独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)は、平成17年7月、技術の「悪夢」を乗り越えて新産業の創成を実現する新しい産学官連携の仕組みとして「産総研産業変革研究イニシアティブ」(以下「産業変革イニシアティブ」という)を新たに創設した。
産総研は、持続的発展可能な社会を構築するという基本理念のもと、環境との調和や生き生きとした知的活動を実現する高付加価値新産業の創出を主要なミッションとしている。そのためには、技術シーズを作り出すだけでなく、当該シーズを迅速に産業へと発展させる、言わば技術の「悪夢」【図1参照】を乗り越えるための新しい強力な産学官連携スキームが必要であると考えている。
このような考えから、今回、新産業創成への明確なシナリオを共有し、かつ、それぞれユニークなコアコンピタンスを有するメンバーを連携パートナーとして結集し、短期間で大型予算を投入してプロトタイプ開発を行うという新しい連携プロジェクトを創設した。
これによって、技術シーズから産業創出に至る効果的なナショナルイノベーションシステムが実現するとともに、産総研はそのハブの機能を果たすことで迅速な新産業創出へとつながるものと期待される。
初年度となる平成17年度は、以下の2課題の実施を決定した。
(1)医薬製剤原料生産のための密閉型組換え植物工場の開発
遺伝子組換え植物(GMO)を利用した「完全密閉型植物工場システム」を開発し、医薬製剤原料等の実証生産を行う。生産システムの安全性と経済性を実証することにより、植物機能を活用した新たなものづくり産業の創出につなげる。
(2)知識循環型サービス主導アーキテクチャ(AIST SOA)の開発
ネットワーク上に存在する無数の知識モジュールを利用者の多様なニーズに応じて統合して最適な知識サービスを提供するための、情報インフラ技術を開発する。低コスト化により普及を図ることで、知識の市場化を促進し、新規知識産業の創成を誘起する。
産総研は、「持続的発展可能な社会」を構築するという基本理念のもと、新たな研究戦略を策定して平成17年4月から第2期中期目標期間(5ヵ年)を開始した。
上記戦略においては、質の高い技術シーズを生み出すことはもちろんのこと、当該シーズを迅速に新産業創出へと結びつける施策を整備し強化することが重要な柱となっている。
従来、個別ニーズの実用化を目指す産学官連携研究を奨励し、着実にその実績を上げてきたところであるが、今回は、より広汎なインパクトをもたらす仕組みとして、新たな産業の創出に真正面から取り組む大型の新規連携プロジェクト(産業変革イニシアティブ)の創設を行ったものである。
これは、産学官が技術シーズから新産業へと至る明確なシナリオを共有して取り組むもので、大型の予算を投入して比較的短期間(2~3年)で目に見える成果を生み出すことを特徴としている【図2参照】。
今回創設した産業変革イニシアティブの特徴は、次の通りである。
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新産業創成への明確なシナリオをもった新しい連携プロジェクト
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産学官が連携して技術の「悪夢」を乗り越える新しいしくみ
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大型予算を投入して短期間でプロトタイプを開発し、目に見える形の成果発信
今年度開始する課題の内容を以下に示す。
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図2 産総研産業変革研究イニシアティブのコンセプト
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(1)医薬製剤原料生産のための密閉型組換え植物工場の開発 【図3】
インターフェロンなどの蛋白質の医薬製剤原料は、従来、微生物や動物細胞を用いて生産されているが、植物の遺伝子組換え技術を応用することにより、多大なメリットが期待できる。例えば、安全性が高い点、培養タンクを必要としない点、保存・輸送の簡便性、それらの結果としてコストが著しく低くなる点、などである。この技術が本格的な産業に発展するためには、特に医療用原材料の生産に関しては、外界と隔離したクリーンな環境で、かつ経済性のある方法で組換え植物を育成する技術の開発が必要である。本プロジェクトでは、組換え遺伝子
拡散防止措置および医薬生産用
GMP基準に対応した「完全密閉型植物工場システム」を開発、北海道センターに設置し、組換え植物の人工育成技術を開発して実証生産を行う。産総研には、インターフェロン発現イチゴや抗体発現タバコなどの組換え植物開発の実績がある。本プロジェクトは、これらのシーズを、組換え植物を利用した医薬製剤原料生産などのものづくり産業の創成につなげるものである。
本プロジェクトの産業化へのシナリオのポイントは、完全に外界と隔離した人工環境下で種々の組換え植物体を通年・安定的に育成し、実用化モデルとして実証することである。それにより、我が国で組換え植物を利用したものづくり産業が加速的に形成され、その市場規模は国内で300億円におよぶ(2010年)との見通しを持っている。
本件は2年間のプロジェクトとし、日本製紙株式会社および社団法人北里研究所等と共同研究を予定している。
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図3 「医薬製剤原料生産のための密閉型組換え植物工場の開発」説明図
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(2)知識循環型サービス主導アーキテクチャ(AIST SOA)の開発 【図4】
ネットワーク上に存在する無数の知識モジュールを利用者の多様なニーズに応じて統合して最適な知識サービスを提供するための、情報インフラ技術を開発する。具体的には、
グリッド技術の拡張に基づく
ミドルウェアと、意味レベルでWebサービスを記述し運用するミドルウェアの開発を行う。開発にあたっては、国際標準に準拠しつつ、必要な機能を厳選することで軽快な動作を保証し、かつ導入と運用の低価格化を実現する。これにより、新規参入の容易な、新しい知識サービス産業の創成を目指す。「一括事務手続きサービス」や「経済動向分析」などが、知識サービス産業の具体例として想定される。天然資源の乏しい我が国は、世界に先んじて「知識の市場化」技術の根幹を握り世界をリードしていく必然性がある。産総研には、グリッド技術と
セマンティックコンピューティング技術での優位性がある。それらを新しい知識産業の創出につなげるのが本プロジェクトであり、完成すれば日本が世界の知識循環のハブになることが期待される。
本プロジェクトの産業化へのシナリオのポイントは、オープンソース化による低コスト化と標準化を図ることである。これにより新規参入の障壁が小さくなり、新しい知識産業の創成が加速し、その市場規模は国内で1500億円におよぶ(2010年)と見通している。
本件は3年間のプロジェクトとし、中小データセンター企業や自治体と共同して、知識サービスの有効性を実証する。
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図4 「知識循環型サービス主導アーキテクチャ (AIST SOA)の開発」説明図
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