独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)エレクトロニクス研究部門【部門長 伊藤 順司】は、NECマシナリー株式会社【代表取締役社長 高崎 勲】と共同で、無機新材料開発やルビーなどの人工単結晶育成を迅速に行うことができる、世界最小デスクトップ型高性能単結晶育成装置の開発に成功した。一般の家庭用コンセント(100ボルト)だけで、最速5分で摂氏2000℃以上まで材料を加熱することができ、いつでも、どこでも、だれでも、例えばルビーなどの単結晶や人工宝石を作ることが可能となった。
赤外線集中加熱式の単結晶育成装置は、主に無機新材料の開発に使用されているが、無機新材料の単結晶育成研究の初期段階では、単結晶育成装置や一般の加熱炉により、多結晶材料の組成を変えた多数の試料による溶融実験を行い、相図を作成することで、単結晶化が可能かを判断する。多数の試料の溶融実験を行う必要上、短時間で目的とする温度まで到達可能なことが重要であるが、従来の赤外線集中加熱式の単結晶育成装置の最高到達温度は2000℃程度であり、2000℃までの温度上昇に30分程度の時間を必要とした。また他の一般的な単結晶育成装置についても、大型であり、水素や酸素などの危険なガス、或いは大がかりな冷却装置、大電力の電源などの高価な設備が必要であったため、無機新材料開発を行っている大学、企業などの研究機関では、短時間で目的とする温度まで到達可能な簡便かつ、安全で小型の機動性の高い単結晶育成装置が求められていた。
本件は、産総研とNECマシナリーとの共同研究による研究成果である。単結晶育成装置の小型化に伴い、装置を構成する赤外線集中加熱式単結晶炉の反射鏡の効率のよい冷却能力が必要であったが、排熱方法と反射鏡の構造を工夫することで、ルビーの人工宝石の育成が可能となった。これにより、開発した装置で約2100℃の温度に到達できることを確認できた。また、2100℃までの温度到達時間も5分程度で可能であることが確認された。
本装置によって、大学、研究機関、民間企業等の無機新材料の開発スピードを大幅に速めることができ、また初等教育現場や理科啓蒙活動にも貢献できると期待される。装置重量は約80kg、大きさはW65cm×D62cm×H92cmである。なお、本装置は近日中に、NECマシナリーより製品化の予定である。
本件に関する特許を1件出願中である。
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育成したルビーの結晶
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赤外線集中加熱式の単結晶育成装置は、主に無機新材料の開発に使用されてきたが、1986年に酸化物高温超伝導体が発見されると、その超伝導性や磁性の研究試料育成にも用いられた。材料の単結晶化により、超伝導状態などの固体の電子状態を、より詳細に精密な実験で決定できるため、単結晶育成装置は超伝導研究に必要不可欠であった。
無機新材料の単結晶育成研究の初期段階では、単結晶育成装置或いは一般の加熱炉により、多結晶材料の組成を変えた多数の試料による溶融実験を行い、相図を作成することで、単結晶化が可能かを判断する。多数の試料の溶融実験を行う必要上、短時間で目的とする温度まで到達可能なことが重要であるが、従来の赤外線集中加熱式の単結晶育成装置の最高到達温度は2000℃程度であり、2000℃までの温度上昇に早くても30分程度の時間を必要とした。また、他の一般的な単結晶育成装置についても、大型(重量数百kg~約1t)であり、水素や酸素などの危険なガス、或いは大がかりな冷却装置、大電力の電源などの高価な設備が必要であり、かつ、1000万円以上の高価な装置であった。このため、無機新材料開発を行っている大学、企業などの研究機関では、短時間で目的とする温度まで到達可能な簡便かつ、安全で小型の機動性の高い単結晶育成装置が求められていた。
また単結晶育成に限らず、容易に2000℃以上の高温環境を得ることができる安価、小型で安全な装置は全く存在しなかった。カーボン、タングステンなどの高融点材料をヒーターに用いた電気炉では2000℃以上の高温環境を得ることが可能であるが、装置が大型で、かつ酸素を含む雰囲気中では使用できない。酸素を含む雰囲気で使用できる、モリブデンシリサイドヒーターの電気炉でも常用1700℃が限度である。従って融点が1500℃を遙かに超える新材料の溶融実験や、単結晶育成の実験は、一般的に大型の予算を持つ大学の研究室や公的研究機関、一部の民間企業のみで行われ、民間企業での機動性の高い材料探索、大学・高専の学生実験、 高校・中学での理科実験、博物館での展示などに到底使えるものではなかった。
上記のような背景があり、産総研はFZ法単結晶育成装置メーカーであるNECマシナリーと、「卓上単結晶育成装置の開発」という共同研究を平成15年4月より開始した。
産総研とNECマシナリーの共同研究「卓上単結晶育成装置の開発」においては、まず、基本的な設計・仕様の指針と最低限必要な機能を決定した。その際、産総研エレクトロニクス研究部門が提唱するiコンセプトに基づき、扱う人ができるだけ容易に操作できるような仕様になるよう考慮した。具体的には、2000℃以上まで温度を上昇できること、電源については、一般の家庭用100ボルト(1500ワット以下)のコンセントのみで使用できること、冷却水循環装置を別途必要としないこと、なるべく小さく、安価であること、であった。一般的に加熱される材料や部品の体積が小さければ小さいほど、電気炉の加熱効率は良くなる。また、赤外線集中加熱式単結晶炉については、ランプから材料までの距離が短いほど、加熱効率が上がる。従って、加熱炉の小型化はむしろ、加熱効率の高効率化に有効であることが推測された。
決定した仕様を基に、NECマシナリーで装置試作を行い、産総研ではその試作機を用いて融点約2050℃のルビー(絶縁体)の単結晶育成を試みた【図1参照】。この際に、装置を構成する赤外線集中加熱式単結晶炉のハロゲンランプの光を集光する反射鏡の温度が上がりすぎるという問題が発生したが、高温のガスを効率よく排気することで、反射鏡の温度上昇を解決した。この後に、融点約2100℃のストロンチウム・ルテニウム酸化物(金属)の育成を試み、反射鏡の温度上昇問題も解決され、材料の溶融に成功した。このようにして、今回開発した装置で、2000℃以上の融点を持つ絶縁体や金属を溶かして、単結晶育成が可能であることを明らかにした。上記以外の材料として、銅酸化物高温超伝導体や巨大磁気抵抗効果を示す、マンガン酸化物の単結晶も育成し、今回開発した単結晶育成装置【図2参照】の基本的な機能は、研究開始時に設計したとおり、これまでの大型、高価な単結晶育成装置と本質的に同じであることを証明した。様々な材料の単結晶育成試験は産総研に蓄積されたノウハウを基に行われた。また、具体的な装置設計に関しては、NECマシナリーの30年にわたる赤外線集中加熱式単結晶炉についての技術の蓄積に依るところが大きい。
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図1 育成したルビーの結晶と結晶片、結晶片を研磨したもの
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本共同研究で実用化に際しての実証実験がほぼ終了しており、近日中にNECマシナリーより卓上型単結晶育成装置の販売が開始される。価格はこれまでの約1/3以下。専門的な研究活動だけでなく、初等教育現場における理科実験や個人的な趣味にも使用可能である。また、単結晶育成に限らず、容易でかつ安全に2000℃程度の高温が得られることから、小型の加熱炉としての使用も考えられ、その適用分野は極めて大きい。