独立行政法人産業技術総合研究所【理事長吉川弘之】(以下「産総研」という)超臨界流体研究センターは、同センターが考案した超臨界二酸化炭素とイオン性流体を組み合わせた2相反応系を用いて、二酸化炭素固定化による環状カーボネート製造の実用化への鍵である、温和な条件下での超高速合成法の開発に成功した。超臨界二酸化炭素+イオン性流体法は従来のホスゲン法に匹敵する合成能を有している。現在まで、数十年にわたってさまざまな反応系、触媒を用いて二酸化炭素の固定化による環状カーボネート合成が世界中で試みられてきたが、ホスゲン法に優る反応性を有する方法は得られていない。超臨界二酸化炭素+イオン性流体法によって、環境に優しいエンジニアリングプラスチック製造法の開発スピードを大幅に促進することが期待される。
環状カーボネートは、世界生産量は140万トン以上のポリカーボネート(自動車の透過ガラス、フィルム用素材)のようなエンジアリングプラスチックの原料や、燃料電池用電解液、樹脂添加剤として、近年、その需要は着実に延びている。代表的なカーボネート製造法としては、その合成能が優れていることからホスゲンを使用する方法が有名であるが、猛毒のホスゲンを原料とすることから、ホスゲン法による製造は今後は世界的に廃止の方向にある。かくて、この方法に替わって、近年、地球温暖化の原因物質の一つである二酸化炭素を原料として有効に利用する、環境に優しい環状カーボネート合成法を開発しようとする試みが盛んであるが、二酸化炭素が化学的に安定な分子であることが大きく影響して、実用化には程遠いのが現状である。これまで二酸化炭素固定化法を工業的に実現すべく種々の有機溶媒、あるいは最近注目されている超臨界二酸化炭素中で、さまざまな触媒を用いて精力的に環状カーボネート合成が検討されているが、その合成結果は温度100~200℃、反応時間4~24時間の条件下でも、収率はせいぜい50%程度である。
超臨界流体研究センターでは、超臨界二酸化炭素中での種々の物質製造法について検討を行なっている。その一貫として、超臨界二酸化炭素自身を原料として利用する環状カーボネート合成法に取り組んでいるが、最近の成果として、これまで環状カーボネート合成に必須とされてきた固体酸触媒を使用しなくても、DMFのようなアミド類を少量添加するだけで超臨界二酸化炭素中では固体酸触媒に匹敵する合成能を特異的に発現することを見い出した。また、DMFよりもさらに分極率の高い流体を添加することができれば、さらなる合成能の向上が期待された。
超臨界二酸化炭素中にイオン性流体を添加した2相反応系をプロピレンカーボネートの合成に適用したところ、反応温度100℃では、反応時間わずか5分で収率100%、選択性100%が実現した。また、反応温度60℃のような低温下でも収率、選択性ともほぼ100%が達成された(反応時間2時間)。これまでのプロピレンカーボネート合成におけるチャンピオンデータ*は、収率100%を達成するためには反応温度100℃で4時間を要していることから、反応速度にしておよそ50倍の飛躍的改善が達成できたことになる。この理由として、超臨界二酸化炭素へのイオン性流体の添加した2相反応系では、反応物、生成物の相間移動が促進されるとともに、イオン性流体そのものが酸塩基触媒として機能するためと考えられる。さらに、本方法は種々の環状カーボネートの合成にも適用可能である。
*報告(Journal of Organic Chemistry, 58卷, 6198頁, 1993年)
地球温暖化の原因物質の二酸化炭素そのものを原料として、温和条件下でも極めて効率的にエンジニアリングプラスチック原料を合成できることから、経済性に優れ、地球環境保全に配慮した基礎素材や化成品製造法への展開が期待できる。