独立行政法人産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)環境管理研究部門【部門長 指宿 堯嗣】及びヒューマンストレスシグナル研究センター【センター長 二木 鋭雄】は、実際の環境試料(高速溶媒抽出法により抽出しクリーンアップしたゴミ焼却場の飛灰)中のダイオキシン濃度を、水晶振動子式センサーを用いて迅速かつ正確に検出することに世界で初めて成功した。本技術開発は、公定法であるGC/MS(ガスクロマトグラフ質量分析)法に準じた高精度かつ迅速なダイオキシン分析を可能とし、ダイオキシン類のオンサイト測定の実現に活路を拓くものとして期待される。
なお、この技術開発は、環境試料中のダイオキシンのGC/MS分析において日立協和エンジニアリング株式会社【代表取締役社長 片岡 勝利】、環境試料中のELISA(酵素固定化免疫測定)分析において第一ファインケミカル株式会社【代表取締役社長 竹田 雄一郎】、ダイオキシンセンサー用水晶振動子作製において日本電波工業株式会社【代表取締役社長 竹内 敏晃】の協力を得て行ったものである。
○従来、環境中のダイオキシン濃度と毒性等量は公定法のGC/MS法を適応しなければ測定できなかった。
QCM(水晶振動子)法による環境試料中のダイオキシン濃度分析結果は、公定法であるGC/MS法で測定したダイオキシン濃度及び従来のダイオキシン簡易計測法のELISA法と良い相関を示し、極微量の分析試料量(10µl以下)のため分析後の焼却廃棄量もより少なく、かつ試料採取から6時間(従来のGC/MS法では4週間程度)での分析を達成した。
○水晶振動子式センサーによる環境試料中のダイオキシン簡易測定装置を開発。
水晶振動子式ダイオキシンセンサーは、製造コストが廉価な電池駆動式センサー本体【写真参照】と、使い捨てとなるダイオキシン用センサーチップから構成され、本年12月から厳密に適用されるダイオキシン類対策特別措置法に従った、ダイオキシン類のオンサイト測定の実現に道を拓くものとして期待される。
本成果は、QCM2002【 2002.7.24-25、英国Brighton(ブライトン)で開催 】で発表する予定。
今後、本測定法を、「ゴミ焼却場等の飛灰や周辺土壌中の高濃度ダイオキシン分析」や「水質、大気質、水底に堆積する底質、生体由来試料等の低濃度ダイオキシン分析」に適用し、GC/MS法、ELISA法、QCM法による分析データを比較して、高濃度・低濃度のダイオキシン分析に最適な測定装置を探求する予定である。さらに、超高齢化社会対応の在宅ヘルスケア用途として、本水晶振動子式センサーのセンサーチップ上に固定化する抗体を変更した「疾病罹患により血液中に生じる疾病マーカータンパクセンサー」を開発する予定。
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写真 産総研で開発した「 水晶振動子式ダイオキシンセンサー 」の外観 |
従来のダイオキシン類分析は、公定法に従い測定対象の環境試料を抽出しクリーンアップした後にGC/MS(ガスクロマトグラフ質量分析)法を用いるため、多くの労力、時間そして費用が必要である。また、環境由来試料中のダイオキシン濃度とその毒性等量を算出するためには、ダイオキシン類の異性体の各々の成分濃度を定量し、各毒性係数を掛けて2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-パラ-ダイオキシン(2,3,7,8-TCDD)への換算を行う必要がある。ダイオキシンの毒性は非常に高く、熟練の高度な技術を持った分析者が、安全管理された研究施設の中で分析作業を行わなければならなかった。日本国内においても分析受託機関が少なく、費用として1検体につき25万円程度が必要で、時間的には4週間程度かかるとされ、一般生活者、生活協同組合、農協、産業廃棄物業者、土壌分析の建設現場、水道関連事業者等が簡単に分析を依頼することは困難であった。
一方、ダイオキシンの簡易測定法としては、ELISA(酵素固定化免疫測定)法が普及されている。これは、生物の体内に化学物質などの異物が入った際にそれを異物として認識し抗原として結びつく、特異性の非常に高い免疫反応を利用する。免疫反応は、医療診断での血液分析や狂牛病検査にも使用されているが、検体によっては試料の前処理(他成分の除去や抽出)が困難とされている。現在、唯一市販されている抗2,3,7,8-TCDDモノクローナル抗体は、ダイオキシンの中で一番有毒な2,3,7,8-TCDDにはよく反応するが、それ以外のダイオキシンの異性体や同族体にはあまり反応しないので毒性等量の評価は困難であり、それ故にダイオキシン類の簡易高感度測定は困難とされていた。
【本研究では、抗ダイオキシン抗体の交差反応性を積極的に利用し、環境試料中のダイオキシン濃度測定のみならず毒性等量の推定に利用できることを明らかにした。】
旧物質工学工業技術研究所では、地球環境保全を図るための「ダイオキシン類環境測定に関するセンサー利用の緊急調査(環境庁地球環境保全緊急調査:FY1999)」課題で、超高感度センサーのダイオキシン類測定への適合性を調査し、その有用性を明らかにした。さらに、産総研として後継プロジェクトである「ダイオキシン類及び内分泌攪乱物質のセンシングシステムを用いた環境リスク対策の研究(環境省地球環境保全等試験研究費:FY2001-2005)」を実施する過程で、水晶振動子式センサーによるダイオキシンの高感度簡易測定法を開発し、当該センサーに係る使用上の最適条件を、実際の環境試料から抽出・前処理した高・低濃度ダイオキシン類含有試料を用いた実証試験を通して検討している。
抗2,3,7,8-TCDDモノクローナル抗体とその安定剤を固定化した水晶振動子を用いた2,3,7,8-TCDD測定条件を検討し、0.1ng/mlから100 ng/ml(ng(ナノグラム)=10-9g)の濃度範囲で、2,3,7,8-TCDD濃度を測定できることを明らかにした。当該の濃度は、土壌の環境基準の80ng-TEQ(毒性等量)程度の環境モニタリングには十分な感度である。この手法で実際の環境試料(ゴミ焼却場の飛灰)から高速溶媒抽出により前処理・クリーンアップし調整した高濃度のダイオキシン類含有試料を用いた、当該水晶振動子による測定条件の検討を行った。QCM法による環境試料中のダイオキシン濃度分析結果は、公定法であるGC/MS法で測定したダイオキシン濃度及び従来のダイオキシン簡易計測法のELISA法と良い相関を示し、極微量の分析試料量(10µl以下)のため分析後の焼却廃棄量もより少なく、かつ試料採取から6時間(従来のGC/MS法では4週間程度)での分析を達成した。
現在の抗ダイオキシン抗体を用いる手法は、抗体の有する免疫反応の抗原特異性を利用するものであるが、抗原類似の化学構造を有する化合物に交差反応性を持つ。従って、測定対象中に含まれるダイオキシン組成の違いによって、過剰・過少応答等の誤った測定結果を与える可能性がある。QCM法による環境由来試料中のダイオキシン濃度測定と毒性等量の推定範囲を確実化するために、環境由来の実試料を用いたGC/MS法での分析データとの比較対応を継続検討するとともに装置の高度化を行う。現在の検出感度のng(ナノグラム:10-9g)より、二桁から三桁低濃度であるpg(ピコグラム:10-12g)測定の高感度化が要求される水底の土壌、大気質、水質、魚肉、母乳や血液等の生体試料中に含まれるダイオキシン濃度測定を行うために、fg(フェムトグラム:10-15g)からpgのダイオキシンを分析対象としたダイオキシン測定装置の開発と、かつ測定時間と測定試料量の一段の削減のために装置のマイクロシステム化の技術開発を行う。併せて免疫反応での選択性を向上させるために、現在、市販されている最も毒性の高い四塩素置換体に対する抗体以外に、ゴミ焼却場の飛灰中に多く含まれその毒性係数の大きな五塩素置換、六塩素置換を認識するダイオキシン抗体の作成とそのセンサー素子の性能評価についての研究を強化し一層の展開を図る。