独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)活断層研究センター【センター長 佃 栄吉】は、カナダ地質調査所【代表Irwin Itzkovitch】、米国地質調査所【所長Charles G. Groat】と共同で、約300年前に北米西海岸で発生した巨大地震の規模がM9クラスであることを推定した。日本各地での元禄12年の記録に基づき、さまざまな要因を考慮して日本の太平洋沿岸における津波の高さを3通りに推定した。一方、カスケード沈み込み帯における6つの異なる震源モデルについて、最新の3次元プレート形状モデルに基づいて北米の太平洋沿岸や海底の地殻変動を計算した。さらに太平洋を横断する津波を計算して、日本における津波の高さと比較した。これらの18通りの組み合わせから、西暦1700年の地震の規模はモーメントマグニチュード(M)8.7-9.2、断層の長さは1100km、平均すべり量は14mと推定された。これらの結果は今後、米国北西部やカナダ南西部の地震・津波被害対策に影響を及ぼすと考えられる。
※この結果は11月20日、米国地球物理学会誌J. Geophysical Research(Web版)に掲載された。米国地質調査所とカナダ地質調査所においても、米国西海岸時間11月20日10時30分に記者発表が行われた。
北米大陸の西海岸(米国北西部およびカナダ南西部)の沖(カスケード沈み込み帯)では【図1】、ファンデフカプレートが北米プレートの下へ沈み込み、日本の南海トラフなどと似た地学的環境にある。このような沈み込み帯では通常、プレート間巨大地震が百~数百年間隔で繰り返し発生するが、カスケード沈み込み帯では巨大地震の発生は記録されていなかった。米国北西部やカナダ南西部では、歴史史料はおよそ1850年ごろまでしか遡れないため、それ以前の地震の発生は記録されていない。1990年頃から、米国やカナダの地質調査所の研究者らによって、北米大陸の西海岸の地殻変動や津波堆積物の調査が開始され、その結果、約300年前に大地震が発生したことがわかった。北米大陸の西海岸で発生した巨大地震であれば太平洋上に津波が発生し、日本にも到達するはずである。
産総研は旧地質調査所時代の1996年に、東京大学地震研究所の研究者と共同で日本の古文書を調べ、元禄12年12月8-9日(和暦)に日本各地で記録された波源の不明な津波がカスケード沈み込み帯の巨大地震によるものであると推定し、自然科学系雑誌natureに発表した(Satake et al., nature, vol 379 No6562 pp.246-249,1996)。それまで巨大地震の発生の可能性が議論されてきたカスケード沈み込み帯において、最新の巨大地震が西暦1700年1月26日に発生した、という結果は米国北西部やカナダ南西部の地震対策に大きなインパクトを与えた。ただ、地震の規模(モーメントマグニチュード、断層の長さ、すべり量)は明らかでなく、地震・津波への対策に完全には生かされてはいなかった。
産総研は、米国地質調査所、カナダ地質調査所と共同で、日本における津波の高さ、北米における震源モデル、太平洋を伝播する津波について、さらに詳細な調査・研究を行ってきた。
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図1
カスケード沈み込み帯は米国北西部とカナダ南西部の沖にある。
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米国地質調査所の研究者らと共同で元禄12年の津波記録について調査を進めた結果、さらに幾つかの古文書を発見した。現在までに、岩手県宮古市(宮古・津軽石)、同大槌町、茨城県ひたちなか市、静岡県清水市、和歌山県田辺市(田辺、新庄)の7ヶ所において津波の被害を記載した文書が確認されている。
古文書に記載された津波の被害の程度から沿岸における津波の高さを推定するには、さまざまな要因を検討しなければならない【図2】。津波が達した建物の標高を現在の海水面から測定した場合は、1700年と現在の間の海水面の変動(主に地殻変動による)を補正する必要がある。三陸沿岸や紀伊半島では最近の地殻変動量は大きいので、それが300年間続いたと仮定すると、海水面の補正は1m程度にも及ぶ。そこで、海面変動の仮定をしない方法でも津波の高さを推定した。1つは、被害をもたらすのに最低必要な高さを推定するもので、津波の高さの下限を見積もることができる(lowと呼ぶ)。もう1つの方法は、1960年チリ津波と比較するものである(mediumと呼ぶ)。チリ津波は日本全国各地に大きな被害をもたらしたため、各地の津波の高さが詳細に測定されている。チリ津波との差から、沿岸での津波の高さを推定することができた【図3】。
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図2
3通りの津波の高さの推定。
古文書には蔵が津波で浸水したと記載されている。
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図3
日本各地における津波の高さの推定値。左から、1996年での推定値、地殻変動を考慮した値、最低値、1960年チリ津波を参照した値、1960年チリ津波の値を示す。
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カスケード沈み込み帯におけるプレートの形状や動きについては、主にカナダ地質調査所の研究者によって精力的に調べられている。本研究では、最新の3次元モデルを用いて、北米大陸の沿岸や海底における地殻変動量を計算した。断層の幅や長さを変化させて6つの震源モデルを検討した【図4】。これらのうち3つは、震源域がカスケード沈み込み帯の全体(長さ約1100km)に及ぶものであり、残りの3つは、北部・中部・西部のみに限られる。これらの震源モデルについて、北米大陸の沿岸ならびに海底の地殻変動を計算した。
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図4(図をクリックすると拡大表示されます)
カスケード沈み込み帯における震源断層モデルとそれらによる地殻変動。赤いコンターは隆起を、青いコンターは沈降を示す。
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図5
太平洋を横断する津波のシミュレーション。地震発生後6時間の水位分布。
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6つの震源モデルについてさらに、太平洋を横断する津波を計算し【図5】、日本での津波の高さの推定値3通りと比較した。すなわち、合計18通りの比較を行った。【図6】のように日本沿岸の7ヶ所で津波の高さの比較を行い、それらの相関からモデルの良否を判断したほか、それぞれについて断層面上のすべり量を推定した。チリ津波を参照して津波の高さを推定した【図3】のmediumとカスケード全体に震源が及ぶ【図4】のLong-Narrowの組み合わせの時、両者が最もよく一致した【図6】。このとき、断層面上の平均すべり量は14mとなり、地震モーメントは5 x 1022 Nm、モーメントマグニチュードはM=9.0となる。
18通りの組み合わせについて、地震モーメントは1-9 x 1022 Nm の範囲に、モーメントマグニチュードは8.7-9.2の範囲となった【図7】。ただし、幅の広い断層や短い断層については、計算された海岸の変動は、古地震調査結果から期待されるものよりも大きくなり、震源モデルとしては不適である。
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図6
日本沿岸7ヶ所における古文書から推定した津波の高さ(赤)とシミュレーションによる計算値(青)の比較
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図7
6つの震源モデル、3つの津波高さ推定値についての断層面上のすべり量(左)と地震モーメントから計算されたモーメントマグニチュードの値(右)。モーメントマグニチュードはいずれもM9程度を示す。
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本研究によって、1700年のカスケード地震がM9クラスであったこと、断層の長さはカスケード沈み込み帯全体に及ぶ1100kmであったこと、断層の平均すべり量は14mであったことが明らかになった。今後の米国・カナダにおける地震・津波の対策においては、これらのパラメーターに基づいて地震の想定がなされるものと考えられる。
産総研においては、今後とも米国地質調査所、カナダ地質調査所と共同研究を継続し、カスケード沈み込み帯および地学的環境の似た南海トラフについて、大地震の発生メカニズムとの関連を軸に調査・研究を進めていく予定である。