独立行政法人 産業技術総合研究所【 理事長 吉川 弘之 】( 以下「産総研」という )知能システム研究部門【 部門長 谷江 和雄 】の分散システムデザイン研究グループでは、東京工業大学【 学長 内藤 喜之 】大学院総合理工学研究科 村田 智 助教授* と共同で、自由に形状を変化させつつ動作が可能なモジュール型ロボットを開発した。自動的に自分で自分の構造を変化させ、さまざまな立体形状のロボットを構成することができるハードウェアの試作は世界の先端を行く成果である。9個のモジュールを用い、ロボットが自らの構造を変化させながら移動を行うという実験に世界に先駆けて成功した。自らの形状を自律的に変更可能なので、人間が作業を行うには危険な環境で周囲に適応しながら作業や捜索を行うロボットや、極限環境でダメージを修復しながら長時間稼動するプラントなどへの応用が期待される。
これらの研究成果は、本年10月末~11月初旬に開催される、米国電気電子学会(IEEE)・日本ロボット学会共催の『知能ロボットとシステムに関する国際会議(International Conference on Intelligent Robots and Systems, IROS ‘2001) 』にて発表予定である。
* 東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻 平成13年5月1日付文部省へ出向。それまでは産総研知能システム研究部門分散システムデザイン研究グループに所属。
変形能力を持つモジュール型ロボットは、周囲の環境に適応しながら自分の形を変えて移動したり、作業を行ったりすることができる【自己組み立て】。また、ロボット全体が同じモジュールにより構成される均質性により、一部が故障してもスペアで置き換えて修復することが可能である【自己修復】。このように、モジュール型ロボットは、さまざまな環境や作業に対応できる柔軟性と、故障から自力で回復できる耐故障性とを持つため、近年国内外で研究が盛んに行われている。惑星探査ロボットやレスキューロボット、トンネル内点検ロボットなど、危険環境で周囲に適応しながら作業を行うロボットへの応用が期待される。また、極限環境で長時間稼動する宇宙や深海などの構造物やアンテナへの利用も考えられている。
最近では、当研究グループを含め、2次元だけでなく3次元の形状を構成できる均質型のモジュール型ロボットが発表されている。しかしながら、これまでの研究では、次のような問題があった。
(1) 立体形状を構成可能なモジュールもいくつか発表されているが、1個のモジュールの自由度が多いため構造が複雑になり、重量も増加するため、ジャングルジムのような静的な構造しか組み立てられず、移動などの機動性に劣る。
(2) 自由度の少ないモジュールを鎖のように連結して、より機動性を増した研究もあるが、逆に自己変形動作が難しくなり柔軟性や耐故障性を損なう結果となる。
このように、従来研究では、3次元形状の自己組み立てを実現しようとすればモジュールが複雑になり、逆にモジュールの自由度を減らせば自己組み立てが困難になるという問題に直面しており、この種のロボットの応用分野を広げるためにもその解決が求められていた。
今回発表する研究では、モジュールの機能を絞り込んだ設計により、上記2つの問題を解決することに成功し、3次元形状の信頼性の高い自己組み立てが可能で、かつ機動的に動作できるモジュール型ロボットを開発した。
今回開発したモジュールでは、
(1) 1個のモジュールの設計を工夫し、6個の着脱面と2個の回転駆動部のみの極めてシンプルな構造ながら、さまざまな3次元形状の自己組み立てが可能となっている。【補足説明1.参照】
(2) 磁石と形状記憶合金アクチュエータを組み合わせた小型軽量で信頼性の高い着脱機構*を用いることで、モジュールの小型軽量化に成功している(400g)。
(3) 結合面の電極を通して、各モジュールへの信号や電源供給を可能にすることで、自己組み立てモジュールで特に問題となっていた配線を大幅に減少させることができた。
以上の技術的革新により、機動的な動作が可能になったため、9個という多数のモジュールを用いてクローラ型ロボットから脚ロボットに変形して移動を行うという、従来研究では困難であった実験に世界に先駆けて成功した。【補足説明2.参照】
* 東京工業大学 広瀬茂男教授の研究(内部力補償型磁気吸着ユニット)を参考に、新たに形状記憶合金と組み合わせて小型軽量の着脱機構を開発。
先に述べたとおり、3次元形状の自己組み立てが可能な均質型モジュール型ロボットシステムは、(1)静的な構造物を組み立てる「格子型」モジュールと、(2)モジュールの直列の連結により、機動的な動作を実現する「チェイン型」モジュールに大きく分類できる。(1)は、各モジュールに十分な自由度を持たせることで、構造を自在に変更できる特徴を有するが、機動的な動作は困難である。これまでに、当研究グループにより発表された3次元自在結合モジュール、米国ダートマス大学のMolecule,Crystalline、カーネギーメロン大学のI-Cubeというモジュールがこれにあたる。(2)は、へび状の動きや、ロボットアームや脚ロボットの動作などが可能である。しかしながら自己組み立てという点では、組み替えが手動であったり、自動であっても着脱機構の位置合わせに時間ががかる、結合自体の信頼性が低いなどの問題があった。このタイプには、米国南カリフォルニア大学のCONROと呼ばれるシステムや、ゼロックスPalo Alto研究所のPolybot、東工大での宇宙用マニピュレータなどが含まれる。
これに対し、今回開発したモジュールは、上記の(1)、(2)双方の特徴、すなわち信頼性の高い変形機能と、機動的な動作を同時に実現したもので、従来研究に対する大きなブレークスルーとなるものである。特に、9個という多数のモジュールを用いてクローラ型ロボットや脚ロボットのように、原理の異なるロボット機構の間の変形を確実・迅速に行った、今回のような実験の成功例はこれまで報告されていない。
以上報告したように、環境に適応してすばやく変形可能な新しいタイプの3次元モジュール型ロボットの可能性が実験的に示された。現在は、全モジュールはホストのコンピュータにより、集中的に制御されていて、あらかじめ計画した動きを行わせている。今後は、モジュールに外部環境を検知するセンサを取り付け、各モジュールが自律性に動作を決定する分散制御を実現することで、未知の環境に適応しつつ移動や作業を行わせることが目標である。【補足説明3.参照】また、現在は手動で入力しているロボットの動作計画の自動化、効率化も重要な今後の課題である。さらに、より信頼性の高い動作を目指してモジュールのハードウェアの改良も進めていく予定である。これとともに、外部との連携も念頭に置いて、動作の高速化・位置精度の向上等も検討していきたい。