独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)エレクトロニクス研究部門【部門長 伊藤 順司】は、1個のトランジスタだけでメモリになることが期待される強誘電体ゲート電界効果トランジスタ(1Tr型FeRAM 又は 1Tr型強誘電体メモリ)の開発に成功し、その優れたメモリ特性を実証した。
○次世代強誘電体メモリ実用化に向けて大きく前進
現在市販もされ開発が進められている従来型FeRAMは、メモリの1bitが2個のトランジスタと2個の強誘電体キャパシタ(2T2C)、又は1個のトランジスタと1個の強誘電体キャパシタ(1T1C)で構成されているので、1bitの占有面積が大きく超Gbit級の高集積化は難しい。
1Tr型FeRAMは、原理的にメモリ1bitの面積が小さいため、超Gbit級の超高集積FeRAMとして期待されているが、データ保持時間がこれまでせいぜい1日程度と短かったため、実用化の目途は立っていなかった( 国内では数社が研究開発を進めているが、未だこの課題は克服できていない )。
今回、産総研で開発した1Tr型FeRAMは、データ書き込みから約12日間のデータ保持(106秒後も情報“1”、“0”の読み出し電流の比が6桁以上を維持)を実現した。このことは世界で初めて1Tr型FeRAMの実用化への道を拓いた成果と言える。
○レーザ蒸着法による高品質の強誘電体と緩衝層から成る薄膜積層化技術の開発
技術的ブレークスルーとしては、強誘電体としてストロンチウム・ビスマス・タンタルの酸化物(SrBi2Ta2O9)を用い、緩衝層(シリコン基板と強誘電体の間)としてハフニウム(Hf)の複合酸化物材料を新たに採用し、レーザ蒸着法によってこれら強誘電体と緩衝層を積層する技術の開発に成功したことである。レーザ蒸着法は、材料本来の物性を発現させるのに優れた方法であり、高品質の積層の成膜を可能とした。また、新規材料により緻密なアモルファス膜を形成させ、その結果、緩衝層の絶縁リーク電流を低減させた。これらの技術開発によってデータ保持特性の飛躍的向上を実現した。
今後は、本成果によってデータ保持特性というハードルを越えたので、メモリの動作電圧の低減等、さらなる性能向上を目指す。また、メモリとしてだけでなく書き換え可能な論理回路への発展や可塑性デバイスへの展開を図っていく予定である。
なお、本研究開発の基礎となるレーザプロセス技術の一部は、経済産業省産業科学技術研究開発制度「次世代強誘電体メモリ研究開発プロジェクト」に平成11年度から平成13年度の期間参加し、その中で開発された。
DRAMに代わる大容量で高速の不揮発性メモリの開発が現在世界中で進められている。強誘電体を用いたFeRAM(Ferroelectric Random Access Memory)は、既に小規模ながら量産され市場に出ている。このメモリは、【図1(左)】に示すように最小単位(セル)が強誘電体で出来たキャパシタとトランジスタで構成されており、キャパシタに貯えられた電荷の量を直接読み出す方式であるため、微細化(高集積化)を進めることに限界がある。この方式のFeRAMは、当面のDRAMに代わる大容量メモリとして期待されるが、さらなる大容量化の局面には対応できない。
産総研が開発を進めている1Tr型FeRAM【図1(右)】は、単一の電界効果トランジスタのゲート絶縁体膜が強誘電体膜に置き換わったものであり、セルとして必要な面積はトランジスタだけで済む。このメモリは、強誘電体膜が記憶する電気分極の状態に対応して、半導体表面の導電チャンネルが開いたり閉じたりする【図2】。データの記憶の状態は、導電チャンネルの両端のドレイン電極とソース電極間に電圧を加え、流れる電流の有無で判定する。本来構造が単純で必要とする面積が小さい上に、トランジスタの導電チャンネルの開閉を強誘電体の状態が制御できればよいので、デバイスを微細化しても動作原理の上で従来型FeRAMのような限界はない。このように1Tr型FeRAMは、微細化(高集積化)即ち、大容量化に適した究極の半導体メモリとして期待されてきたが、半導体表面と強誘電体の高品質性を両立させることが技術上困難であり、特にメモリの基本であるデータ保持時間が短いという問題が残されていた。
今回産総研では、レーザ蒸着法を用いて、高品質の強誘電体と緩衝層(強誘電体と半導体シリコンの間)の薄膜積層化技術を開発し、上記問題を解決した。これにより1Tr型FeRAMのGbitを超える大容量化への道が拓けた。
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図1 従来型FeRAM(左)と1Tr型FeRAM(右)の構成比較
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図2 1Tr型FeRAMの構造
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(1)レーザ蒸着法による高品質の強誘電体と緩衝層から成る薄膜積層化技術の開発
レーザ蒸着法では、ターゲットにパルス的にレーザを照射すると照射部分だけが急激に蒸発するため、ターゲットを構成する材料の性質が基板に堆積した薄膜の性質に直接反映する。そのため高品質の薄膜が得られやすい。今回、このレーザ蒸着法の特徴に加えて、成長容器内の圧力やガス積、基板温度等の適正化を図った。また、緩衝層としてハフニウム(Hf)の複合酸化物材料を新たに採用し、安定なアモルファス状態の緩衝層を形成した。これらにより緻密でリーク電流の小さい強誘電体(SrBi2Ta2O9)と緩衝層の薄膜積層を実現し、1Tr型FeRAMを開発した。
(2)長期間のデータ保持を検証
シリコン基板上に1Tr型FeRAMを作製した【図3(左)(右)】。ゲート絶縁膜強誘電体はSrBi2Ta2O9である。ゲート電極に正負の電圧パルスを加えることによりデータが書き込まれる。正の6Vのパルスを加えた後、ドレイン電極に電圧VDを加えると導電チャンネルに十分な電流IDが流れる(情報“1”と定義)のに対し、負の6Vのパルスを加えた後は、VDを加えても電流IDは無視できる(情報“0”と定義)【図4】。次にデータ書き込み後、データ保持特性を測定した【図5】。横軸はデータ書き込み後の時間、縦軸はドレイン電極に電圧を加えたときの読み出し電流IDであり共に対数で表現している。情報“1”、“0”の読み出し電流の比が大きければ“1”、“0”の状態を識別できるのでこの電流の比がデータ保持性能の指標となる。データ書き込み直後(1秒後)、この比は7桁程度であり、106秒(約12日)後もこの比は極めて大きく6桁を維持している。この比が2桁あれば“1”、“0”の状態の識別は可能なので、この傾向を外挿すると年単位のデータ保持を実現していることが分かる。
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図3 作製した1Tr型FeRAMの断面走査型顕微鏡写真(左)と上面光学顕微鏡写真(右)
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図4 記憶された情報“1”、“0”の読出し特性
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図5 記憶された情報“1”、“0”の保持特性
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本成果によってデータ保持特性というハードルを越えたので、メモリの動作電圧の低減等、さらなる性能向上を目指す。また、メモリとしてだけでなく書き換え可能な論理回路への発展や可塑性デバイスへの展開を図っていく。