発表・掲載日:2003/02/12

自動化された超偏極キセノンガス製造装置の実用機を開発

-産学官連携による先端計測装置の実用化研究を加速-

ポイント

  • 【産総研】中小企業支援型研究開発制度(技術シーズ持込み評価型)による、産総研特許の技術移転成果
  • 先端計測装置(NMR/MRI)の高感度化を可能とする、自動化された超偏極キセノンガス製造装置の実用機を開発
    ( 核磁気共鳴信号を約1万倍高感度化することが可能 )
  • NMR/MRIにおける「測定時間の短縮」「情報の多様化」「高精度化」を実現する研究開発を促進
  • 「物質中での空孔サイズ分布」や「ガス動態の解析」、「非破壊検査」などの産業分野にも応用可能な技術開発

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)光技術研究部門【部門長 小林 直人】は東横化学株式会社【代表取締役社長 加藤 廣久】(以下「東横化学」という)と共同で、自動化された超偏極キセノンガス製造装置の実用機を開発した。本開発は、産総研産学官連携部門【部門長 後藤 隆志】の「中小企業支援型研究開発制度(技術シーズ持込み評価型:産総研特許の技術移転を目指した実用化共同研究)」により実施されたものである。産総研の研究成果『 連続フロー型高効率偏極エンジン【特開平11-309126、特開平11-248809 / 2002.2.26産総研プレス発表「連続フロー型スピン偏極キセノンガス製造装置を開発」】』に、東横化学の「高純度ガス供給技術」や「ガス系制御技術」「半導体製造装置レベルのクリーン化技術」「高精度圧力制御技術」などを導入することによって、高偏極率の超偏極キセノンガスをバッチ式で連続供給することを可能とした実用機を完成させた。

 ルビジウムが封入されたパイレックスセルに、キセノン/窒素の高純度混合ガスを供給し、MRI装置の洩れ磁場下において794.7nmの半導体レーザー光を照射することにより、1回に約300ccの超偏極キセノンガスを連続的に取り出すことを可能とした。産総研つくば東事業所に設置してある「2T-MRI装置(産総研人間福祉医工学研究部門所有)」を利用して評価実験を行った結果、14日間の長期運転試験において、30cc注射筒約100本に偏極率5%以上の超偏極キセノンガスを連続して採取することに成功した。超偏極キセノンガス製造装置は、原料となるキセノン/窒素混合ガス及びパージ用窒素ガスのシリンダー収納部、圧力制御部、超偏極キセノンガス生成部及びシステム制御部により構成される。システム制御部には対話式のタッチパネルが装備され、各操作を誤りなく行うよう考慮されている。また、シリンダー交換やセル交換後の大気成分のパージアウトは全て自動運転により行われる。なお、NMRの磁場方向によりセルの配置変更ができオプションで別置き架台に偏極専用の磁場も装備可能である。ルビジウム封入パイレックスセルは、φ60mm×100mmの円筒状のもので、原料となるキセノン/窒素混合ガスの入口及び超偏極キセノンガス出口となるバルブ2個を装着してある。このパイレックスセルの内壁面に、ルビジウムの酸化を防止して真空中でルビジウムを移送析出させた。

 今後は、東横化学が主体となり、産総研で改良を進めている「連続フロー型高効率偏極エンジン」を本装置に融合することで、偏極率及び単位時間当りの製造量を増大させ、さらなる自動化を進め、臨床検査技師やNMR/MRI装置のオペレーターでも簡単に操作が行える最終的な「自動化された連続フロー型超偏極希ガス発生装置」として完成させる予定である。また、本実用機によって、触媒など多孔質体の微少な空洞を持つ物質中での空孔サイズ分布やガス動態の解析、高炉用耐火煉瓦内部の"す"の画像化など、産業分野用途への応用研究を行うことも予定している。さらには、高精度肺機能診断を瞬時に行うことが可能な医療機器や、高精度で迅速な脳内血流の画像化による脳梗塞予防診断技術の実用化を目指して、国内外の医療技術研究機関との共同研究に発展することを期待している。

超偏極希ガスの発生原理と核磁気共鳴分光法の高感度化の図

図:超偏極希ガスの発生原理と核磁気共鳴分光法の高感度化
 

ルビジウム封入パイレックスセルの写真 注射筒に取り出した超偏極キセノンガスのMRI画像の写真

ルビジウム封入パイレックスセル
 

注射筒に取り出した超偏極キセノンガスのMRI画像
 

今回開発した実用機の写真



左:今回開発した実用機
『 自動化された超偏極キセノンガス製造装置 』

 

評価実験を行った2T-MRI装置の写真
評価実験を行った2T-MRI装置
【 産総研つくば東事業所/
人間福祉医工学研究部門に於いて 】


研究の背景

 磁気共鳴画像診断装置(MRI)は、測定対象を傷つけることなく内部構造を調べる方法として実用化している。MRIは、核磁気共鳴(NMR)現象と呼ばれる原子核の磁石としての性質を利用しているが、可視光、X線に比べるとずっとエネルギーの低い、数10メガヘルツ(FMラジオで利用されている周波数帯)の電磁波を照射しており、このことから、低侵襲であるといわれる。しかし、扱っているエネルギーが低いという特徴は、裏返せばNMR/MRIが原理的に検出感度が低いという欠点を持つことを意味している。また、原子核のうちで磁石としての性質がもっとも強い水素原子核(プロトン、1H)を対象としているので、主に、生体組織中の水分や脂質の水素原子の密度を画像化しており、肺のような密度の低い臓器についてはほとんど利用例がなかった。このような問題に対し、高磁場化、コイルやシーケンスの高効率化といった検出感度の向上を目指した研究が行われてきているが、それぞれ完成の域に達した感がある。さらなる高感度化ということになると、NMR現象の原理まで踏み込んだ新しい高感度化技術の導入なくして、達成できるものでは無いと思われる。このような方向性の研究の一つの具体例として、超偏極(Hyperpolarized)と呼ばれる状態の希ガスの利用が注目されている。超偏極状態にすることによって、信号強度を数万倍に増強すると、密度が低く従来はNMR/MRIの対象となっていなかった常圧のガスから、同体積の水と比べても100倍以上強い磁気共鳴信号が得られる。すでに欧米諸国においては、このガスを利用した人の呼吸器や脳、血管を対象としたMRI実験も行われるようになっている。現在では、国内でも各応用分野において利用技術の研究が開始されつつある。

研究の経緯

 常圧のガスは、密度が低く、従来はNMR/MRIの対象となっていなかった。しかし、希ガス(3He、 129Xe)を、円偏光により電子スピン系を励起(光ポンピング)したアルカリ金属蒸気と共存すると、同体積の水と比べても100倍以上強い磁気共鳴信号を得られることがわかってきた。90年代の終わりになると、欧米諸国において、このガスを利用した人の呼吸器や多孔質を対象としたMRI実験も行われるようになった。日本国内においても、通商産業省工業技術院(現産総研)が、大阪大学医学部、産業医科大学といった外部研究機関のNMR/MRI装置に対し、ルビジウム封入パイレックスセルと光ポンピング用光学系を導入し、わが国で初めて超偏極キセノンガスのMRI画像の取得に成功した。こうして、医療技術研究の現場でこのガスを生成できることを実証し、当該技術研究の国内での先鞭をつけた。これまで国内の研究機関では、バッチ式と通称される容積 1リットル程度のパイレックスガラス容器を用いた方法が超偏極キセノンガスの製造に用いられていたが、研究者による手作り装置で行っていたため、操作が煩雑である、動作安定性が低い、ルビジウムの寿命が短いなどの問題点があった。そこで、平成10年頃から通商産業省工業技術院(現産総研)の中小企業支援型の予算制度を活用し、特に医療用のMRI装置向けに、偏極率が高く、しかも単位時間あたりの製造量が多い、高効率に超偏極キセノンガスを製造できる装置の製品化を目指した研究を行ってきた。


用語の説明

◆連続フロー型高効率偏極エンジン
産総研では、超偏極キセノンガスの生成原理を踏まえた上でセル構造・材質に詳細な検討を行った。具体的には、フロー構造とするに際してレーザー光の吸収係数を大きくするために、偏極セルの加熱温度を200℃~400℃に設定することによりRb蒸気圧を高くして光照射部のセルギャップを1mmにし、偏極率及び単位時間当りの製造量を大きくした装置を開発した【特開平11-309126、特開平11-248809 / 2002.2.26産総研プレス発表参照】。本技術は、偏極率と単位時間当りの製造量を同時に大きくすることが原理的に可能である点が、欧米で開発が進んでいる装置と比較して進歩性がある。[参照元へ戻る]
◆MRI(磁気共鳴映像法:Magnetic Resonance Imaging
磁石としての性質を持つ原子核を静磁場中に置き適切な電磁波を照射すると共鳴現象を起こし、そのとき、放出される電磁波を電気信号として検出し、計算機を用いて断層像を描出する診断方法。可視光、X線に比べるとずっとエネルギーの低い、数10メガヘルツ(FMラジオで利用されている周波数帯)の電磁波を利用しており、他の放射線を利用した画像診断法より比較的安全だといわれている。形態学的な情報を与えるX線CTに対し、MRI は、生体組織の化学的変化及び働きまでも検出し表示できる。核磁気共鳴断層撮影法(NMR-CT: Nuclear Magnetic Resonance Computed Tomography)ともいわれる。[参照元へ戻る]
 
◆NMR(核磁気共鳴:Nuclear Magnetic Resonance
磁気共鳴は、原子核や電子のように自転する荷電粒子がもつミクロの磁石(これをスピンと呼ぶ)としての性質に量子力学を導入したモデルで説明されている。熱平衡状態の磁気共鳴観測の場合の感度について説明する。図中の右上にスピン量子数が1/2の核(1H, 3He, 129Xeなどがある)について示した。これらのスピンを持つ原子核の集団に静磁場をかけると、磁場の強さに比例した2つの異なったエネルギーを持ったものに分かれる。これらのエネルギー差は、スピンの向きが静磁場の方向と平行か反平行かの配向に対応しているが、このエネルギー差は、熱エネルギーに比べると非常に小さい。熱平衡状態では、ボルツマン分布に従ってこれらの数分布が決まるが、これら2つの占有数はほぼ同数となり、これらの差は、0.01%程度にしかならない。さて、これらのスピンを集団として観測した場合、平行スピンと反平行スピンの対がうち消し合ってしまい、結果として差の平行スピンの部分(熱平衡磁化)しか観測にかからないことになる。従来のNMRにおいては、この熱平衡磁化に180°、90°などのラジオ波パルスを印加し元の状態に戻ってくるときに生じる電磁波をコイルで検出しているが、この信号の大きさは、この磁化に比例する値を超えることは決してなかった。すなわち、今までは、そこに存在するスピンのうち0.01%しか観測していなかったことになる。もし、何らかの方法によりスピンの配向を平行か反平行のどちらかに大きく偏らせる(偏極)ことができたならば、このときの観測される磁化は、原理的には最大で数10万倍の磁気共鳴信号を与える計算となる。このような状態は、熱エネルギーが非常に小さい極低温で実現できるが、測定対象を冷却することができない場合には、この方法は利用できない。 [参照元へ戻る]
◆ルビジウム封入パイレックスセル
従来、超偏極キセノンガスの製造には、バッチ式と通称される内容積1リットル程度のパイレックスセルを用いた方法が用いられて来た。これは、光照射用の平面窓を有する円筒型パイレックスセル中に、アルカリ金属であるルビジウム(Rb)の小片と3気圧程に加圧したキセノン(Xe)ガスを封入し、100ガウス程度の磁場中で約100℃に加熱しておく。このセルに、1/4波長板を通して円偏光にした、波長794.7nmの半導体レーザー光を照射すると、30分程で偏極率5%程度の超偏極キセノンガスが生成される。本方法は、間歇的ではあるが、NMR/MRI測定を効率的に行うに十分な偏極率のガスを供給できる。今回、長期使用後に劣化による交換が必要なルビジウムを含むパイレックスセルの部分を交換用消耗品として供給する方法を確立して、バッチ式による安定的超偏極ガス供給を実現した。 [参照元へ戻る]
◆高精度肺機能診断
空洞画像取得としての肺イメージング法は、ラットや人について検討されているが、肺の空洞中のガスであっても、局部的な自由空間の容積や酸素濃度、あるいは肺表面の状態などにより緩和時間が変化するので、臨床応用例の蓄積により肺換気能はじめ肺胞表面の病態などに関した新しい診断法の開発が大いに期待できる。放射性の133Xeガスを使った肺換気シンチグラフィーと比べて、放射線管理の煩わしさや被爆の危険が無いので将来的に有望である。 [参照元へ戻る]
◆脳内血流の画像化
血液脳関門を含めて生体膜を自由に通過できるキセノン(Xe)は、化学的にも不活性で代謝を受けないことから、血中に溶解して様々な臓器の灌流測定に利用できる。すでに、RI動態機能検査として、放射性の133Xeを用いて腎臓や心臓の灌流測定及び局所脳血流量(rCBF)測定が行われているが、同様の実験が、超偏極129Xeを用いれば放射線なしで行えるはずである。また、超偏極129Xeを吸入したラットの測定から、Xe NMRパラメータは周囲の物理・化学環境に大きく依存し、化学シフトはガスに比べて約200ppmのピークを与え、さらに、血漿・脂肪中、肺胞組織層、赤血球と結合したものと、3個のピークが明瞭に分離できることが知られている。緩和時間も違いが大きく、ヘモグロビンの酸化(動脈血液)及び非酸化(静脈血液)とで約3倍異なる。この性質を応用することで、組織の局所血流や酸素代謝、さらに詳細な代謝産物濃度の変化など、組織機能の高感度計測への応用が期待されている。このような脳画像取得の上での問題点は、血液などに溶解したXeのT1が10-20秒とガスに比べて非常に短くなることである。今後の課題としては、血管中を移動している間の超偏極Xeの緩和を防止すること及び発生させるガスの偏極率そのものを上昇させることがある。すでに、人工血液として有名なPFOBのエマルジョンやリン脂質からなるマイクロバブルに超偏極129Xeを包含させて、血管への直接注入が検討されている。3Heについても、直径が5-10µmの高分子マイクロスフェヤーに吸わせて、血管造影が検討されている。 [参照元へ戻る]
◆超偏極希ガス
発生原理:光ポンピング法【下記】を利用した超偏極希ガスの生成と核磁気共鳴(NMR/MRI)測定への適用については、図に示した。この時、アルカリ金属蒸気と共に希ガスを混合しておくと、偏極状態をアルカリ金属の電子から希ガスの原子核に移すことができる。ここで希ガスは単原子分子でありNMRの緩和時間(特に縦緩和時間、 T1)が極端に長いため、偏極移動の効率が悪くても時間をかけることにより、NMR測定に十分な偏極移動が達成できる。こうして得た偏極状態の希ガスからRbを除いたのち、NMRサンプル管や小動物の肺・胃などに導入して測定を行なっている。
MRIによる画像化:Ar以外の希ガスは、核スピンを持つ同位体を含んでいるが、超偏極状態を生成する目的で使用されるのは、スピン量子数が1/2の3Heと129Xeが主である。これは緩和時間が長いことや同位体濃度の高い試料が得られることが理由である。3Heの磁気回転比は1Hの3/4で、1.5TのMRI装置では共鳴周波数は48.4MHzであるのに比べて、129Xeでは、17.7MHzと低く、感度の点から3Heの方が有利である。129Xeは、縦緩和時間が3Heよりやや短く、高い偏極率が得られないのが欠点である。しかし、Xeの水への溶解性はHeのそれより10倍程度高く、さらにXeは、水よりも油や脂質エマルジョンに5-20倍良く溶ける。これらのことから、ガスからの信号を検出する空洞部分の画像化には3Heが有利であるが、様々な媒質中での信号が検出でき媒質についての情報が得られる点で、129Xeの利用も利点がある。3Heは、天然存在比では10-4%と非常に少ないが、極低温実験等でも利用されてきているので高濃度のものが市販されている。一方、129Xeは、天然存在比が26.4%あり、同位体濃縮を行わなくても磁気共鳴実験に使用可能である。 】[参照元へ戻る]
◆光ポンピング法
電子スピンの偏極は、1950年頃にA. Kastlerにより発見された、光のエネルギーを巧妙に利用した光ポンピング法とよばれる方法で得られる。まず、原子の外殻電子にスピンの偏極状態を作り出す。この際、ルビジウム(Rb)のようなアルカリ金属原子が利用される。Rbの価電子は5s軌道電子1個であるが、この電子の磁場中でのスピン状態は、外部磁場に平行なスピン(-1/2)と反平行なスピン(+1/2)から成り、これらは核スピンの場合と同様に熱平衡状態ではほぼ同数存在する。ここで794.7nmの波長の光を照射すると電子はs軌道からp軌道へ励起される。このとき、ヘリシティ+1を有する右旋性の円偏光を照射したとすると、この光が吸収されるためには運動量保存則から、電子のスピン状態に+1の角運動量の変化が伴わねばならない。このためには、平行スピンから反平行スピンヘの遷移が要求され、平行スピンから平行スピンの遷移は禁制される。すなわち、この条件化ではs軌道にある平行スピンのみが、p軌道の反平行スピン状態に励起されることとなる。電子スピンの励起状態は、元の状態(基底状態)に戻るが、この場合は角運動量の制約を受けないので、戻るスピン状態は平行と反平行の両者が同程度に可能である。結局、このようなスピン量子数の選択的な吸収・放射プロセスにより、s軌道の平行スピンがどんどん減少し、反平行スピンが増加することとなる。こうして、電子スピンの偏極が得られる。[参照元へ戻る]

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