線エネルギー損失分光器を組み合わせたもので、従来の元素分析装置より一桁高い検出感度を実現した。半導体材料中の極微量不純物の検出や、生体分子の着目部分を特定の元素で置き換える分子ラベリングの解析に貢献できることが期待される。
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究極の構造解析とは、物質を構成する原子ひとつひとつを観察し、その元素種を分析することである。このような原子ひとつひとつの識別はナノテクノロジーの基盤技術として必要不可欠である。ところが単原子レベルでの元素分析は、世界でもこれまで一、二例を除けば、汎用型の元素分析装置で成功した例はなかった。そこで産総研と日立ハイテクでは、ナノテクノロジーの基盤技術として幅広く使われるような超高感度元素分析装置の研究開発を行ってきた。
走査型透過電子顕微鏡の作り出す鉛筆の先端のように尖った電子線(直径約0.2~0.3nm)と電子線エネルギー損失分光器を組み合わせてサブナノメートル領域の高感度元素分析を可能にした。今回の研究では本装置を用いて、東京大学の中村栄一教授らによって開発された新材料「カーボンナノチューブの特定箇所に、金属原子(ここではガドリニウム、イオン(原子)直径0.18nm)を一個から数個の精度で付着させた試料」の金属原子ひとつひとつの分析に成功した【図2参照】。
今回開発した元素分析装置は、走査型透過電子顕微鏡と電子線エネルギー損失分光器を組み合わせたものであるが、元素分析の原理【図3参照】としては、走査型透過電子顕微鏡により電子線を細く絞って、針のように尖った極小のプローブを作り出し、そのプローブを試料上で走査し、透過してきた電子線で透過像を作り出す。また、電子線が試料を透過するとき、試料中の元素に特有のエネルギーを失うことを利用して、化学組成や電子状態などを調べることが可能である。
●開発機器の性能
従来型の元素分析装置と比べて、新たに開発された元素分析装置は二つの特徴的な発展がある。
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新しく設計された高性能の磁界レンズを搭載しており、より小さい径の電子線に、より多くのプローブ電流を流すことができるようになったこと(直径0.3nmのプローブに430pAの電流値を達成。これは同じ量の電流を通常の銅線に流せば焼き切れてしまうほどの電流量に相当する。)
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新しく採用された検出器とそのカップリング法により従来型の元素分析装置より一桁以上高い感度を実現したこと。
これにより単原子検出における信号・ノイズ比(SN比)は、従来報告されていた「3」から、今回およそ「10」にまで達して約3倍以上改善され、通常はノイズの中に埋もれていて見つけるのが困難な単原子からの信号を「99.99%」の信頼度で検出することが可能となった。
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図2 究極の単原子分析の例
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今回開発された元素分析装置を用いると、試料中に存在する「元素の種類」、「存在位置」、さらに「量(原子の数)」までも高い精度で分析することが可能になる。一例として、金属原子(ここではガドリニウム)の1個から数個を特定箇所に堆積成長させたカーボンナノチューブの元素マッピング像(上)と通常の電子顕微鏡像(下)を示した。上図の元素マッピング像では、カーボンナノチューブ(赤)の先端に存在するガドリニウム原子(黄)1個も鮮明に捕らえられている(上図中の数字はガドリニウム原子の数を示している)。
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走査型透過電子顕微鏡(STEM)は電子線を細く絞って、針のように尖った極小のプローブを作り出す(直径およそ0.2~0.3nm)。そのプローブを試料上で走査し、透過してきた電子線で透過像を作り出す。また、電子線が試料を透過するとき、試料中の元素に特有のエネルギーを失うことを利用して、化学組成や電子状態などを調べることができる。これをEELS分析といい、走査型透過電子顕微鏡と組み合わせることにより、高空間分解能と高感度をもった元素マッピング像を得ることができる。
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ナノテク産業、半導体産業、バイオ産業へ広く応用されていくように、周辺技術の整備を含め、さらなる性能向上と汎用普及型の元素分析装置開発を目指す。また、さらなる空間分解能の向上(プローブの極小化)と、着目する元素の位置特定をより高精度にする研究は、日立ハイテクと産総研が協力して進めていく予定である。