独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光技術研究部門【部門長 小林 直人】は東横化学株式会社【代表取締役社長 加藤 廣久】(以下「東横化学」という)と共同で、自動化された超偏極キセノンガス製造装置の実用機を開発した。本開発は、産総研産学官連携部門【部門長 後藤 隆志】の「中小企業支援型研究開発制度(技術シーズ持込み評価型:産総研特許の技術移転を目指した実用化共同研究)」により実施されたものである。産総研の研究成果『 連続フロー型高効率偏極エンジン【特開平11-309126、特開平11-248809 / 2002.2.26産総研プレス発表「連続フロー型スピン偏極キセノンガス製造装置を開発」】』に、東横化学の「高純度ガス供給技術」や「ガス系制御技術」「半導体製造装置レベルのクリーン化技術」「高精度圧力制御技術」などを導入することによって、高偏極率の超偏極キセノンガスをバッチ式で連続供給することを可能とした実用機を完成させた。
ルビジウムが封入されたパイレックスセルに、キセノン/窒素の高純度混合ガスを供給し、MRI装置の洩れ磁場下において794.7nmの半導体レーザー光を照射することにより、1回に約300ccの超偏極キセノンガスを連続的に取り出すことを可能とした。産総研つくば東事業所に設置してある「2T-MRI装置(産総研人間福祉医工学研究部門所有)」を利用して評価実験を行った結果、14日間の長期運転試験において、30cc注射筒約100本に偏極率5%以上の超偏極キセノンガスを連続して採取することに成功した。超偏極キセノンガス製造装置は、原料となるキセノン/窒素混合ガス及びパージ用窒素ガスのシリンダー収納部、圧力制御部、超偏極キセノンガス生成部及びシステム制御部により構成される。システム制御部には対話式のタッチパネルが装備され、各操作を誤りなく行うよう考慮されている。また、シリンダー交換やセル交換後の大気成分のパージアウトは全て自動運転により行われる。なお、NMRの磁場方向によりセルの配置変更ができオプションで別置き架台に偏極専用の磁場も装備可能である。ルビジウム封入パイレックスセルは、φ60mm×100mmの円筒状のもので、原料となるキセノン/窒素混合ガスの入口及び超偏極キセノンガス出口となるバルブ2個を装着してある。このパイレックスセルの内壁面に、ルビジウムの酸化を防止して真空中でルビジウムを移送析出させた。
今後は、東横化学が主体となり、産総研で改良を進めている「連続フロー型高効率偏極エンジン」を本装置に融合することで、偏極率及び単位時間当りの製造量を増大させ、さらなる自動化を進め、臨床検査技師やNMR/MRI装置のオペレーターでも簡単に操作が行える最終的な「自動化された連続フロー型超偏極希ガス発生装置」として完成させる予定である。また、本実用機によって、触媒など多孔質体の微少な空洞を持つ物質中での空孔サイズ分布やガス動態の解析、高炉用耐火煉瓦内部の"す"の画像化など、産業分野用途への応用研究を行うことも予定している。さらには、高精度肺機能診断を瞬時に行うことが可能な医療機器や、高精度で迅速な脳内血流の画像化による脳梗塞予防診断技術の実用化を目指して、国内外の医療技術研究機関との共同研究に発展することを期待している。
|
図:超偏極希ガスの発生原理と核磁気共鳴分光法の高感度化
|
|
|
ルビジウム封入パイレックスセル
|
注射筒に取り出した超偏極キセノンガスのMRI画像
|
|
左:今回開発した実用機
『 自動化された超偏極キセノンガス製造装置 』
|
評価実験を行った2T-MRI装置
【 産総研つくば東事業所/
人間福祉医工学研究部門に於いて 】
|
磁気共鳴画像診断装置(MRI)は、測定対象を傷つけることなく内部構造を調べる方法として実用化している。MRIは、核磁気共鳴(NMR)現象と呼ばれる原子核の磁石としての性質を利用しているが、可視光、X線に比べるとずっとエネルギーの低い、数10メガヘルツ(FMラジオで利用されている周波数帯)の電磁波を照射しており、このことから、低侵襲であるといわれる。しかし、扱っているエネルギーが低いという特徴は、裏返せばNMR/MRIが原理的に検出感度が低いという欠点を持つことを意味している。また、原子核のうちで磁石としての性質がもっとも強い水素原子核(プロトン、1H)を対象としているので、主に、生体組織中の水分や脂質の水素原子の密度を画像化しており、肺のような密度の低い臓器についてはほとんど利用例がなかった。このような問題に対し、高磁場化、コイルやシーケンスの高効率化といった検出感度の向上を目指した研究が行われてきているが、それぞれ完成の域に達した感がある。さらなる高感度化ということになると、NMR現象の原理まで踏み込んだ新しい高感度化技術の導入なくして、達成できるものでは無いと思われる。このような方向性の研究の一つの具体例として、超偏極(Hyperpolarized)と呼ばれる状態の希ガスの利用が注目されている。超偏極状態にすることによって、信号強度を数万倍に増強すると、密度が低く従来はNMR/MRIの対象となっていなかった常圧のガスから、同体積の水と比べても100倍以上強い磁気共鳴信号が得られる。すでに欧米諸国においては、このガスを利用した人の呼吸器や脳、血管を対象としたMRI実験も行われるようになっている。現在では、国内でも各応用分野において利用技術の研究が開始されつつある。
常圧のガスは、密度が低く、従来はNMR/MRIの対象となっていなかった。しかし、希ガス(3He、 129Xe)を、円偏光により電子スピン系を励起(光ポンピング)したアルカリ金属蒸気と共存すると、同体積の水と比べても100倍以上強い磁気共鳴信号を得られることがわかってきた。90年代の終わりになると、欧米諸国において、このガスを利用した人の呼吸器や多孔質を対象としたMRI実験も行われるようになった。日本国内においても、通商産業省工業技術院(現産総研)が、大阪大学医学部、産業医科大学といった外部研究機関のNMR/MRI装置に対し、ルビジウム封入パイレックスセルと光ポンピング用光学系を導入し、わが国で初めて超偏極キセノンガスのMRI画像の取得に成功した。こうして、医療技術研究の現場でこのガスを生成できることを実証し、当該技術研究の国内での先鞭をつけた。これまで国内の研究機関では、バッチ式と通称される容積 1リットル程度のパイレックスガラス容器を用いた方法が超偏極キセノンガスの製造に用いられていたが、研究者による手作り装置で行っていたため、操作が煩雑である、動作安定性が低い、ルビジウムの寿命が短いなどの問題点があった。そこで、平成10年頃から通商産業省工業技術院(現産総研)の中小企業支援型の予算制度を活用し、特に医療用のMRI装置向けに、偏極率が高く、しかも単位時間あたりの製造量が多い、高効率に超偏極キセノンガスを製造できる装置の製品化を目指した研究を行ってきた。