国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)インダストリアルCPS研究センター【研究センター長 谷川 民生】ディペンダブルシステム研究チーム 中坊 嘉宏 研究チーム長がとりまとめ、一般社団法人 日本ロボット工業会【会長 小笠原 浩】(以下「ロボット工業会」という)の国際規格原案作成委員会(産総研を中心とし、メーカーや事業者、有識者で構成)が策定した「サービスロボットを活用したロボットサービスの安全マネジメントシステムに関する要求事項」が国際標準化機構(ISO)技術委員会(TC)299で新規に審議すべき国際規格案として採択され、新しく設立される作業グループ(WG)7にて日本を議長職として審議を開始することが決定した。
今回の規格案は、少子高齢化による労働力不足やソーシャルディスタンス確保による感染症対策に貢献するものとして期待されるサービスロボットが人と安全に共存するために、ロボットを用いてサービスを提供するロボットサービスプロバイダーが行うべき安全な管理や運用に関する要求事項を体系化、標準化したもので、国内では2019年7月に日本産業規格JIS Y 1001として世界に先駆けて規格化されている。今後はこの規格案に基づいた国際標準化が、国内外への安心・安全なロボットサービスの普及とともに日本の産業競争力強化に貢献することが期待される。なお、この規格案の国際委員会での審議への対応は、ロボット工業会が2020年9月以降に随時招集する規格原案作成委員会にて行われる。
規格案に沿って行われた駅構内での実証実験例(左:移動支援ロボット、中:清掃ロボット、右:警備ロボット、東日本旅客鉄道株式会社 提供)
少子高齢化が進み、サービスや介護、農林水産、建築土木、運輸などあらゆる産業分野で労働力不足が課題となっている。また新たな感染症のまん延によりソーシャルディスタンスの確保が課題となっている。その解決策のひとつとして期待されるのが、案内ロボットや運搬ロボット、介護ロボットやアシストロボットなどのサービスロボットの導入である。これらのロボットによるサービスの実用化が始まる中、ロボットが人と共存して動作するには安全性の確保が必須である。
このため、これまでにサービスロボットの国際安全規格ISO 13482が日本主導で2014年に策定され、規格の普及が進んできた。しかし、ロボット本体が機械として安全であっても、運用方法を誤れば危険な状況が起こりえる。また、ロボット製造業者が、ロボットサービスとして想定し得るさまざまな利用方法や利用者、利用環境のすべてを予測したり、異なる製造業者による複数のロボットの運用を想定したりしてロボット単体で安全を確保するのは困難である。製造産業分野では事業者が行うべき安全管理やマネジメントは労働安全衛生法や労働安全マネジメント規格ISO 45001で規定され国際標準化されているが、一般の人や生活空間を対象に動作するサービスロボットについては、これを運用するロボットサービスプロバイダーが実施すべき安全管理・マネジメントについての体系化、標準化は国内規格であるJIS Y 1001で規定されているだけで国際標準化されていない。そのため、日本で開発したロボットを海外で運用する場合や、海外で製造されたロボットを国内で運用する場合に共通したルールがないという課題があった(表1)。
対象分野 |
ロボット本体(機械)の安全 |
ロボット運用時の安全 |
産業用ロボット |
ISO 10218/JIS B 8433 |
ISO 45001/労働安全衛生法 |
サービスロボット |
ISO 13482/JIS B 8445
及び JIS B 8446-1~3 |
国内規格(JIS Y 1001)のみ
↓
国際規格案を新規に提案 |
表1 産業用ロボットとサービスロボットの安全に関する規格や規則
2016年に当時のロボット革命イニシアティブ協議会において「生活支援ロボット及びロボットシステムの安全性確保に関するガイドライン(第一版)」を作成して公開するとともに、サービスロボットメーカー、ロボットサービスプロバイダー、有識者らが集まり、それぞれが開発したサービスロボットやロボットサービスの実証試験、またその際に明らかになった安全に関する課題などについて、産総研が中心となって議論を進めた。その結果、2019年7月1日に産業標準化法(新JIS法)でのサービス分野規格の第一号としてJIS Y 1001「サービスロボットを活用したロボットサービスの安全マネジメントシステムに関する要求事項」が発行された。
さらにその後、ロボット工業会JIS原案作成委員会の審議を経てISO TC299に新規の標準化課題として提案し、国際委員会に参加する各国に対して国際協調の中で仲間づくりを進めた結果、2020年9月1日に提案が認められ、新しいWGを設立し日本を議長職として審議を開始することとなった。
① 国際規格案の適用範囲
これまでの産業用ロボットは、工場の安全柵の中だけで稼働したり、教育を受けた専門の従業員だけが利用したりするのに対して、今回の規格案が対象とするサービスロボットは、一般の人を対象に、もしくは一般の人が近くにいる場所で動作する。そのため、駅や空港、商業施設や介護施設などのさまざまな利用環境で、高齢者や子供、障害者などのさまざまな人に対して安全をどう確保するかが重要となる。
産総研では、これまで
NEDO生活支援ロボット実用化プロジェクトや
AMEDロボット介護機器開発・導入促進事業の成果としてISO 13482の策定に貢献し、サービスロボット製造業者やロボットサービスプロバイダーへのコンサルティングを行い、概要図にあるような公共空間で動作するサービスロボットについて安全性を確保するためのロボット開発や安全試験、実証試験について、
リスクアセスメントなどの安全性評価やリスク低減方法の知見を蓄積してきた。その結果、ロボットの設計、製造段階で製造業者が意図した使用の範囲にとどまるような基本形態(図1:JIS Y 1001:2019)以外に、例えば異なる製造業者による複数のロボットを同じ場所で同じ時刻に運用してサービスを提供するなどの場合(図2:JIS Y 1001:2019)では、使用範囲が広がるため製造時には想定していなかったリスクに対処する必要があることがわかった。そのため、この規格案では、複数のロボットのサービス提供時においても安全を確保できるよう、ロボットサービスを提供しロボットを運用するロボットサービスプロバイダーが、一般の受益者や周囲の第三者の安全を確保するために独自に行うべきリスクアセスメントやリスク低減方策などの安全管理とマネジメントについて規定している。
図1 ロボット製造業者が意図した使用の範囲と運用内容(基本形態)
図2 複数のロボットを運用する際の製造業者が意図した使用の範囲と運用内容(統合形態)
② 安全マネジメントの概要
安全マネジメントの内容としては、サービスロボットの安全規格ISO13482などで示されるロボット自体の安全性は確保されていることを前提として、ロボットサービスプロバイダーがそれぞれに行う個別のロボットサービス特有の安全上の課題や問題について、リスクアセスメントによって明らかにし、安全管理などで運用時のリスクを低減するものとなっている。また品質マネジメント規格
ISO9001や労働安全マネジメント規格ISO45001と同様の、トップマネジメントや体制構築、教育などの安全管理活動の継続的な実施と改善を求めている(図3:JIS B 9700:2013)。
図3 製造業者とロボットサービスプロバイダーによるリスク低減
国際的にも、感染症のまん延などによるロボットサービスのニーズと、それを安全に運用するための安全マネジメントの必要性が高まっている。今後は日本発のロボットが世界中で活躍できるよう、早期の国際標準化にむけて議長として国際委員会での審議を進める予定である。また国際標準化された規格が活用されることにより、国内外におけるロボットサービスの安全な普及に役立つことが期待される。